第三十七話 シモーヌと陰キャ貴族令息①
新年休みが明けると、生徒たちは休み時間を利用して自習するようになった。シモーヌは教室をぐるりと見渡す。教室には数人のグループがいくつもできていて、クリストフは男子グループに王国史を、レニーは女子グループに語学を教えていた。
前の方では三組のカップルが顔を寄せて勉強している。
オドレー・ヤンス子爵令嬢とアンリ・ガルフォン伯爵令息は、家族ぐるみで新年休みを過ごしたらしい。報告した時のオドレーの幸せそうな顔を思い出し、シモーヌは微笑んだ。
ソフィ・ランシアン男爵令嬢とノーラン・サラーン男爵令息は、近衛隊の視察を境に、二人きりで過ごすことが増えたようだ。さらにレニーの父であるステイシー公爵のパーティーに両家が招待されたことをきっかけに、家同士の付き合いも再開した。この二組が婚約を結ぶ日は、そう遠くないだろう。
そして、ローズ・ナオン伯爵令嬢とジョセフ・キャロン伯爵令息。いつも喧嘩ばかりしている二人だが、あの模擬戦で健闘したジョセフは、試合後に上級生の女子数名に囲まれた。
あしらおうとしたジョセフだったが、初めての状況にその顔はだらしなくニヤける。運悪くそれを目撃したローズは、ショックの余りその場を走り去る。慌てたジョセフが上級生たちを振り切ってローズを追い掛けて……ということがあり、常に一緒に過ごすようになった。まるでレニーに借りた小説のワンシーンだ。
一緒に刺繍をしていた時、彼女たちはとても悩んでいた。話を聞いていたシモーヌも一緒に心を痛めていたので、彼女たちの幸せそうな様子は自分のことのように嬉しい。友人の幸せは自分の幸せでもあるのね。一人満足そうに納得するシモーヌの隣から、唐突に奇声が上がった。
「キーーーーーーッ!」
シモーヌが驚いて隣を見ると、ビクターに数学を教えていたジャンが頭を抱えて奇声を発している。
「神聖な教室で、真っ昼間から男子と女子がイチャコラしやがってからに!」
今にもペンを折ってしまいそうなジャンに、ビクターが呆れた。
「お前、頭は良いのに頭が悪いな」
フランシスがビクターの言い草に思わず笑ってしまうが、ジャンにはそれが気に入らなかったらしい。
「学生の本分は勉強だろ? 大体、大事な試験の前にイチャついてる奴らの頭がおかしい。俺たちだけは、卒業するまで恋や愛に現を抜かすことなく、学生の本分を全うしような。なっ?」
ジャンは必死にフランシスとビクターに詰め寄る。ビクターは唾が飛んできたと嫌な顔をし、フランシスはちらりとシモーヌを見て困った顔をした。
「そうですね。学生のうちは学生の本分を全うしましょう」
後ろからジルの声がして、フランシスは反射的に振り返った。
「お、たまにはチビッ子もいいこと言うじゃん」
「ジャンより背は高いですよ」
ジャンは友軍を得たかのような笑顔になる。が、教室で奇声を発するのは如何なものかと、ジルに叱られてしまった。
「ジル様は次期宰相でしょう? 殿下がご婚約されたので、そろそろご縁談のお話もあるのでは?」
シモーヌの質問に、逃げようとするジャンに説教をしているジルは口ごもった。
「そうだね。僕たちと違って、ジル様には早々に婚約者ができるはずだよ。ジル様には年上が似合うと思う。うんと年上」
フランシスがここぞとばかりにジルを口撃する。ジルは一瞬怯んだが、すぐに反撃を開始した。
「そうだ! 父上にお願いして、ラザノ伯爵令息殿にふさわしいご令嬢を紹介しましょう。年下。犯罪すれすれの、うんと年下……」
「はいはい、職権乱用。フランシス、うちのチビッ子がごめんねぇ」
ベルナールがエキサイトするジルの首根っこを掴んで黙らせた。シモーヌとジャン、ビクターはキョトンとその様子を見ている。
「こいつ、少し勉強疲れしているみたいでね。ところでシモーヌ嬢」
顔を上げるシモーヌに、ベルナールはその美しい顔を近づけた。
「今日の放課後、図書室で勉強しないか? 二人きりで」
この顔をこの距離で見せつけられて、舞い上がらない女子はいないだろう。フランシスとジルは、慌ててベルナールをシモーヌから離そうとした。
しかし、シモーヌは一つも動揺することなく、濃紺の瞳でベルナールをじっと見つめている。
少しの時間だったが、フランシスとジルは、これ以上シモーヌの瞳にベルナールを映したくなくて落ち着かない。
「では、皆で図書室に行きませんか? 私たちとベルナール様と、ジル様も」
小首を傾げて答えるシモーヌに、ジャンとビクターが賛成と声を上げ、フランシスとジルはホッと顔を見合わせた。
「すごいな、シモーヌ嬢」
ジルと席に戻りながらベルナールは呟いた。ベルナールが落としにかかった状況で、照れず目を逸らさなかった女性は今までいなかった。
「自信満々のところ申し訳ないのですが」
ベルナールの行動に怒りすら覚えたジルが冷たく言い放つ。
「シモーヌ嬢のお兄様は、あのアラン様ですから。美しい顔には慣れているかと」
ジルの指摘にベルナールは、あっという顔をした。
「僕は、シモーヌ嬢たちとジル君とお勉強がしたかっただけだよ」
ふふんと笑うベルナールに、ジルもその点は有難かったらしく、怒りを飲み込んだ。
「しかし、あの子は難しそうだねぇ。とんでもなく鈍そうだし」
ベルナールが言うと、ジルが不服そうな顔をする。
「それに、あのアラン様の妹だしね」
そう言いながら振り返ったベルナールの目には、フランシス、ジャン、ビクターと楽しそうに勉強するシモーヌの姿が映っていた。
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