第二十九話 男子の井戸端会議
「俺、次生まれてくる時は、絶対女がいい」
皆、口に出さずとも一度は考えたことがあるらしい。ジャンの何気ないひと言は、生まれ変わったら女性派と、次も男性派とで激しい議論となった。
意外なことに女性に生まれ変わりたい派が半数近くもいて、これには次期国王が一番驚いた。
「女ってだけでお茶代やプレゼントもらえたりするだろう? こんな苦しい練習もしなくていいし」
ジャンが恨めしそうに言うと、ベルナールが加勢した。
「輝く宝石に綺麗なドレス。それを身につけて別人のように美しくなれるとかいいよね」
クリストフは、従兄弟がそんなことを思っていたと知って更に目を剥いた。小さい時から姉二人に可愛がられていたベルナールは、感性がそっち寄りなのかもしれない。
「俺は、男と一生を共に過ごすのはちょっと……」
ユーゴが言うと、ユーゴといつも一緒にいる男子たちが騒ぐ。
「ユーゴはシモーヌ嬢と共に過ごしたいだけだろう?」
わっと笑い声が起こる中、フランシスとジルだけが真顔でユーゴを睨みつけた。
「俺は今世では騎士、来世では近衛になりたいから男一択だ」
ビクターが言うと騎士志望組が賛同の雄叫びを上げた。
「男子って、そういうところが野蛮よねぇ」
「ねぇ、本当にお下品」
女性派が声色を変えて男性派を煽り、男子休憩室は未だかつてない激しい議論と盛り上がりを見せた。
「でも女性には、出産という大仕事があります」
それまで黙っていたジルが、眼鏡をクイッと上げながらよく通る声で言った。騒ぎに騒いでいた男子たちは、冷や水を浴びせられたように静かになる。
「確かに、なんか大変そうだよな」
男子たちにはまだまだ未知の世界。生まれ変わったら女性派も、さすがに考え込んだ。
「僕の弟が生まれる時、いつも穏やかな母がベッドで父に掴みかかっていたのです。お前のせいだって大声を出して」
ジルの母親は小柄でいつもニコニコしている。宰相夫人だけあり人脈も広く人柄も良く、学園の保護者会の代表も務めている。
そんな優しそうなジルの母が、切れ者と恐れられているあの宰相に掴みかかって暴言を吐く。それほど出産は大変なのか……。男子たちは壮絶な出産現場を想像し、身震いをした。
「出産後はいつもの優しい母に戻りました。顔にひっかき傷をつくった父も、以降それについては一切触れないのです」
ジルが言うと、クリストフが静かに口を開いた。
「今、ここにはいないジョルジュの母君の件。知っている者もいるだろう」
数人が神妙な顔をして頷いた。
「ジョルジュの母君、アルディ辺境伯前夫人は、ジョルジュを出産した時に命を落とされたんだ」
あまりにも大きすぎる事実に、知らなかった者たちは声が出せなかった。もちろんフランシス、ジャン、ビクターも。
「出産で命を落とす女性は残念ながら少なくないんだ。今の辺境伯夫人は後妻だけど、とてもいい人だよ。ジョルジュとも素手で対等に喧嘩する仲だし」
暗くなってしまった空気を察してクリストフが明るく言ったが、皆黙ったままだ。
「そもそも出産自体が大変なことだよ。僕の姉は二人とも『鼻から黒竜の卵を出すほどの痛さだった』って里帰りの度に言っているし」
ベルナールが姉たちから聞いた出産の話をする。他国に嫁いだ姉たちは、それぞれ第一子を出産したばかりだ。
「こ、黒竜の卵を!!」
「は、鼻から!?」
静かだった休憩室は、一気に阿鼻叫喚の騒ぎになった。予想すら不可能な出産話に、男子たちは皆、鼻を押さえて青くなる。
貴族である以上、将来子を持つことは当たり前と考えていたが、具体的な出産までは想像したことがなかったのだろう。生まれ変わったら女性派の男子たちも、ベルナールとジャンを除いて鞍替えをしたようだ。
「黒竜の卵ってどれぐらいの大きさなんだ?」
冷静になると、竜が生息しないこの国で、竜の卵の大きさなんてわからない。男子たちの興味は黒竜の卵の大きさに移った。
「レニーに聞いた話なんだが」
クリストフが思い出す。
「レニーがエルフィオル教国にいた時、博物館で黒竜と白竜の卵の化石を見たそうだ」
男子たちはゴクリと唾を飲む。
「それは……赤ん坊の頭ほど大きかったらしい」
男子たちは、自分の鼻から赤ん坊の頭ほどある卵をひねり出す場面を想像したのだろう。声にならない悲鳴を上げて、一斉にへたり込んだ。
「何か、ヒュンってなった」
青い顔でビクターが言う。女子ってすげぇな、そんな声があちらこちらから上がる。そんな中、ジャンが不思議そうに聞いた。
「なぁ。赤ちゃんって鼻から出てくんの?」
素っ頓狂なことを言い出すジャンに、男子たちは吹き出した。ジャンは空気を変える天才だな、などと笑っていた男子たちだったが、どうして笑われているのかわからないといった顔のジャンを見て、徐々に困惑の表情を浮かべていった。
誰か教えてやれよ、いや俺も詳しくは……。男子たちは戸惑い、困った顔でフランシスとビクターに目で訴えてみる。
フランシスはふいっと視線を逸らし、ビクターに至っては模造剣も持たずに素振りをはじめた。
「そうだよ。だからジャン、今日家に帰ったら母君の鼻を労って差し上げろよ」
ベルナールが真面目な顔をしてジャンの肩をポンと叩いた。男子たちは否定していいのか悪いのか、さらに困惑する。冗談が過ぎると、クリストフは慌ててベルナールを止めようとした。しかし、当のジャンは、
「そうなんだ! 思ってたより出産って大変なんだな。何となく母さまの鼻が大きいとは思っていたけど、きっと俺たちを産んで苦労したんだな!」
と、納得して頷いている。
その場にいたジャン以外の男子は、今夜のコガン子爵家の食卓を想像して遠い目をした。
怖い顔をしたクリストフに肘で突かれたベルナールだけが、楽しそうに笑いを堪えていた。
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鼻からスイカ⋯⋯的な?
明日は午前中の投稿となります。




