第三十三話 アデルと俺たちのアラン様①
近衛隊が無事査察を終えてから三日経ち、ようやくシモーヌの熱が下がり始めた。
現在周遊中の祖父が、川の向こうから笑顔でブンブン手を振る夢から目覚めたシモーヌは、視界いっぱいに飛び込むアランからの花束に、自分は天に召されたのだと勘違いをした。
毎日届く花束に添えられたメッセージカードは六枚。そのすべてにアランの文字で心配と見舞いの言葉があった。最後の方は言葉も出尽くしたのか、虫や馬の絵がカードの大部分を占めていたが、シモーヌにはとても嬉しいお見舞いの品だった。
結局シモーヌが学園に登校できたのは、熱を出してから十日後だった。
学園に復帰した日。シモーヌは少し緊張しながら教室に入った。しかし、シモーヌの心配をよそに、興奮した様子のフランシス、ジャン、ビクターがいつも通りに迎えてくれた。
「体はもう大丈夫かい?」
「心配したよー! もう何やってんだよぉ」
「まさか本当に熱を出すとは思わなかったぞ!」
三人は口々にシモーヌに心配したことを伝える。特にビクターは、シモーヌが休んでいる間のことを話したいようでソワソワしている。やはり、憧れのアランに会えたことが嬉しかったのだろう。興奮さめやらぬ様子で当日の様子を話してくれた。
三人だけでなく、男子生徒も女子生徒も一人、また一人と輪に加わってシモーヌの心配と視察の話をする。
男子たちは皆、前のめりでアランへの賞賛を熱く話した。騎士志望以外の男子からも称えられ、シモーヌは査察時のアランの勇姿を想像した。
しかし、アランを見てみたいとあれほど騒いでいた女子たちが、一人もアランを話題にしないのは少し気になる。シモーヌが聞いても皆、口を揃えて、
「アラン様ね……見た目はとてもステキな方よね、ホホホ」
と言葉を濁した。シモーヌは視察時のアランの失態を想像した。
「シモーヌの代役はレニー様がしてくれたよ。後でお礼を言うといいよ」
一番気になっていたことをフランシスから聞いたシモーヌは、放課後にレニーを誘うことにした。
「レニー様が近衛隊の案内係をして下さったのですね。ありがとうございました。本当にご迷惑をお掛けしました」
休憩室に入ってすぐ頭を下げたシモーヌに、レニーは笑って首を振った。
「本来なら私の仕事だったから、お気になさらずに。それに、殿下の勇姿を一番近くで見ることもできました」
そこからは、男子生徒による行進がいかに素晴らしかったか、クリストフ殿下がいかに凜々しかったか。剣術の試合がいかに盛り上がったか、それを応援していたクリストフ殿下がいかに格好良かったか……を延々と聞かされた。特に、いつもと違う男子生徒の勇姿に女子から黄色い声援が上がったことが嬉しかったらしく、その様子はシモーヌにも安易に想像ができた。
レニーの話が一段落ついて、シモーヌは気になっていることを質問してみた。
「ところでレニー様。兄は何か問題を起こしませんでしたか。男子と女子とでは、兄への評価がかなり違うような気がして」
公私混同かしらと思いつつ、シモーヌはどうしてもレニーから兄の様子を聞きたかった。
「アラン様? うふふ。すごくステキな方でしたわよ。そうね、少し変わった方でしたけれど」
思い出し笑いをしながらレニーが答える。
やはり、兄は何かやらかしたのだわ。しかしシモーヌには、アランが何をしたのかまでは想像できない。段々青くなっていくシモーヌを見てレニーが笑う。
レニーは近くに人がいないのを確認してから、ゆっくり話し出した。
「アラン様は男子生徒全員に大人気でしたわ。近衛隊の視察後も熱心に剣術の指導をされて、男子も女子も尊敬の念を抱きました。女子もすっかりあの色気に当てられたみたいで、皆、アラン様から目が離せなくなったのです」
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