2-3
石床を蹴る音が、やけに大きく響く。
古い書架の間を縫うように、リヒトが迷いなく進んでいく。
道を覚えているというより、
避けるべき場所を知っているような動きだった。
背後で金属が擦れる音が複数している。
「……止まらずに行く」
低く短い声。
振り返らなくても、緊張が伝わってくる。
階段を下り、さらに細い通路へ。
天井が低くなり、石壁が湿り気を帯びていく。
(地下……?)
真琴がそう思った瞬間、
リヒトが急に足を止めた。
「ここだ」
壁に埋め込まれた古い扉。装飾も紋章もない。
リヒトは迷いなく、腰の鍵束から一本を選び出した。
(鍵、持ってるんだ……)
音を立てないよう慎重に差し込んで、回す。
扉は、古ぼけた金属の音とともに開いた。
◇
部屋のなかは狭かった。
灯りはなく、奥に古い机と椅子が一つあるだけ。
ひんやりしている。
リヒトは真琴を中へ押し込み、自分もすぐに入る。
――――次の瞬間
扉が閉まる音と同時に、バタバタと足音が大きくなった。
扉のすぐ外で、靴音が止まる。
(見つかる・・・!)
「……問題ない」
囁くような声。
リヒトは、机の裏に手を伸ばしている。
ごく小さな溝。
リヒトの長い指が滑る―――
空気が、歪んだ。
(……え?)
何も見えない。
けれど、確かに“何か”がそこにある。
足音が、遠ざかっていく。
しばらくして。
完全に、静かになった。
◇
リヒトは、ようやく肩の力を抜いた。
「……もう大丈夫だ」
その一言で、
真琴の足から力が抜けた。
「こ、ここは、どこなの?」
掠れた声。
リヒトは、少し困ったように視線を逸らす。
「正式な記録にはない場所だ」
(え、なにそれ怖い)
「文書庫の付属室、という扱いだが……
実際は、**“使われなくなった部屋の名残”**だな」
分かるようで、分からない。
けれど。
(つまり、
堂々と使えない場所ってこと?)
リヒトは、椅子に腰を下ろした。
その動作一つで、
疲労が限界に近いことが分かる。
「……すまない」
「え?」
「本来、君を連れて来るべき場所じゃなかった」
薄紫の瞳が、真琴をまっすぐ見る。
「だが、あのまま文書庫にいれば、君は確実に捕捉されていただろう」
(捕捉…!)
その言葉が、重く落ちた。
「君はこの世界では未登録の存在だ。
“異変”として扱われる」
(未登録、ね)
「戸籍登録していない存在は本来あってはならない。
だから見つかった場合。事情聴取、拘束――」
そこで言葉を切る。
「……保護、という名の隔離が待っているだろう」
真琴は、背筋がぞくりとした。
(帰れなくなる、ってこと……?)
リヒトは、拳を軽く握る。
「ここで一度、状況を整理する必要があるな」
彼は、真琴の手を見た。
――黄金色の指輪。
「その指輪が、君を“呼ばれた存在”にした」
薄紫の視線が交わる。
「そして同時に、今の君を、
最も危険な存在にもしている」
真琴は、急に冷たく感じた人差し指をまげて、
変わらず輝く指輪を見つめた。
◇
リヒトは、ゆっくりと息を吐く。
「時間があまりないんだ」
この世界で生きてきた者の重さがあった。
「私は選ばなければならない」
「……なにを?」
真琴の問いに、リヒトは一瞬だけ目を伏せる。
「君を、ここに留めるか」
それとも。
「――表に出すか」
どちらを選んでも、代償があるという。
真琴は、息をのんだ。
これは、リヒトの選択なのだ。
リヒトは、再び真琴を見た。
静かな声。
「君は、ここに留まる覚悟があるか?」
真琴の喉が鳴る。
答えを口にする前に、
足音が再び、聞こえた。
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