第三十六話 幼馴染の初恋と黄昏時
「僕は……僕はそう思いません」
クラスの中で、毒にもならないフランシスを嫌う人はほぼいないだろう。そんなフランシスのことをジルが否定した……クリストフたちは首を傾げた。
ベルナールだけはいつもと違うジルをじっと観察する。そんなベルナールが、何を考えたのか唐突に話題を変えた。
「そういえばさ、もしレニーが外国で婚約していたら、クリストフはシモーヌ嬢とアデル嬢、どちらと婚約していたの?」
鋭い角度で方向転換された話題に、クリストフ以上にジルが目を見開いた。
「どうしたんだ、ベルナール。そんなのシモーヌ嬢に決まっているだろう。ベルジック家は国内屈指の侯爵家だ。それに、あのアラン様が義兄に……」
「アデル嬢だ」
ジョルジュの言葉を遮って、クリストフが言い切る。ジョルジュは意外なその名前に、自分の耳を疑った。そんなジョルジュを押しのけてジルが大きい声を上げた。
「おかしいですよ、殿下! シモーヌ嬢がアデル嬢に負けているところなんて、家柄も含めて一つもないじゃないか!」
誰に対しても敬語を使うジルが、珍しく言葉を荒げて反論する。そんなジルの姿に少し驚いた顔をしたが、クリストフは誰にともなく呟いた。
「幼馴染の初恋の相手を婚約者に選ぶ……そんな趣味は、残念ながら私にはないよ」
どのみちレニー以外はいらないのだけどね、と笑うクリストフ。言葉の意味を理解したのか、途端にジルの顔が眼鏡まで染める勢いで赤くなっていく。
「どうした、ジル。顔が真っ赤だぞ、熱でもあるのか? おい、眼鏡まで発熱しているのか!?」
あまり理解していないジョルジュだけが、赤い顔で硬直するジルを心配して揺すり続ける。
そんなジルとクリストフを交互に眺めて、ベルナールがクスッと笑った。
「あー、そういう……ね。フランシスもそうなんだ。ふーん、ほーん」
ニヤニヤするベルナールにジルが珍しく掴みかかると、何だ、何だとジョルジュが仲裁に入った。クリストフはそんな仲間を見ながら、コイツらもアイツらの影響を受けているなと笑った。
笑いながら、クリストフは以前にレニーと同じような話をしたことを思い出した。
「私はシモーヌさんと同じぐらい、アデルさんも王太子妃として相応しいと思いますよ」
とレニーが言い出した時は、クリストフも大層驚いた。
「お二人とも、違うベクトルで一生懸命。見ているととても面白くて可愛いらしいわ。アデルさんはパワー系良妻賢母、といったところかしら。意外とシモーヌさんの方が問題かもしれませんね。可愛らしく見えても、あのアラン様の妹ですもの」
その時は、言い得て妙だと納得した。しかし、クリストフはレニー以外の伴侶は考えていない。誰がどう思おうが、物心ついた時から自分にはレニーしかいない。
「あーあ。早くレニーに会いたいなぁ!」
唐突に叫んだクリストフに、ジルは呆れ、ジョルジュは目をまん丸にし、ベルナールは吹き出す。
帰りの馬車で会えるでしょう、妙な欲は剣術にぶつけろよ、恋愛体質王子かよ、と総攻撃を受けたクリストフが怯んだところで、四人はお腹を抱えて大笑いした。
窓の外。老木の下では、ビクターが抜いた模造剣を足で折っていた。地面に埋まっていた部分は、大半が腐り簡単に折れてしまう。こんな剣がなぜ抜けなかったのか謎だ。
「邪魔だったな、これ」
埋めるか、とビクターは近くにいる男子に聞いた。
「え? いいの? その模造剣、在学中のアラン様が突き刺しちゃった剣でしょ? 以前、シモーヌが言ってたよ」
それを聞いて、汚い、早く埋めろとビクターをはやし立てていた他の男子たちがピタッと動きを止めた。
「結局、刺した本人も抜けなくて、反省文を書いたって」
フランシスが言い終える前に、男子たちは折れた模造剣の争奪戦を始めた。
「いくらなんでも、ただのゴミじゃん」
ジャンが呆れて笑う。俺が抜いたの! と模造剣の柄を離さないビクターに群がる男子たち。フランシスも声を上げて笑った。
空の色に茜色が増す。さっきよりも冷たくなった風が男子たちの頬を赤くする。
「ビェックション!」
「うっわ。汚いなー、鼻水拭けよwww」
「どこかのご令嬢が俺の噂をしてるんだよwww」
寒い、寒いと男子たちは賑やかに帰路に就く。
夕暮れの学園は、至るところから笑い声が上がっていた。
お読みいただきありがとうございます。
夕方にもう一つ短い番外編を投稿します。




