第三十二話 助け船とフラグ
「案内係、私がしましょうか?」
意外なことに沈黙を破ったのは、今まで興味なさそうに自分の席に座っていたアデルだった。全員の視線がアデルに移る。
「だって、すごく嫌なのでしょう? 私だったら案内係もしっかりと務めますわ。シモーヌさんより適任かと」
一部の女子がキッとアデルを睨みつける。最近のアデルは、二年生どころか三年生の教室までに出没しているという噂がある。
そんなアデルの婚約者探しは相変わらず上手くいってはいない。せっかく近衛隊が学園に来るのだ。これを機に、アデルはターゲットを学生から近衛隊に代えるつもりなのだろう。
「シモーヌは入学してからアラン様に会えていないんだろう? 案内係になれば、アラン様とも会えるんじゃないか?」
アデルを無視して、フランシスがシモーヌに話し掛ける。皆、アデルからシモーヌに視線を戻す。
「そうですね。アラン様もシモーヌ嬢の活躍を見たいのではないでしょうか」
ジルもフランシスの意見に同意する。
「兄は近衛隊、妹は生徒代表の案内係なんて親御さんも喜ぶぞ」
「そうだな。それにベルジック兄妹が並ぶ姿なんて貴重だよ」
ビクターとジョルジュが言うと、女子からも見たい、見たいという声があがった。
シモーヌは俯いた。大勢の人の前に案内係として立つのはすごく怖い。怖いが、ここで逃げてしまったら、アランの妹には責任感がないという噂が立つかもしれない。それが近衛隊に広まれば、アランが恥ずかしい思いをすることになる……。
シモーヌは顔を上げた。クラスメイトたちが心配そうにシモーヌを見ていた。
「皆さん、ごめんなさい。私、案内係をやってみます」
シモーヌが言うと、皆、ホッとしたように息をついた。
「シモーヌが辞退したら、女子総当たりの大乱闘が始まっちまうぜ」
ビクターが言うと笑いが起こり、ジョルジュが俺も観たいと笑う。
「勝つのはあいつかな」
ジャンがチラリとアデルを見ると、アデルはフンッとそっぽを向いてしまった。
「長期のお休みの前に、シモーヌさんは悩んでいましたね。そして、自分で行動を起こして解決されました。あなたは、あなたが考えているよりも行動力があるんですよ」
レニーがシモーヌの背中をさすりながら言うと、
「困ったことがあれば、いつでもお手伝いしますわよ」
「シモーヌさんは刺繍のステッチをたくさん教えてくれた。今度は私が助けるわ!」
と、一緒に刺繍をした女子たちが口々に言い出した。刺繍に加わっていなかった女子たちも、シモーヌに笑顔を向けて頷いている。
少し離れた所にいたローズも大きく頷いた。ローズの隣には笑顔のジョセフが寄り添っている。今日は喧嘩していないらしい。
「俺たちで近衛隊のまねをするから、俺たち相手に練習してみれば?」
ユーゴが頬を赤らめながら言うと、ユーゴの近くにいる男子たちも次々にシモーヌに声を掛けた。それを見たフランシスとジルが「爆ぜろ」と声を揃える。
「正直、シモーヌさんが落としどころなのよ。案内係になっても文句が出ないでしょうし。女子生徒が揉めないためにも引き受けて下さらない?」
そこまで言われて、いよいよシモーヌも覚悟を決めた。
シモーヌはアデルにもお礼が言いたかった。アデルの思惑には気づいていなかったが、シモーヌの窮地を救おうと声をあげてくれたことが嬉しかったのだ。
しかしアデルは、休憩時間も放課後も教室にはいない。シモーヌはアデルにお礼を言いそびれてしまった。
その日、男子生徒による行進が初めて成功した。一糸乱れぬ行進に、剣術の教師は感動のあまり男泣きした。
近衛隊の入団条件に身長がある。ある程度身長が揃っている近衛隊とは正反対のデコボコの集団が、こんなに見事な行進をするとは夢にも思ってもいなかったのだ。
剣術の教師は、この生徒たちの将来を思い興奮した。それはアランを受け持った時以来の興奮だった。
視察までのあと少し。男子生徒もシモーヌも、それを支える女子生徒たちも、近衛隊の視察に備えて毎日を一生懸命に過ごした。男子生徒は近衛隊になりきりシミュレーションをすることでシモーヌを手伝い、女子生徒は近衛隊の待機所となる応接室の飾り付けを行った。
困ったことがあると、シモーヌは勇気を出して助けを求めた。男子も女子も嫌な顔をせずに、話を聞き手伝ってくれた。シモーヌはそれがとても嬉しかった。
力を貸してくれたクラスメイトのためにも、案内係をしっかり務めよう。意識に変化が芽生えると、シモーヌの様子も変わっていく。いつも聞き役だったシモーヌが自分の意見を伝えられるようになり、その表情は自信に満ち溢れた。
近衛隊が視察に来る前日。明日に備えて早く帰宅するように促された生徒たちは、早々に教室を後にした。シモーヌたちもソワソワしながら帰り支度をする。
「いよいよ明日だなー」
「明日の模擬戦はジョルジュに勝つぞ」
ジャンとビクターの意識は明日に向かっている。
「シモーヌは緊張している?」
フランシスがシモーヌに尋ねると、シモーヌは笑って首を横に振った。
「スケジュールも学園の地図も、すべて頭の中に叩き込んだわ。今は緊張よりも楽しみでいっぱいよ」
良かった、とフランシスも笑う。しばらく笑っていたシモーヌだが、急に思い出したように言った。
「私、大事な日は必ず熱を出していたの。習い事の発表会からお誕生日会、お茶会などすべて。最近ではデビュタントも」
デビュタントは楽しみにしていた分、過去一番の高熱が出た。入学直前に行われたデビュタントを欠席したせいで、知り合いができないまま入学式を迎えることになったのだ。
「デビュタントに熱って、シモーヌは本当に不運だな」
近い将来、妹がデビュタントを迎えるジャンが気の毒そうに言った。
「あんな高熱は初めて。夢の中では、川の向こう岸にいるお祖父様が手を振っていらして」
「亡くなったお祖父様が夢に出たってことは、そうとうヤバかったんだな」
ビクターが神妙な顔で言う。
「え? お祖父様は、今もピンピンと旅行三昧よ」
キョトンとした顔でシモーヌが言うと、なんだそれ、と三人は笑った。
「入学後はあまり熱を出さなくなったんだけど、ふと思い出してしまって⋯⋯」
苦笑いするシモーヌに、ビクターとジャンが更に笑った。
「もう、知恵熱が出るって年でもないし大丈夫だよ」
「そうそう。じゃあ、明日はシモーヌにとってのデビュタントだな。シモーヌは白いドレスを着て来いよ」
制服の学生の中に一人だけ、白いドレスで近衛隊を案内するシモーヌ……。想像した四人は大笑いした。笑いながら教室を出た四人は、明日の成功を信じて手を振り合い帰路についた。
そして迎えた近衛隊の視察日当日。
シモーヌは過去一番を更新する高熱を出した。
シモーヌっ!
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次回は兄アランが?!




