第二十七話 シモーヌと女子の井戸端会議②
その時、ふいに教室の扉が開いた。
刺繍の件は男子には内緒になっているので、女子たちに緊張が走った。
が、ひょっこりと顔を覗かせたのはアデルだった。忘れ物を取りに来たらしいアデルは、教室に残る女子の顔を見渡し、そこにシモーヌがいることに驚く。
「アデルさんもご一緒にどう?」
レニーがアデルに話し掛けるが、アデルは困ったように首を横に振った。
「お力になりたいのは山々なんですが、最近とっても忙しくて……」
アデルの婚約者探しは難航を極め、最近では他学年の教室まで遠征している。こんなところで無駄な時間を過ごしているうちに優良物件が取られてしまってはたまらない。
「あら? シモーヌさんもいらっしゃるのね。女子の皆さんとはお話できない方だと思って心配していましたの」
ニッコリと笑ってアデルがシモーヌに嫌味を言った。
最近まで友人ができないと悩んでいたはずのシモーヌが、女子たちと一緒にいることがアデルには面白くない。いつまでも一人で本を読んでいるか、あの訳のわからない男子たちと一緒にいればいいものを。
「アデルさんも、レニー様以外の女子生徒とはあまり仲良くされませんよね」
アデルの毒に気がついたオドレーがチクリと言うと、アデルはスッと目を細めた。アデルが、レニーと一緒に過ごしているのは成り行きだ。クリストフの隣にレニーがいるだけなので、正確には仲が良いという訳ではない。アデルは、レニーどころか女子と仲良くしたいとは思わない。
「友人とか親友とか……。ふふふ。私にはそれ以上に大切なモノがあるのです」
ごきげんようと、アデルが踵を返して教室を出ると、女子たちは顔を見合わせた。
「アデルさん、最近は一学年上の男子生徒にも声を掛けていらっしゃるようね」
「婚約者探しかしら」
アデルが出て行くと、女子たちは今までと違い棘のある口調になる。アデルを非難する空気にシモーヌは少し居心地の悪さを感じた。このヒソヒソ話は好きになれない。
「アデルさんの考え方は、はっきりしていて気持ちがいいわね。行動に芯が通っていて格好良いわ」
悪くなった空気を変えるようにレニーが言った。ヒソヒソと話していた女子たちには、レニーの言ったことが理解できないようだ。皆、目を見開いてレニーを見る。
「周りにどう思われようと、アデルさんは信念を持って行動しているでしょう? 心が強いのよ。もちろん迷惑な行動なら困るけれど、彼女は弁えているわ。頭がいい証拠ね。それに自分の伴侶は自分でみつける……素晴らしいわ」
笑顔のレニーは、本心から言っているようだ。確かに、アデルが婚約者探しをしているのは事実だが、それでトラブルが起きたという噂は聞かない。男子生徒からの文句も聞こえてこない。
「人は人、自分は自分。私も一人で行動できるように自立しないと」
まるで皆に言い聞かせるようなレニーに、女子たちは、気まずそうに黙った。レニーと同じく、シモーヌもアデルの強さが羨ましい。アデルとも話してみたいが、相変わらずアデルはシモーヌへの当たりが強い。いつか、その理由を聞いてみたいと思いながら、シモーヌも刺繍をする手を動かした。
次の日も、その次の日も、放課後の教室は刺繍をする女子たちで賑やかだ。
シモーヌは毎日話題を欠くことがない、そんな彼女たちの話術に驚いた。本当に話が途切れないのだ。
「お休みにお姉様と観劇に行きまして……」
「観劇と言えば劇場の隣にできたレストランは……」
「あのレストラン? やだ、思い出したらお腹が空いてきちゃった!」
話が繋がっているのか飛んでいるのか。またその話も他の話に繋がっては飛んでいく。
フランシスたち以外と会話する機会が少なかったシモーヌには、これが女子特有の話術なのか、それとも彼女たちが特殊な訓練を受けているのかわからない。
シモーヌがいつ話に入ろうかとタイミングを計っているうちに、話題はまた次へと移ってしまう。
それを繰り返しているうちに、シモーヌは『会話とはセンスと訓練』だと悟った。
何やら一人で考え込んでいるシモーヌを、レニーは面白そうに眺めていた。レニーからすると、友人が欲しいと悩んでいるシモーヌがこの場にいること自体が驚きだ。『会話は慣れ』だと思っているレニーは、どんどんシモーヌに話を振る。
「そう言えば、三つめに訪れた国の話なのですが……」
シモーヌはもちろん、女子たちが特に気に入っているのが、レニーが体験した他国での話だ。レニーが話し出すと、皆、刺繍をする手を止めてレニーを見る。
「その国、ザン・ミルゼル神聖王国には聖女様がいるのです。聖女はよく物語に出てきますよね」
レニーがシモーヌをチラリと見る。
「確か、神のお告げが聞こえたり、予言をしたり。あとは魔物から人々を護るとか」
シモーヌが小説で得た知識を話すと、魔物と言う言葉にキャーキャーと悲鳴が上がった。
「この国には魔物も聖女もいませんし、もちろん魔法もありません。でもそれが存在する国は存外多いのです。実はその時に、聖女様にお会いすることができました」
皆、一斉に色めき立つ。この国には聖女は存在しない。まさに物語の世界の登場人物なのだ。
「私、本で読んだことがあります。とても美しくて強い女性だと」
「そうそう! 命を顧みずに民を護るのですよね」
「平民から聖女に選ばれることもあるのだとか。その国の王子と結ばれる物語を読みましたわ!」
恋愛要素が入ると女子たちの声は一層大きくなる。
「ふふふ。そう思うでしょう? 私がお会いした聖女様は当時、自称八十歳だと仰っていました」
可憐で凜々しい少女を思い描いていた女子たちには衝撃だったようだ。シモーヌは予想外の展開に、思わず身を乗り出した。
「同じく八十歳の教皇様がお生まれになった時には、すでに聖女としてバリバリ活躍されていたらしいので、本当の年齢は誰も知らないけれど」
レニーも教皇に聞いた時は驚いたものだと思い出す。
「そこらの騎士なんかよりも貫禄のあるお姿で、お肉を好んで食べていらっしゃいましたよ」
よほどその光景が面白かったのか、レニーがクスクスと思い出し笑いをする。その場にいた全員が、その意外なギャップに笑い声を出した。
「あとは、毎年どこかの国で起こる事件があって。卒業パーティーで婚約破棄を宣言する王太子が現れるのです。その後は揃いも揃って廃嫡されてしまうので、外交をするこちらは新しい王太子の名前を覚え直すのが大変で。本当に迷惑」
レニーがため息混じりに本音を出す。レニーの恋愛小説を読んだ女子たちは、あれは実話だったのかと驚いた。恋愛小説をまったく読まないシモーヌも、近いうちにレニーから小説を借りようと決めた。
「あと、特に驚いたのは……」
キャッキャと盛り上がる女子生徒の声は、教室の窓から爽やかな風に乗って、どんよりとしている男子休憩室にまで届いていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
パワー系聖女様⋯⋯




