表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

断罪王子とあわてんぼうの聖星祭 ~異世界で仕事も恋もフル稼働~

作者: さこ丸
掲載日:2025/12/02


 ♪あわてんぼうのサンタクロース

 クリスマスの前にやってきた――


 前世の日本で、誰もが一度は口ずさんだことがあるであろう、あの有名なクリスマスソング。

 物流管理OLだった私は、街中でこの曲が流れるたびに、冷ややかな視線をスピーカーに向けていたものだ。


(……いや、クリスマスの前に来ちゃダメでしょ)


 物流業界的に言えば、指定日配達のフライングは誤配送だ。

 煙突から落ちて真っ黒になるとか、労働安全衛生法違反もいいところ。

 ドジで愉快なおじいさん? いえ、現場で一緒に働く部下からすれば、ただの「予測不能なトラブルメーカー」である。


 そんなことを、まさか異世界の王城で、山積みの書類と格闘しながら思い出すことになるなんて。


——-


 ここは剣と魔法の王国。今日は、年に一度の「聖星祭ノエル」の前日だ。

 私、公爵令嬢リディアは、この国の第一王子クラウス様の婚約者として、明日のパーティーの準備に追われていた。


「リディア様! お花の発注数が合いません!」

「リディア様! 氷の彫刻が溶け始めてます!」


「花は予備の倉庫からBプラン分を出して! 彫刻は冷却魔法陣の出力を2割増しで固定! 急いで!」


 私は指示を飛ばしながら、眉間を揉んだ。

 本来、これは私の仕事ではない。主催者であるクラウス王子の仕事だ。

 だが、あの男は「僕は当日の主役だから、準備なんて地味なことは頼むよ☆」と言って姿を消したのだ。


(あいつ……前世で言うところの『手柄は自分、ミスは部下』なクソ上司タイプだわ)


 その時だった。

 バンッ!!

 執務室の扉が、乱暴に開け放たれたのは。


「リディア! そこにいるな!」


 現れたのは、真っ赤なマントを羽織った金髪の美青年、クラウス王子だった。

 なぜか彼は息を切らし、顔に少しススがついている。そして、その背後には見知らぬピンク髪の少女を連れていた。


「クラウス様? なぜここに。明日の衣装合わせでは?」

「ええい、明日まで待てん! 僕は今すぐ、君に言わなければならないことがある!」


 クラウス王子はビシッと私を指差し、高らかに叫んだ。

「リディア・フォン・ローゼンバーグ! 貴様との婚約を、たった今ここで破棄する! そして、この男爵令嬢ミニーこそが、僕の真実の愛の相手だ!」


 ……は?


 一瞬、思考が停止した。

 そして次の瞬間、私の脳内に強烈な既視感と共に、前世の記憶が鮮明に蘇った。

 ――あわてんぼうのサンタクロース、クリスマスの前にやってきた。

(こいつ……! 断罪イベントまでフライングしやがった!?)



 私の前世の記憶が告げている。これは「乙女ゲーム」の断罪イベントだ。

 本来なら、明日の聖星祭の最中、大勢の貴族の前で行われるはずのクライマックスシーン。

 それを、なぜか前日の、しかも準備中の執務室で、スタッフしかいない状況でやり始めたのだ。


「理由をお聞きしても? 殿下。明日は大事な聖星祭ですのに」

 私が問うと、クラウス王子はフッと笑い、勝ち誇ったように言った。


「ふん、感謝するがいい。明日、大勢の貴族の前で貴様が恥をかかぬよう、敢えて前日に『リハーサル』を兼ねて引導を渡してやっているのだ。裏ルート(煙突)を使い、人目を避けて来てやったぞ。これも僕の慈悲深さよ!」


 ……なるほど。彼なりの「配慮」と「効率化」のつもりらしい。方向性が絶望的に間違っているけれど。

 ミニー嬢も煙突から来たのかしら、気になるわ。


「それにだ! これは君への『試練』でもある!」

 王子は続ける。

「貴様がミニーに行った数々の嫌がらせ……先ほどミニーとの茶会で全て聞いたぞ!ドレスを切り刻み、教科書を隠し、階段から突き落とした罪! これを認め、僕の愛を試したことを詫びるなら、側室くらいには置いてやらんでもないぞ?」

