断罪王子とあわてんぼうの聖星祭 ~異世界で仕事も恋もフル稼働~
♪あわてんぼうのサンタクロース
クリスマスの前にやってきた――
前世の日本で、誰もが一度は口ずさんだことがあるであろう、あの有名なクリスマスソング。
物流管理OLだった私は、街中でこの曲が流れるたびに、冷ややかな視線をスピーカーに向けていたものだ。
(……いや、クリスマスの前に来ちゃダメでしょ)
物流業界的に言えば、指定日配達のフライングは誤配送だ。
煙突から落ちて真っ黒になるとか、労働安全衛生法違反もいいところ。
ドジで愉快なおじいさん? いえ、現場で一緒に働く部下からすれば、ただの「予測不能なトラブルメーカー」である。
そんなことを、まさか異世界の王城で、山積みの書類と格闘しながら思い出すことになるなんて。
——-
ここは剣と魔法の王国。今日は、年に一度の「聖星祭」の前日だ。
私、公爵令嬢リディアは、この国の第一王子クラウス様の婚約者として、明日のパーティーの準備に追われていた。
「リディア様! お花の発注数が合いません!」
「リディア様! 氷の彫刻が溶け始めてます!」
「花は予備の倉庫からBプラン分を出して! 彫刻は冷却魔法陣の出力を2割増しで固定! 急いで!」
私は指示を飛ばしながら、眉間を揉んだ。
本来、これは私の仕事ではない。主催者であるクラウス王子の仕事だ。
だが、あの男は「僕は当日の主役だから、準備なんて地味なことは頼むよ☆」と言って姿を消したのだ。
(あいつ……前世で言うところの『手柄は自分、ミスは部下』なクソ上司タイプだわ)
その時だった。
バンッ!!
執務室の扉が、乱暴に開け放たれたのは。
「リディア! そこにいるな!」
現れたのは、真っ赤なマントを羽織った金髪の美青年、クラウス王子だった。
なぜか彼は息を切らし、顔に少しススがついている。そして、その背後には見知らぬピンク髪の少女を連れていた。
「クラウス様? なぜここに。明日の衣装合わせでは?」
「ええい、明日まで待てん! 僕は今すぐ、君に言わなければならないことがある!」
クラウス王子はビシッと私を指差し、高らかに叫んだ。
「リディア・フォン・ローゼンバーグ! 貴様との婚約を、たった今ここで破棄する! そして、この男爵令嬢ミニーこそが、僕の真実の愛の相手だ!」
……は?
一瞬、思考が停止した。
そして次の瞬間、私の脳内に強烈な既視感と共に、前世の記憶が鮮明に蘇った。
――あわてんぼうのサンタクロース、クリスマスの前にやってきた。
(こいつ……! 断罪イベントまでフライングしやがった!?)
私の前世の記憶が告げている。これは「乙女ゲーム」の断罪イベントだ。
本来なら、明日の聖星祭の最中、大勢の貴族の前で行われるはずのクライマックスシーン。
それを、なぜか前日の、しかも準備中の執務室で、スタッフしかいない状況でやり始めたのだ。
「理由をお聞きしても? 殿下。明日は大事な聖星祭ですのに」
私が問うと、クラウス王子はフッと笑い、勝ち誇ったように言った。
「ふん、感謝するがいい。明日、大勢の貴族の前で貴様が恥をかかぬよう、敢えて前日に『リハーサル』を兼ねて引導を渡してやっているのだ。裏ルート(煙突)を使い、人目を避けて来てやったぞ。これも僕の慈悲深さよ!」
……なるほど。彼なりの「配慮」と「効率化」のつもりらしい。方向性が絶望的に間違っているけれど。
ミニー嬢も煙突から来たのかしら、気になるわ。
「それにだ! これは君への『試練』でもある!」
王子は続ける。
「貴様がミニーに行った数々の嫌がらせ……先ほどミニーとの茶会で全て聞いたぞ!ドレスを切り刻み、教科書を隠し、階段から突き落とした罪! これを認め、僕の愛を試したことを詫びるなら、側室くらいには置いてやらんでもないぞ?」
隣のミニー嬢が「そうですぅ、リディア様怖かったですぅ」と泣き真似をする。
私はため息をついた。手元のスケジュール帳を開く。
「殿下。……試練とおっしゃいましたね?」
「そ、そうだ。僕ほどの男を支えるなら、それくらいの度量が……」
「では確認しますが、被害に遭ったのはいつ、どこでですか?証拠は?」
私が問うと、ミニー嬢が王子の背後から叫んだ。
「に、2週間前の学園と、先週の日曜の街中です! 逃げるリディア様を見ました!」
「却下。私はこの1ヶ月、仕事で一歩も城から出ていません」
私は入退室記録を二人の前に突きつけた。
「この入退室記録と門番の証言が証拠です。私は貴女と会うことすら物理的に不可能です」
「えっ……あ……」
「幽体離脱でもしない限り、犯行は無理ですね。……そもそも、わたしはミニー様と初対面ですわ。動機がありません。」
ミニー嬢は顔を真っ赤にして黙り込んだ。
クラウス王子も、ぎょっとした顔でミニー嬢を見た。
「そして何より、階段から突き落とす? ……殿下、この執務室は一階です」
シーン……と部屋が静まり返る。
クラウス王子は目を泳がせた。
「う、うるさい! とにかく、貴様は将来的にそういうことをやりそうな顔をしている! 『予備罪』だ!」
「はい、出ました。感情論と憶測での断罪。コンプライアンス違反も甚だしいですね」
プツン。
私の中で、何かが切れた。
前世の物流魂が覚醒する。
「いいですか、殿下。百歩譲って婚約破棄は受け入れましょう。ですが、TPO(時と所と場合)くらいわきまえてください!」
「な、なんだその態度は!」
「明日は聖星祭なんですよ!? その前日に筆頭主催者の婚約を破棄? メインホステス不在で誰が来賓をもてなすんですか? ロジスティクス崩壊ですよ! 現場の混乱を考えたことがありますか!?」
私は机をバンッと叩いた。
「愛を試すだのリハーサルだの、思いつきで現場を止めるな! あわてんぼうも大概にしてください! 煙突から落ちて腰を打つ前に、自分の頭を冷やしてきやがれですわ!!」
「ヒィッ……!」
私の剣幕に、王子とミニー嬢が抱き合って震え上がる。
なぜ、落ちたことを知ってるんだ…?と王子が小声で呟いているが、そんなもの腰を時々さすってるから、バレバレだ。って、気になるのそこ?
