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【完結】【連載版・書籍化準備中】結局、教室の隅っこでコソコソ盛り上がってる陰キャ貴族令息たちの話が一番面白い  作者: ミズアサギ
二学期

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第三十一話 思いがけない大役

 

「ベルナール! ベルナールはどこだっ!?」


 翌日の朝。教室に入るなり、ジャンが叫んだ。ジャンはクリストフの隣にいるベルナールに足音も荒く近づくと、殴りかからん勢いで詰め寄った。


「昨日、見たことがないぐらい怖い顔の母さまに怒られたんだぞ! どうしてくれるんだよっ」


 ジャンは自分より遙かに背が高いベルナールの胸ぐらを掴もうとするが、ベルナールの長い腕に阻止されてしまった。ジョルジュと女子生徒は、何が起こったのか理解できずに戸惑っている。しかし、男子生徒たちには心当りがあるらしく、ジャンを同情のこもった目で見守った。


「僕たちのせいで鼻が大きくなったことを労ったのに……」


 鼻から黒竜の卵の話か。クリストフは思わず自分の額に手を当てた。腕章で盛り上がってしまい、クリストフもジャンの勘違いを訂正することを忘れていたのだ。項垂れるジャンに、ベルナールは悪い悪いと笑いながら軽い口調で謝る。


「僕もクリストフに叱られて、ふざけ過ぎたと反省したよ。昨日のうちにお詫びの品も送ったはずだけど」



 昨日の夜。ラザノ子爵夫人はいつも以上にバカなことを言い出したジャンを叱りつけ、誰に嘘を教えられたのか問い詰めた。その家に抗議するつもりでいた夫人は、ジャンの口から出た、まさかの筆頭公爵家嫡男の名前に気が遠くなった。

 うちのバカ息子は一体いつの間に、そんな高貴な人とふざけ合う仲になったのか。まさかこの話もジャンの冗談なのか⋯⋯。

 夫人が悩みに悩んでいると、タイミング良くディアナ公爵家から使者が来た。噂のベルナール本人からの詫び状と王室御用達の菓子が届けられたのである。まだ若いベルナールだが、こういうところは抜かりがない。


「ま、まぁ、母さまも見たことがないぐらい機嫌が良くなったし、お菓子も美味しかったし」


 最初の勢いはどこへやら、ジャンは公爵家の印のある詫び状を思い出してモジモジした。あの後、母と妹にベルナールとの関係を根掘り葉掘り聞かれて、少し鼻が高かったのも事実だ。その様子を見たベルナールはクスッと笑い、ジャンの頭にポンポンと手を置いた。


「ジャンは可愛いねぇ。大人になってもそのままでいてくれよ」


 二人の成り行きを見守っていた女子から、キャーッと黄色い悲鳴が上がる。


「女子たちが新しい扉を開いた音がする……」


「新しい扉?」


 シモーヌのつぶやきにフランシスが反応した時、担任教師が剣術の教師を連れて教室に入ってきた。男子も女子も慌てて席に着く。


「授業を始める前に、近衛隊の視察についてのお知らせがあります」


 担任である年配の女性教師に代わり、剣術の教師が前に出た。


「近衛隊の視察にあたり、女子生徒一名に案内係をしてもらう」


 クラスの女子生徒のほとんどが息をのんだ。

 近衛隊は騎士団の中でも花形の組織。武術だけでなく王族の護衛という職務上、当然家柄も重視される。近衛隊とお近づきになりたいがために王宮に仕えるご令嬢までいる。そんな近衛隊の案内係と聞けば、ほとんどの女子生徒が立候補するだろう。