 隣のミニー嬢が「そうですぅ、リディア様怖かったですぅ」と泣き真似をする。


 私はため息をついた。手元のスケジュール帳を開く。

「殿下。……試練とおっしゃいましたね?」

「そ、そうだ。僕ほどの男を支えるなら、それくらいの度量が……」


「では確認しますが、被害に遭ったのはいつ、どこでですか?証拠は?」

私が問うと、ミニー嬢が王子の背後から叫んだ。


「に、2週間前の学園と、先週の日曜の街中です! 逃げるリディア様を見ました!」

「却下。私はこの1ヶ月、仕事で一歩も城から出ていません」

私は入退室記録ログを二人の前に突きつけた。


「この入退室記録と門番の証言が証拠です。私は貴女と会うことすら物理的に不可能です」

「えっ……あ……」

「幽体離脱でもしない限り、犯行は無理ですね。……そもそも、わたしはミニー様と初対面ですわ。動機がありません。」


ミニー嬢は顔を真っ赤にして黙り込んだ。

クラウス王子も、ぎょっとした顔でミニー嬢を見た。


「そして何より、階段から突き落とす? ……殿下、この執務室は一階です」

 シーン……と部屋が静まり返る。

 クラウス王子は目を泳がせた。


「う、うるさい! とにかく、貴様は将来的にそういうことをやりそうな顔をしている! 『予備罪』だ!」

「はい、出ました。感情論と憶測での断罪。コンプライアンス違反も甚だしいですね」


 プツン。

 私の中で、何かが切れた。

 前世の物流魂が覚醒する。


「いいですか、殿下。百歩譲って婚約破棄は受け入れましょう。ですが、TPO(時と所と場合)くらいわきまえてください!」

「な、なんだその態度は!」

「明日は聖星祭なんですよ!? その前日に筆頭主催者の婚約を破棄? メインホステス不在で誰が来賓をもてなすんですか? ロジスティクス崩壊ですよ! 現場の混乱を考えたことがありますか!?」

 私は机をバンッと叩いた。


「愛を試すだのリハーサルだの、思いつきで現場を止めるな! あわてんぼうも大概にしてください! 煙突から落ちて腰を打つ前に、自分の頭を冷やしてきやがれですわ!!」

「ヒィッ……!」

 私の剣幕に、王子とミニー嬢が抱き合って震え上がる。


 なぜ、落ちたことを知ってるんだ…?と王子が小声で呟いているが、そんなもの腰を時々さすってるから、バレバレだ。って、気になるのそこ?


 その時。

「……よく言った、リディア嬢」

 冷静沈着な声と共に、執務室の奥から一人の男性が現れた。



 黒髪に銀縁メガネ。冷徹だが知的な美貌を持つその人は、この国の第二王子であり、クラウス様の弟君、ルドルフ殿下だった。

 彼は手にした書類の束を、兄であるクラウス様に突きつけた。


「兄上。貴方のその『思いつきで行動し、他人を巻き込む悪癖』、もはや看過できません」

「ル、ルドルフ!? なぜここに……」

「貴方がサボった明日の準備を、私が手伝っていたからです。……全て見ていましたよ。自分勝手な理屈で婚約者を試し、あまつさえ冤罪で追い詰めようとするその姿」


 ルドルフ殿下はメガネをクイッと押し上げた。その瞳の奥が、氷のように光る。

「兄上。貴方はサンタクロースにはなれません」

「は? な、何を……」

「プレゼント(国益)を配るどころか、トラブルと混乱をばら撒くだけだと言っているんです。……父上である国王陛下にも、これまでの事を全てを報告済みです。『あわてんぼう』では無く、熟慮の上の廃嫡を先程ご決断されました」


「は、廃嫡ぅぅぅ!?」

 クラウス王子が絶叫する。

 ルドルフ殿下は淡々と続けた。


「ちなみに、そのミニーという女性。隣国のハニートラップ要員としてリストアップされている人物ですね。調査が終わる前に接触するなんて、本当に気が早い」

「えっ、バレてる?」とミニー嬢。

 こんなポンコツ要員を送り込んで来るなんて、隣国大丈夫かしら。


「さあ、衛兵。このあわてんぼうな二人を連れて行け。頭を冷やすには、北の塔の独房がちょうどいいでしょう」

 ズルズルと引きずられていく元婚約者とポンコツ令嬢。

 「クリスマス前に終わっちゃったぁぁぁ!」というクラウス王子の情けない叫び声が、廊下にこだました。



 嵐が去った執務室。

 散らばった書類を拾おうとかがみ込むと、横からスッと手が伸びてきた。


「……すまない、リディア。兄が迷惑をかけた」

 ルドルフ殿下だった。彼は手慣れた様子で書類を整理していく。


「いえ、ありがとうございます。……あんな、はしたない姿をお見せしてしまって」

「はしたない? とんでもない」

 彼は立ち上がり、私に向き直った。いつも冷静な彼の瞳が、今は少し熱を帯びて揺れている。


「現場を守ろうとする貴女の姿、凛としていて……とても美しかった」

「えっ……」

「兄上が廃嫡された今、私が王太子となるでしょう。……リディア」

 彼がそっと私の手を取る。

 その指先は、少し震えていた。


「これからは、ビジネスパートナーとしてではなく……私の唯一のパートナーとして、この国を支えてくれませんか? 貴女となら、どんなトラブルも乗り越えられる気がする」


 それは、実質的なプロポーズだった。

 私は驚いて彼を見上げる。


 すると、いつもポーカーフェイスのルドルフ殿下の耳が、真っ赤に染まっていることに気づいた。


(あら……トナカイさんの鼻じゃなくて、お耳が赤いのね)


 前世の歌を思い出して、胸の奥が温かくなる。

 仕事ができる男。冷静で、でも情熱を秘めている人。

 あわてんぼうのサンタクロースより、ずっと魅力的だ。


「……喜んで、お受けいたします。ただし、私は仕事に厳しいですよ?」

「望むところです。共に、最高の聖星祭にしましょう」


 彼が私の手を取り、指輪をはめる。

 窓の外では、粉雪が舞い始めていた。

 あわてんぼうのサンタクロースが去った後には、頼れるトナカイと、最高のクリスマス(聖星祭)が待っていた。

 これなら、今年の聖夜は、残業なしで甘い時間を過ごせそうだ。


 ――リンリンリン、と祝福の鐘が、私の心の中で鳴り響いた。


ディスってしまったサンタさん、大変申し訳ありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