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第四話 集団お花摘み

 入学して以来、挨拶すら交わすことのなかった侯爵令嬢シモーヌ・ベルジックにいきなり声を掛けられて、三人の顔は青くなる。


「す、すみません! 女性に聞こえてしまうのに、とんでもない話を……!」


 話を聞かれたと悟ったフランシスは、勢いよく立ち上がり頭を下げた。ジャンとビクターも慌てて立ち上がろうとする。その時。


「兄が……兄のアラン・ベルジックが同じ疑問を抱いた時の話なのですが」


 シモーヌがゆっくりと話し出す。三人は、シモーヌがこちらを責めずに話し始めたことに驚いた。


「馬に……全力疾走させた馬に乗った時、片手を水平に広げて空を揉むと……そ、その感触に似ていると言っていて」


 三人はごくりとつばを飲んだ。


「そ、それで?」


 下げていた顔を少し上げて、フランシスがシモーヌに続きを促す。


「兄はその時、まだ馬術が得意ではなかったので落馬しました」


 思いがけない結果に、三人はガタッと立ち上がった。


「シモーヌ嬢の兄上は近衛隊のアラン様ですよね!? アラン様ともあろう方が落馬するのですかっ!」


 騎士科への進学を希望しているビクターが興奮気味に叫ぶ。


「ええ。確かに兄はそれを確かめようとして落馬しました。しかし兄は母にこっぴどく叱られた後、私にこう言いました。想像以上の結果だったと……」


 石像のように動かなくなった三人を見て、シモーヌはやっと、三人が苦手とする女子生徒の自分が断りもなく会話に加わったことを自覚した。シモーヌはカッと顔を赤くした。


「す、すみません。お話が聞こえて兄を思い出してしまい、つい出過ぎた真似を……」


 恥ずかしさの余り慌てて教室を出ようと立ち上がった時、興奮気味のジャンが言った。


「あのアラン様が、そんなことをしてお母上に叱られたとは!」


 フランシスもビクターも、ジャンの言葉に興奮気味に頷いた。そしてすぐ、試してみようぜとまた三人で盛り上がる。


「いけません! あの頃、一通り馬を乗りこなしていた兄でさえ落馬したのです。失礼ですが、フランシス様たちは馬術がお得意ですか?」


 三人は顔を見合わせ、そして首を横に振った。


「馬から落ちた兄は、なぜ手綱から手を離したのか母に問われました。理由を言った兄は、落馬では怪我を負わなかった両頬を、真っ赤に腫らすことになったのです」


 三人は想像したのだろう、テンションが一気に下がるのがわかった。


「きちんと馬術の授業を受けて、上達したうえでの挑戦をお勧めします」



 それからシモーヌと三人の距離が一気に縮む……ということはなく、今まで通りの毎日を過ごした。少し変わったことと言えば、シモーヌが時折、自分たちの会話に肩を震わせて笑っているのに三人が気づいたこと。はじめこそ声を小さくしたり、会話の内容を勉学の話に無理矢理持っていったりした三人だったが、次第にシモーヌが聞いていることが気にならなくなった。


 朝、シモーヌが教室に入る。席に着く直前、シモーヌと三人の目が合う。固まるシモーヌ、挨拶しようとして口をパクパクするだけのフランシス、赤くなり目を伏せるジャン、寝ぐせを撫でながら目をそらすビクター……。

 それが数日繰り返され、やっと挨拶を交わし、視線を合わせ、そして四人で会話をするようになるまでには、たっぷりの日数を要した。


 三人から見たシモーヌは女子生徒の上に侯爵令嬢。お近づきになりたくない対象であった。しかし、時々会話に参加しては控えめに笑うシモーヌに、三人の警戒心は割と早くに消えていた。

 シモーヌにとって、まるで兄と会話しているような気安い三人との関係は、異性ではあるものの友人のようで嬉しいものだった。


 すると不思議なことに、あれほど気になっていたアデルのことが、まったく気にならなくなった。

 たまにアデルの甲高い笑い声がして、またいつもの会話が聞こえてくる。後ろを振り向くと、怪談話をするビクターにジャンとフランシスがキャーキャーと怖がる。挙句、怪談をやめろ、やめないで喧嘩が始まる。

 いつの間にかシモーヌは、教室に入るのが楽しみになっていた。



「シモーヌは他の女子とは話さないの?」


 ある日、ジャンがシモーヌに質問を投げ掛けた。なんとなくシモーヌとクラスの女子生徒との関係に気がついていたフランシスは、慌ててジャンの腕を引く。ジャンは不思議そうな顔をしていたが、ビクターは俺たちが言えたことではないなと苦笑いした。


「うーん。フランシスとジャン、ビクターと話すようになってから、他の皆さんとも話してみたいとは思うのですが。うーん」


 難しい顔をして考え込むシモーヌに、フランシスは言う。


「何がきっかけで話が始まるかなんてわからないんだし、焦らなくてもいいのでは?」


「そうだな。まず俺たちも三人以外と話せるようにしないと」


 そう言って頭を掻くビクターに、ジャンが口を尖らせる。


「えー! いいじゃん、この四人で仲良くしていれば。 怖いよ、あいつら」


 ジャンの言うあいつらが男子生徒を指すのか、この間の女子生徒を指すのかはわからないが、ジャンが一番臆病なのかもしれない。


「そうね。話のきっかけね……」



 休み時間。シモーヌは休み時間の度に教室を出て行く女子生徒たちについて行くことにした。一体、彼女たちは毎時間どこに行くのだろう。さりげなく後ろについたシモーヌは、こっそり彼女たちの会話に耳を傾けた。


「お花摘みに参りましょう」


「私もお花を摘みますわ」


 どうやら彼女たちはお手洗いに行くらしい。特に用がなかったシモーヌはすごすごと引き返した。授業が終わり次の休み時間。また彼女たちについて行くが、やはり目的はお花摘み。先ほどお花を摘んだのになぜ? それを三回ほど繰り返し、シモーヌは彼女たちには『集団お花摘み』という習性があることを知った。そんなにお花が摘みたくなるのかしら。だとしたら、彼女たちとは生理的にタイミングが合わない。シモーヌは彼女たちと話すことを早々に諦めた。


 他にも観察していると、グループごとに決まりがあるらしく、曜日ごとにお揃いのリボンをしていたり、皆で新しい文具を揃えていた。息苦しい決まりごとだなと冷めた目で観察していると、新しくできたカフェに先に行ったとか何とかで仲違いしているグループまであった。

 それを見たシモーヌは、女子生徒に積極的に話し掛けるのを完全に諦めた。無意味に思える同調行動が、自分にできるとはとても思えなかったからだ。


 シモーヌが苦戦していた数日間。フランシスたちにも進展はなかったようで、結局今まで通り、教室の隅っこに四人で過ごす形に落ち着いてしまった。



 その日はフランシスの隣に椅子を持ってきたビクターが、絵を描きながら熱心に説明していた。


「だから、俺の発明したこの剣が一番カッコいい。この剣先の部分に雷を集めて、こう一気にドォーンっと……」


 興奮して振り上げたビクターの右腕が、ちょうど隣を歩いていた辺境伯令息のジョルジュ・アルディの腰に当たった。

 ビクターは顔を青くして固まり、そんなビクターの代わりにフランシスが慌てて謝り、ジャンは泣きそうな顔をして俯いた。

 ジョルジュは怒るでもなくしばらくビクターを見ていたが、やがてビクターの描いた絵に視線を移すとそれを取り上げた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

明日の投稿は16時頃の予定です。

お楽しみに!

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