第三話 女子が怖い陰キャ令息と女性の胸
数日後の昼休み。シモーヌは中庭の端っこにあるベンチに座り、一人ランチをとっていた。シモーヌを目ざとく見つけたアデルはいつものメンバーを引き連れて、わざわざ隣のベンチに座る。
今日も、昼休みの地獄の再放送が生放送されるようだ。
「今日のランチは何かな」
「まるで小鳥が食べる量ですね」
「女性のランチタイムを守るために騎士科に進むよ」
「一緒にランチタイムを過ごせる恋人が欲しいなぁ」
昨日も一昨日も聞いた会話が隣で繰り広げられる。ちなみに放課後は、今日のディナーは何かな、夜も小鳥が食べる量ですか、女性の三食を守るために騎士科に進むよ、一緒にディナーを楽しめる恋人が欲しいなぁ……だ。
本当につまらない。今日も安定のつまらなさだ。
お口直しにあの三人の会話を聞きたくなったシモーヌは、ランチもそこそこに教室へ戻ることにした。
早々に引き上げるシモーヌの後ろ姿を、悔しいでしょうと言わんばかりの笑顔で、アデルが見送った。
シモーヌは廊下を歩きながら、フランシス、ジャン、ビクターの三人ならアデルとどのような会話をするだろうと考えた。まったく想像ができなかったが、一つ気づいたことがある。
シモーヌにとっては意外だが、あの三人はあまり社交的ではないのだ。
会話が気になってから三人を注意深く観察していると、いつも三人だけで行動しているのがわかった。三人が入学前から知り合いだったのかは知らないが、入学して三ヶ月であれだけ仲良くなっているので、社交的な性格をしているのだろうとシモーヌは勝手に思っていた。しかし三人とも、他のクラスメイトと話しているのをほとんど見掛けない。
どうしても用があって話す時は、まず目を合わせない。三人の時はいつも率先して話し出すジャンは、首を縦か横に振るだけだ。ビクターも単語でしか話をしない。
特に女子生徒とは壊滅的にコミュニケーションをとらない。見た目も、アデル率いる高位貴族令息たちに比べると、とてつもなく普通だ。キャーキャー騒がれる要素はまったくない。それどころか一部の女子生徒は、三人だけで妙に盛り上がる様子を冷ややかに見ている。三人の会話をきちんと聞けば楽しいことに気づくはず、などと考えているうちにシモーヌは教室の前に着く。三人はいつも通りフランシスの席にいた。
今日は、丸めた紙を指ではじき飛距離を競って遊んでいるらしい。何回か見掛けたその遊びは、一見単純だが先を尖らせたり重心を変えたりと工夫されていて、シモーヌも密かに楽しんでいた。今日もビクターが力業で勝利すると予想する。
「えいっ」
予想に反して一番飛ばしたのはジャン。派手に装飾されたジャンの紙玉は、そのまま窓の外へと飛び出した
「ジャン、飛ばしすぎだぜ。場外は無効だ」
悔しそうなビクターにフランシスは大笑いする。取りに行こうぜと張り切る三人とシモーヌの耳に、窓の外から女子生徒の声が聞こえてきた。教室は一階にあるので、窓の外を通りかかったのだろう。
「なにかしら、これ」
「汚いわね。紙? ジャンって書いてあるけど」
「きっとジャン・コガンじゃないかしら? ほら、あの身長が一番低い」
「いつも一番後ろのフランシス・ラザノの席に集まっている人たち?」
「私、クラスが違うからピンと来ないわ。ソバカスの人? 寝ぐせの人?」
「知らないわ。さぁ、行きましょう」
そう言うと、女子生徒の声は遠ざかっていった。
ああ、これはダメだわ。
シモーヌは急に嫌な汗をかいた。席に座っているシモーヌには、後ろの三人の様子は見えない。あの会話を聞いて驚いたのか傷ついたのか、それはわからない。しかしシモーヌはなぜか、三人がとても心配になった。現に、あれほど賑やかだった後ろの席からは、物音一つ聞こえてこない。三人が固まっているのは簡単に想像できる。
あの女子生徒たちはまったく悪くない。偶然通りがかり、紙を拾ってジャンの名前を見つけた。ジャンのことを知らない人がいたので、見た目を伝え合った。それだけだ。何も悪くない。悪くないが……。うーん、シモーヌなら怖い。
毎朝教室に入った時に感じる視線と、自分のことを話しているのであろうヒソヒソした声。全部が全部シモーヌの話とはさすがに思ってはいない。が、その視線や空気は毎朝教室に入るのに勇気がいるほど怖い。三人は今、その怖さを感じているのではないだろうか。
楽しそうに話しながら去って行った女子生徒とは反対に、黙り込んでしまった三人。シモーヌは何とも言えない気持ちになる。三人と話したことがないシモーヌには、励ます勇気がない。勇気を持てない自分を情けなくも感じた。三人と共に、シモーヌはどんよりとした重い空気にのまれていった。
「あのさ」
重い空気の中、ジャンが口を開いた。シモーヌは耳に意識を集中する。
「じょ、女性の胸ってどんな感じなんだろうか」
シモーヌは耳を疑った。三人に自分を重ねて同情していたシモーヌは、ジャンの想定外の発言に驚き、手にした本を落としそうになった。まさか、あの重い沈黙の間に考えていたことが、コレ?
「い、いや、よくわからないんだけどさ。この前、二番目の兄様が大人の社交場ってところに行ったらしくて、その、得意げに言ってたなー、なんて思い出してさ!」
混乱中のシモーヌの後ろで、言い訳するかのような早口のジャン。フランシスもビクターも面食らっている気配がする。ジャンはまだ、しどろもどろで言い訳を続けている。
「僕は伯爵家だけど、閨教育なんてとっくになくなったからなぁ……」
自信なさげにフランシスが小さな声を出した。
「た、確かにすごく気になるが。俺は五男だから閨教育に縁なんてないし……」
ビクターも大きな体に似合わない小さい声を出す。三人の会話はそこで途切れ、さっきとはまた違う種類の重苦しい沈黙が流れた。
「あ、あの……!」
しまった! 三人のいたたまれない雰囲気と話題の振り幅に混乱して、シモーヌは思わず後ろを向き声を掛けていた。
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