その時。
「……よく言った、リディア嬢」
冷静沈着な声と共に、執務室の奥から一人の男性が現れた。
黒髪に銀縁メガネ。冷徹だが知的な美貌を持つその人は、この国の第二王子であり、クラウス様の弟君、ルドルフ殿下だった。
彼は手にした書類の束を、兄であるクラウス様に突きつけた。
「兄上。貴方のその『思いつきで行動し、他人を巻き込む悪癖』、もはや看過できません」
「ル、ルドルフ!? なぜここに……」
「貴方がサボった明日の準備を、私が手伝っていたからです。……全て見ていましたよ。自分勝手な理屈で婚約者を試し、あまつさえ冤罪で追い詰めようとするその姿」
ルドルフ殿下はメガネをクイッと押し上げた。その瞳の奥が、氷のように光る。
「兄上。貴方はサンタクロースにはなれません」
「は? な、何を……」
「プレゼント(国益)を配るどころか、トラブルと混乱をばら撒くだけだと言っているんです。……父上である国王陛下にも、これまでの事を全てを報告済みです。『あわてんぼう』では無く、熟慮の上の廃嫡を先程ご決断されました」
「は、廃嫡ぅぅぅ!?」
クラウス王子が絶叫する。
ルドルフ殿下は淡々と続けた。
「ちなみに、そのミニーという女性。隣国のハニートラップ要員としてリストアップされている人物ですね。調査が終わる前に接触するなんて、本当に気が早い」
「えっ、バレてる?」とミニー嬢。
こんなポンコツ要員を送り込んで来るなんて、隣国大丈夫かしら。
「さあ、衛兵。このあわてんぼうな二人を連れて行け。頭を冷やすには、北の塔の独房がちょうどいいでしょう」
ズルズルと引きずられていく元婚約者とポンコツ令嬢。
「クリスマス前に終わっちゃったぁぁぁ!」というクラウス王子の情けない叫び声が、廊下にこだました。
嵐が去った執務室。
散らばった書類を拾おうとかがみ込むと、横からスッと手が伸びてきた。
「……すまない、リディア。兄が迷惑をかけた」
ルドルフ殿下だった。彼は手慣れた様子で書類を整理していく。
「いえ、ありがとうございます。……あんな、はしたない姿をお見せしてしまって」
「はしたない? とんでもない」
彼は立ち上がり、私に向き直った。いつも冷静な彼の瞳が、今は少し熱を帯びて揺れている。
「現場を守ろうとする貴女の姿、凛としていて……とても美しかった」
「えっ……」
「兄上が廃嫡された今、私が王太子となるでしょう。……リディア」
彼がそっと私の手を取る。
その指先は、少し震えていた。
「これからは、ビジネスパートナーとしてではなく……私の唯一のパートナーとして、この国を支えてくれませんか? 貴女となら、どんなトラブルも乗り越えられる気がする」
それは、実質的なプロポーズだった。
私は驚いて彼を見上げる。
すると、いつもポーカーフェイスのルドルフ殿下の耳が、真っ赤に染まっていることに気づいた。
(あら……トナカイさんの鼻じゃなくて、お耳が赤いのね)
前世の歌を思い出して、胸の奥が温かくなる。
仕事ができる男。冷静で、でも情熱を秘めている人。
あわてんぼうのサンタクロースより、ずっと魅力的だ。
「……喜んで、お受けいたします。ただし、私は仕事に厳しいですよ?」
「望むところです。共に、最高の聖星祭にしましょう」
彼が私の手を取り、指輪をはめる。
窓の外では、粉雪が舞い始めていた。
あわてんぼうのサンタクロースが去った後には、頼れるトナカイと、最高のクリスマス(聖星祭)が待っていた。
これなら、今年の聖夜は、残業なしで甘い時間を過ごせそうだ。
――リンリンリン、と祝福の鐘が、私の心の中で鳴り響いた。
ディスってしまったサンタさん、大変申し訳ありません。




