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第10話 転校生とカフェデート

 手を繋いだまま、制服のまま、学校はまだ終わってないのに、俺らはカフェに向かって歩いている。


「あの〜、手を離してもらえれば…」

「やだ。離したら、また一人で屋上に行くんでしょ。私だって恥ずかしいんだから、そのくらい察しなさい」

「はいはい!分かったから!もう自殺なんてしません、しません。だから、俺も恥ずかしいから早く!」


 手を繋いだまま両手を上げ、降参すると、ようやく手が自由を得た。その瞬間、手のひらに残った温度が妙に意識されてしまう。

――元カノ以外と手を繋いだの、人生初だったな俺……。


「あ!ここよ。ほら早く来なさい」

「はいはい、今行きますよ」


 夏奈に引っ張られて入ったお店は外装は古臭いけど、内装は綺麗で、少し昭和感がある店だった。


「いらっしゃいませ……!おっと、珍しいですね。この時間から学生のカップルなんて。どうぞ、ごゆっくり。」


 この店の店主は何だか、簡単に言えば近所のおばさんのおじさんバージョンみたいな人だった。


「ち、違……」


 俺はカップルだと言う事を否定しようとした瞬間、


「はい、カップルです。窓側の席お願いします」

「お、おい!」


 夏奈は堂々と席へ向かう。この図太さ、俺に半分くらいくれよ。注文もひと通り終わった頃、夏奈がメロンソーダーを飲みながら俺を見た。


「ねえ、徹くん?何で君はあんな対応を皆んなにされてたの?」

「……それ、今聞く?」

「聞くのよ。だって明日から同じクラスになるんだもの。知らないまま突っ込むほどバカじゃないわ」


 周りにお客さんはあまりいない。だからと言って大きな声で言うことではない。誰にも届かないほどの声で、俺は全部話した。

 浮気され、嘘の情報を流され、ストレスの捌け口にされ、殴られて、お湯をかけられて、今に至る…と。


 話し終えると、夏奈はため息をついた。


「つまり、浮気された彼氏が何を思ったのか不満に思って、嘘の情報を流してしまって、それに乗っかった同級生たちは徹くんのことをいじめてたわけってこと…でいいかな」

「大体そんな感じ」

「貴方、臆病ね。親とかに相談しなかったの?」

「親は、俺より噂の方を信じちゃってね。まあ…妹は俺を信じてくれたけどな」

「……貴方の妹ちゃんが可哀想だわ、ほんと…、馬鹿みたい。兄に恵まれなかったのね」

「今ディスっただろ!…まあ、俺の話聞いたって意味無かっただろ、転校生さん」


 だけど、夏奈の目は真剣だった。


「でもね、話してくれてよかったわ。徹くんって、弱いけど……ちゃんと痛がる人なんだって分かったもの」


 上から目線でムカつくのに、不思議と嫌じゃなかった。


「だからと言って、終わりを選ぶのはどうかと思うわ」

「え?」


 彼女は急に真っ直ぐに先程よりも少し強い口調でそう言ってきた。


「勉強で疲れて嫌になったら徹くんはどうする?」

「寝る。面倒臭いから後でやるけど…」

「それでいいのよ。人生も同じ。疲れたら休めばいいの。“もう無理だ”ってときに、自分で終わらせたら……何も変わらないじゃない」

「……そうかもしれないけど」

「否定で話を閉じないの!!」


 カップが震えるほどの勢いで机に乗り出され、俺は背中を反らした。


「も、もう……分かったよ……」

「私、否定し続ける人間は嫌いだから気を付けてね」


 そう言って、夏奈はホッとしたように席に戻り、笑った。


「よし。それなら、今日は徹くんを“休ませる日”に決定ね」

「……ん?」

「「ん?』じゃないわよ。この後、徹くんの家に行ってあげるから」

「…………は?」


 ストローが口から落ちかけた。


「だって、ここで帰したらまた変なこと考えるかもしれないでしょ。だったら私が監督するの。いい、決定事項」

「いやいやいや!俺ん家!?親いるし!」

「いいじゃない。妹ちゃんとも会いたいし」

「いやいやいやいやいや!!?」


 夏奈はすでに立ち上がり、伝票を取っていた。


「ほら、徹くん。行くわよ」


 ――この女、強すぎる。そうと決めたら突き進む。でも、不思議と、そんな強さが、俺の心の奥に溜まってた暗い感情が、少しだけ薄らいでいくのが分かった。

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