第三十話 女子によるサプライズ
「おーい! 女子からの預かり物だ!」
その時、学園旗の返却に行っていたジョルジュが、大きな箱を持って休憩室に入って来た。
「そこでレニーに会ってさ。女子からの差し入れらしいのだが」
女子からの差し入れという言葉に、男子たちの視線がジョルジュの持つ箱に集まる。
「アレができたか」
クリストフとベルナールがジョルジュから箱を受け取ると、男子たちはジリジリと箱に近づいた。クリストフがローテーブルに箱を置きふたを開けると、皆一斉に箱の中身を見ようと顔を近づけた。
「腕章?」
誰かの言葉に頷いたクリストフが、箱の中身を一つ取り出す。腕章を着用することは知っていたが、これの何が差し入れなのだろう。男子たちは首を傾げた。クリストフは赤色で縁取りされた腕章を手にして何かを確認すると、一人の男子生徒に腕章を渡した。
「アンリ・ガルフィオン……。僕の名前が刺繍してある!」
クリストフから腕章を受け取ったアンリは、しばらくそれを観察し、何かに気づいたのか大きな声を出した。
「殿下! 一体誰がこの刺繍をしたのですか!?」
興奮するアンリの頭の中には、婚約が叶わなかったオドレーの顔が浮かんでいるのだろう、必死でクリストフに問う。
「すまない。誰が誰の刺繍をしたのかは、レニーに任せているのでわからない」
がっかりするアンリにベルナールが言った。
「刺繍糸がね、刺繍してくれた女子の髪の色らしいよ」
アンリは穴が開くほど刺繍を眺めて、やがて嬉しそうに自分の名前を指でなぞった。見守っていた男子からは冷やかし半分の喜びの声が上がる。
他の男子たちも腕章に群がった。クリストフとベルナールが、順番だと必死で制するが、赤い腕章に群がる男子たちはまるで血気盛んな牛。
ソフィからの刺繍だと確信したノーランは、皆の刺繍糸の色が気になり確認して回る。ソフィがノーランだけに刺繍していると確認できたのか、やっとその顔に笑みが浮かんだ。
「なんだ、ローズの色かぁ」
ジョセフがわざとらしく不機嫌な声を出した。いつも喧嘩をしているローズが自分を思って刺繍をしている姿を想像したのか、言葉と反対に腕章を持つ手は震えている。
「何、あれ? 感じわるぅ」
言葉とは真逆の反応をするジョセフを見て、ジャンが顔中に皺を寄せて悔しそうに言った。
未だに女子が怖いジャンからすると、女子といちゃついている男子の気持ちはまったくわからない。でも、なんだか悔しい。
キーッと怒るジャンの隣で、次々と腕章は配られていく。素直に喜ぶ者、興味がないと言いながらも腕章を絶対に離さない者、糸の色から刺繍をしてくれた女子を必死に割り出そうとする者……。
皆、連日の練習による疲れなんてなかったかのように浮き足立った。
「紺色の刺繍糸。紺色はシモーヌしかいないな」
ビクターが自分の刺繍を見せながら言う。当然、フランシスとジャンも紺色だった。三人は口にこそ出さなかったが、心底ホッとしていた。シモーヌが刺繍してくれなかったら、自分たちに刺繍してくれる女子なんていないと思っていたのだ。
「悪いな、クリストフ」
レニーのスミレ色がある腕章を左腕に着けながら、ジョルジュがクリストフに言った。クリストフは少し複雑そうな顔をした。本音では自分にだけ刺繍して欲しかったが、女子にも色々あることはクリストフにも想像できる。クリストフは自分の名前にだけ特別な印がないか必死で探した。
ベルナールの刺繍は一文字ずつ刺繍糸の色が違い、一人だけ落ち着きのない仕上がりになっている。これにはさすがのベルナールも苦笑した。
ジルと目が合ったフランシスは、ちらりと紺色の刺繍をジルに見せた。ふふん、と勝ち誇り、腕章を着け再びジルに見せつける。
すると、ジルも紺色の刺繍をフランシスに見せつけてニヤリと笑っていた。まるで宝石を扱うかのように慎重に腕章を着けるジルを、フランシスは歯ぎしりしながら睨んだ。
「生まれ変わったら男性がいい、女性がいいなんて話は、卵が先か、黒竜が先かみたいなもので結論は出ない。でも、今だけは男性に生まれたことに感謝しよう。さあ、本番まであと少し。皆で頑張ろう!」
クリストフの掛け声に、男子たちはおおっと雄叫びをあげた。
「ん? 今、遠吠えが聞こえなかったかしら?」
教室では、刺繍から解放された女子たちが帰り支度をしていた。皆口々に、男子が刺繍を喜んでくれるのか、刺繍したのが自分だと気づいてくれるのか、と話している。しかし、その顔はとても満足そうだった。
シモーヌももちろん達成感はあったが、それ以上にこの時間が終わってしまうのが寂しかった。刺繍という口実がなくなれば、明日からは何をどう話していいのかわからない。振り出しに戻ってしまったとシモーヌがため息をついた時、ローズが言った。
「ねぇ、せっかく皆と話せるようになったのだから、これからも放課後に集まらない? 友人と話す時間って本当に楽しいわ」
皆同じことを思っていたみたいで、すぐにキャッキャとはしゃぎだした。
友人。友人。私にも念願の友人ができたのね。
シモーヌは涙が出そうになるのを必死で堪えて、コクコクと頷いた。
「次の話題は、そうねぇ……あ、シモーヌさんとレニー様のおすすめの本について聞きたい!」
ソフィがそう言うと、じゃあ次は図書室? 街の図書館がいいかしら、ついでにお茶もしましょうよ、と話は膨らむ。
シモーヌは夢みたいだなぁと幸せな気持ちでいっぱいになった。




