第二十八話 男子の作戦会議
「なんだよ。俺たちがこんなに苦労してるっていうのに、女子は楽しくおしゃべりかよ!」
近衛隊に披露する本番まで、あと一週間と少し。
男子休憩室では、未だに綺麗に揃わない行進について話し合いが行われていた。休憩室の窓から教室に向かって悪態をついていたジャンは、再び男子生徒たちの方へと向き直った。
「さっきから言ってるけど、俺たちだって漠然と居残り練習をしてた訳じゃないって!」
ジャンは休憩室に持ち込んだボードの前に立ち、険しい顔でこちらを見る男子たちに吠える。ジャンの隣では、ジルとフランシスも深く頷いた。
「じゃあ、なんで毎回毎回、お前は行進が遅れるんだ? ……ジル様もだけど」
ジルの名前だけ小さな声になったが、男子の一人がはっきりとジャンたちを非難した。
「フランシスは、変な掛け声のお陰で少しマシになったみたいだけど」
違う男子がポツリと言う。ジャンとジルが『スロースロー、クイッククイック』と声を掛け続けたおかげで、フランシスだけはまともに行進できるようになっていた。
「それについて、俺なりに考えてきた」
そう言うとジャンは、グランドを表す楕円と、隊列を表した十六の小さな丸をボードに描き込んだ。生徒に見立てたその小さな丸は、先頭と後ろに配置されるジョルジュとビクターを除いた一六人が、四人四列で描かれていた。
「俺とジルが行進の途中で遅れてしまうのは、歩幅が原因だ。ビクター、ちょっと」
心配そうに見ていたビクターが、急いでジャンの側に行く。
ジャンはビクターを前に立たせると、つま先部分の床にチョークで印を付けた。
「じゃあ、行進の歩幅で一歩前に出て」
ビクターが言われた通りに足を一歩前に出す。ジャンはすかさず、そのつま先部分の床に印を付けた。
「じゃあ次はジル」
ジャンはビクターがいた位置にジルを立たせると、同じように一歩進ませて色違いのチョークで印をつけた。何事かと見ていた男子たちから、おー、と野太い声が上がる。
「でかいビクターとでかくないジルとでは、一歩の幅にこれだけの差が出るんだ」
なんで僕が、とジルは不服そうに言った。が、確かにジルの想像以上に二人の一歩には差があった。
「行進の一歩は、俺でも大きく足を開くからな」
ビクターも足を意識しないと歩幅が小さくなってしまい、何度か教師に指導を受けた。
「でも、本当の問題はここ」
ジャンはグランドのコーナー部分四カ所を、赤で丸く囲んだ。
「コーナーの内側を歩く者と外側を歩く者で、歩幅にはさらに差ができる」
確かにと頷きながら、男子たちは先ほどの行進を思い出した。内にいる者は歩幅を小さくすればいいが、外にいる者は歩幅を大きくしないと横列は揃わない。
「歩く距離に差ができるから当然なんだけど、外側を歩く者が歩幅を大きくできないとなると、あとは歩数を増やすか遅れるかのどちらかになる」
歩数を増やすと全員の足が揃わなくなる。かといって、遅れてしまうと今のジャンやジルのようになってしまう。さっきまでジャンを責めていた男子たちは、一斉に困惑の表情を浮かべた。
「そこで、皆に協力して欲しいんだ」
ジャンは全員をぐるりと見渡して言う。
「今、俺とジルはコーナーの一番外側を歩いている。これでは、いくら練習しても遅れてしまうのは仕方がない。だから、一度並び順を考えて欲しい」
男子たちは互いに顔を見合わせた。確かに、これは個人の努力で解決するような問題ではない。ジャンとジル、そしてフランシスがサボらずに練習しているのは皆知っている。
「お、おう! そうだな。全員で協力しよう。まずは背の順を決めよう!」
一人の号令で皆一斉に立ち上がり、俺が高い、背伸びをするなと騒ぎながら背の順で一列になっていく。
記録係はジルに代わってビクターが務めた。
言い出しっぺのジャンは、最後までジルとの背比べに抵抗していたが、あっさりと先頭になってしまった。これで全員の順番が決定した。
「で、小さい方から四人が内側、次の四人がその隣。よし、大きいのが外側になったな」
ビクターが見渡すと、そこには綺麗に高さの揃った隊列が完成していた。ジルの後ろに並んだ男子も、心なしかホッとした表情を浮かべている。練習中、ジャンたちほど列を乱さなかったものの、ギリギリで合わせていたのだろう。
「ふーん、やるねぇ」
外側の四人の列に入ったベルナールが、同じく自分の前に並んだクリストフに耳打ちした。
この件に関して口は挟まないと決めていたが、解決するか一番心配していたのはクリストフだ。うるさい、とクリストフはベルナールの肩をパンと叩いたが、その顔はどこかホッとしていた。突然、ジャンが大きな声を上げた。
「俺とジル、二人ともフランシスと離れちゃった。あの掛け声、どうしよう?」
不安そうなジャンに、これで解決と浮かれ気味だった男子たちは一斉にフランシスを見た。キョトンとするフランシスの隣にいたユーゴがそっと手を挙げる。
「俺が声掛けするよ」
思わぬ人物からの助けに、ジャンもジルもフランシスも驚いた。知らなかったとは言え、本人たちでは仕方のないことを皆の前で責めてしまった負い目があるのだろう。
「じゃあ、あの恥ずかしい掛け声は、ユーゴにお願いしようか」
クリストフが笑いながら言うと、掛け声の練習しろよと、近くの男子たちがユーゴを茶化し、フランシスもユーゴに頭を下げた。
和やかな空気が流れる男子休憩室に、また風に乗って女子生徒の笑い声が舞い込んでくる。
「ほんと何!? 女子は茶話会でもしてるの?」
ジャンは窓から教室を睨みつけ、そして言った。
「俺、次生まれてくる時は、絶対女がいい」
深く考えずに発したその一言が、男子たちに新しい論争を巻き起こした。
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