第三十四話 アデルと俺たちのアラン様②
レニーの話では、アランの周りを男子生徒が囲み、少し離れたところから女子生徒が熱い視線を送っていたらしい。そろそろ解散の時間だという時、満を持して一部の女子が動き出した。アランに必死で話し掛ける男子たちを押しのけ、とうとうアランは女子生徒だけに囲まれてしまった。
アランはにこやかに女子生徒の質問に答え、男子は女子のパワーに押されながらも再びアランに話し掛けようとチャンスを窺っていた。いつまでも絶えることのない女子たちの質問に、男子たちのイライラがピークを迎えた、その時。
「貴方があのシモーヌ・ベルジックのお兄様ね」
どこにいたのか、アデルが颯爽と現れた。驚く男子生徒に、アデルを睨む女子生徒。アランの返事も待たず、アデルが怒ったような顔をして、ズンズンとアランに近づいた。
「シモーヌが貴方の下品な話を男子生徒にするのです。そのせいでクラスの風紀が乱れました。案内係も、やりたくないとわがままを言った挙げ句にお休みだなんて。こちらはとても迷惑……」
そこまで言ってアデルの口と足はピタリと止まる。あれほど威勢が良かったのに、急に顔をこわばらせたアデルは、最後はモゴモゴして何を言っているのかわからない。突然の様子の変化に、クラスメイトたちはアデルがやっと自分の行いを恥じたのだと思った。
「そうしたらね、アラン様が美しく微笑んで謝罪をされたの。それは迷惑を掛けたね、すまないねって」
なんとアランは、アデルの前で片膝をついて頭を下げたらしい。これにはさすがのアデルもとても驚いたようで、頬を赤らめ動けなくなった。アランはポケットからハンカチを取り出してアデルの手にそっと載せた。
「お詫びに」
アランがアデルの手を取る。女子からはキャーッと甲高い悲鳴が、男子からはオオッと野太い声が上がる。
惚けた表情でアランを見つめていたアデルだが、女子の羨望混じりの悲鳴を聞いて我に返り、勝ち誇った顔で周囲に視線を送ってから、ゆっくりと自分の手を見た。アデルは期待を込めて、渡されたハンカチを開く。それをニコニコと見つめるアラン。
「あの二人、もしかして……」
いい雰囲気のアランとアデルの様子に、周囲がざわめきだした。そしてアデルが……。
「な、な、何よ、コレーーーーーー!」
アデルの手に広げられたハンカチにあるもの。それは、暑い季節にとても大きな声を出すあの虫の、すごく大きく立派な抜け殻だった。
「もう涼しいのに珍しいだろう? そこの木で見つけたのだが、よく見てごらん。こんなに大きくて、不思議な艶がある個体は初めて見たよ。シモーヌの見舞いにと思って大事にとっておいたんだ」
ニコニコしながら話すアランに対して、憤怒の形相を浮かべるアデル。先ほどとは打って変わって微妙な空気が漂う二人。一体何が起こっているのか気になった男子生徒と女子生徒は、恐る恐る二人に近づいた。そしてアデルの手を覗き込む。
次の瞬間。女子からはキャーッと甲高い悲鳴が、男子からはオオッと野太い声が上がった。
「い、いらないわよ、こんなものっ!」
そう叫んだアデルは驚くアランをその場に残し、踵を返して足早に去ってしまった。
先ほどまでアラン様、アラン様と言っていた女子たちは、一斉にアランと距離を取る。
「この季節にすげぇ!」
「こんな大きいのは初めて見ました!」
「さすが、俺たちのアラン様!」
アランを、再び男子生徒たちが取り囲んだ。
「……抜け殻」
いらないと言いつつ、ハンカチごと持って行ったアデルの後ろ姿を、アランは何とも言えない表情で見送っていた……。
これがレニーの語る、アランのやらかしの全貌だ。
「そんなことが! 兄が大変お騒がせをしてしまい……」
想像を絶する惨事に、シモーヌは消えてしまいたくなった。妹だからわかるが、アランに悪意などまったくない。悪意どころか、アデルに宝物を見せたぐらいに思っている。
しかし、アデルにとっては災難以外の何ものでもない。原因はともかく、シモーヌはアデルに対して申し訳なさでいっぱいになった。
「急いでアデルさんに謝罪しますわ!」
慌てて休憩室を出ようとしたシモーヌは、今日一日、アデルを見掛けなかったことに気づいて足を止めた。
「実はね。アデルさん、あの日から学園に来ていないのよ」
アデルは一週間も学園を休んでいることになる。よほど心に傷を負ったのだろうか。これはルソー侯爵家から正式に抗議を受けても仕方がない。シモーヌは項垂れた。
「シモーヌさん大丈夫? そんなに気にすることはないと思うのだけど」
レニーが何か含むような言い方でシモーヌを励ました。
さらに三日後。シモーヌを含めたクラスメイトは、担任教師からアデルが学園を退学したことを知らされた。退学の理由について尋ねられた担任教師は、ニッコリと微笑みこう答えた。
「寿退学よ」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
さすが俺たちのアラン兄!