「多数の女子生徒が立候補しても、案内係は一人だけだ。男子みたいに模擬戦で決める訳にはいかないから、学園長と教師陣で決めさせてもらった」


 普段は男子生徒としか関わりのない剣術の教師は、女子生徒の熱い視線に戸惑いながら一枚の紙を読み上げた。


「シモーヌ・ベルジック」


 まさか自分の名前が呼ばれると思っていなかったシモーヌは、驚きのあまり思わず立ち上がる。クラスメイトの視線がシモーヌに集まった。


「君が近衛隊の案内係に任命された。当日の流れを完璧に覚えてくるように」


 茫然自失のシモーヌに、担任の女性教師が補足する。


「教師の中では、お兄様が近衛隊にいるシモーヌさんが適役との声が上がっていました。それに、レニーさんからの強い推薦もありました」


 シモーヌは驚いてレニーを見る。レニーはシモーヌと目が合うと、ニッコリと笑った。


「では、よろしく頼む」


「は、はい……」


 なんとか小さな声で返事をすると、シモーヌは腰が抜けたようにストンと椅子に座った。




「ね、聞いてる? シモーヌ」


 シモーヌはフランシスの声にハッと我に返る。あれから、どう過ごしたかわからないうちに休憩時間になっていた。心配そうにシモーヌの顔を覗き込むフランシスの隣には、同じく心配顔のジャンとビクターもいる。


「案内係ってすごいじゃん! でも立候補だった場合の、女子の模擬戦も観てみたかったなぁ」


「あぁ。一斉に戦って一人だけ生き残るやつな」


 教師の冗談を真に受けてか、ジャンとビクターは楽しそうに女子大乱闘を妄想する。


「私にそんな大役、できるかしら?」


 シモーヌは今にも泣きだしそうだ。フランシスがどう励まそうかと考えていると、前からレニーとクリストフたちがやって来た。レニーはシモーヌの顔を覗き込んだ。


「うふふ。もう緊張しているの?」


「レニー様……。無理です、私に案内係なんて」


 力なく抗議するシモーヌの様子に、レニーとクリストフは顔を見合わせた。


「驚かせてしまったようだね。レニーから、何事にも一生懸命に取り組むシモーヌ嬢の話を聞いていたから適役だと思ったんだ。僕からも学園長に推薦した」


「でも、本来は殿下の婚約者であるレニー様が務めるのでは?」


 納得のいかないシモーヌが、珍しく食い下がった。


「ごめんなさい、シモーヌさん。私は当日、殿下の勇姿をしっかりと瞼に焼き付けるという大仕事があるのよ」


 と言いながら、レニーはクリストフの腕に自分の腕を絡めた。驚いた顔をしたクリストフだが、赤くなりながらレニーを見つめる。


「……チッ、爆ぜろよ」


 後ろでジャンが呟くと、いつの間にかジャンの隣に立っていたジルが「さすがに不敬だ」と、ジャンの足を踏みつけた。


「と、とにかく、やっとクラスメイトと話せるようになった私に、そんな大役なんて無理なんです!」


 声を荒げたことのないシモーヌの尋常ではない様子に、クラス中が静まり返った。ジョルジュやベルナールだけでなく、一緒に刺繍をした女子たちも心配そうに近づいてくる。


「勝手に推薦してしまったことはごめんなさい。まさかシモーヌさんがそんなに嫌がるとは思わなくて」


 さすがのレニーも、申し訳なさそうにシモーヌに謝罪する。レニーが推薦しようがしまいが、学園側はシモーヌを指名していたのだが。


「現役の近衛隊に兄弟が在籍しているのは、この学園ではシモーヌ嬢しかいないんだ」


 クリストフが動揺するレニーを庇うように言った。


「私に兄なんていません……」


「シモーヌ、それはさすがに無理じゃないかな」


 とんでもないことを口走るシモーヌを、フランシスが思わず(たしな)めた。しかし、シモーヌの顔色の悪さから本当に嫌がっていることもわかる。


「人には得意、不得意があるからな」


 ジャンがシモーヌを気遣う。模擬戦に出てジョルジュと戦えと言われたら、ジャンは泣いて逃亡する自信がある。シモーヌにとっての案内係は、ジャンでいう模擬戦なのだろう。

 最近のシモーヌの様子から忘れていたが、クラスメイトたちは一人ぼっちで読書をしているシモーヌの姿を思い出した。嫌がるシモーヌに無理矢理押しつけることは、本当にいいことなのだろうか……。


 誰一人として答えが出せず、教室に重い沈黙が流れた。



お読みいただきまして、ありがとうございます。



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え?ベルジャン????!
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