第二十三話 陰キャ貴族令息と男子の隊列訓練①
男子生徒が憧れるアラン・ベルジック。そのアランが所属する王宮近衛隊がクリストフ王太子殿下の婚約を受けて、学園での警護体制の見直しを図ることになった。近衛隊の視察が入ることに舞い上がったのは学園長だけではない。かつてアランを指導していた剣術の教師は特に張り切っていた。その結果、クリストフのクラスは三日間ある視察の最終日に、近衛隊ばりの隊列行進と、有志による模擬戦を披露することとなる。
アランたちが来る一ヶ月前からは、放課後の二時間みっちり練習に充てられることが決定した。
「なんだか、すまないね」
剣術の時間に初めて聞かされた男子生徒に、クリストフは申し訳なさそうに頭を下げた。相手が相手だけに誰も文句を言えるはずもなく、何とも言えない空気が流れ……。
「ほんとだよ! 俺、体を動かすのが大嫌いなんだよね!」
空気を読んでか読まずか、ジャンが大きな声で文句を言った。クラスの男子はギョッとしてジャンを見たが、当の本人はケロリとしている。隣にいるフランシスとビクターもジャンを窘めず、クリストフの傍らにいるジルたちも特に何も言わない。
レニーの発案に乗っかる形でクリストフが示した「在学中は爵位や身分に関係なく、一人のクラスメイトとして尊重し合い学ぶ」という提案。
一番忠実に従っているのはジャンかもしれない。そんなジャンにジルが言った。
「僕も正直やりたくないです。でも仕方がない」
クリストフが王太子とは思えないぐらい縮こまる。同時にジルに対して、お前の父親が言い出したことだろう、と喉まで出かかったが何とか飲み込んだ。
「俺は近衛隊の前で模擬戦ができるなんて光栄だ。兄貴たちに自慢するぞ!」
ビクターが嬉しそうに吠えると、騎士科志望の生徒数名が、俺も、俺も、と盛り上がる。もちろん、ジョルジュも模擬戦で優勝する気だ。
「まぁ、王族が在学している学年やクラスは特別だからね。伯父上……国王陛下が在籍していた時は、頻繁にご両親による授業参観があったらしいからね」
その国王陛下の実妹の息子であるベルナールが言うと、想像したのか皆一斉に身震いをした。
「その分、その年の卒業生はいい就職先や役職に就くことが多いんだよ。偉い人たちの目に留まるからかな?」
その言葉に騎士科を希望しない男子たちも、やる気に火がついたようだ。浮かない顔をしているのは、ジャンとジル、そして何故かフランシスだけだった。
練習が始まり一週間が経過した。放課後、近衛隊服に似た制服を身につけた総勢一八名の男子生徒は、その日もすでにグラウンドを十周は歩かされていた。
四人並びが四列。学園旗を持ったジョルジュが先頭を一人で歩き、殿はジョルジュの好敵手であるビクターが一人で務める。こういった重要な役割に男爵家の子息が選ばれることは例がなく、これはクリストフの発案により皆で決めた結果だった。
ホクホク顔のビクターとは反対に、ジャンはすでに泣きそうな顔をしているし、ジルも泣き言こそ言わないがその顔は青い。
休憩の合図で、一同はその場にへたり込んだ。
行進の練習は、全員の動きが完璧に揃うか、模擬戦の練習が始まるまでの時間を使う。
練習が始まった初日から、模擬戦は出場希望者による練習が順調に行われた。それとは反対に、全員が参加する隊列行進が上手くいかない。何度も繰り返される行進に、男子生徒たちのテンションは日に日に下がっていく。
そのうち行進が綺麗に揃わない原因に、とある疑問を抱く者がチラホラと現れた。練習を重ねていく毎に、疑問は確信へと変わっていく。
「いい加減にしろよ、ジャン!」
今日も合格をもらえないまま行進練習が終わり、へたり込んだジャンに一人の男子が声を荒げた。
額の汗もそのままに荒い息を吐いていた男子たちが、一斉にジャンを見る。怒りの形相で今にもジャンに飛びかからんとしているのは、ユーゴ・ブローニュ子爵令息だ。普段穏やかなユーゴの怒りにフリーズする男子たちをかき分けて、ビクターとジョルジュが仲裁のために飛び出した。
「お前、自分がずれているから綺麗に揃わないことに気づいていないのか! お前のせいで毎日毎日やり直しさせられるこっちの身にもなれよっ!」
ユーゴは自分より頭一つ大きいジョルジュに羽交い締めにされながらも、ビクターの背に庇われたジャンに向かって怒鳴っている。
「ジル様もだけどな……」
後ろで誰かがポツリと言う。ユーゴほど激しくはないが、非難が込められたその言葉に、大半の生徒が同意するかのように目を伏せた。
「僕もですね。申し訳ない」
座っていたジルがすっと立ち上がり、皆に頭を下げた。それに対して誰も何も言わない。皆同じことを思っていたのだろう。
「足を引っ張っている自覚はあります。言いにくいことを言ってくれてありがとう、ユーゴ。僕たちはこの後の模擬戦には参加しないから、今から個別に練習します」
誰も一言も発しない中、ジルは一人で淡々と話を進めた。
「行きましょう、ジャン。そしてフランシス」
いきなり名前を呼ばれたフランシスは、驚いて思わず自分を指差した。
「自覚なしかよ」
誰かが言ったの言葉が聞こえたのか、フランシスは赤くなり慌ててジルの元へと向かった。
ジルとジャン、そして納得いかない顔のフランシスは、再びグランドの周回をぐるぐると行進し始めた。
「言い方はとにかく、誰も言えなかったことを君が指摘したことは良かったよ」
残った男子たちが模擬戦の準備をしようと動き出した時、クリストフがジョルジュに捕まったままのユーゴに話し掛けた。
「君はあの中で、正直誰が一番酷いと思っていたの?」
「……ジル様です」
ユーゴが緊張しながらクリストフに答えた。
「だったら、ジルに先に言うべきだったね。何に気を遣ったのかはわからないが、その点以外は礼を言うよ。誰も言い出さなかったら私が言わなきゃいけなかったしね」
クリストフはユーゴに笑い掛けた。ユーゴも一番爵位の低いジャンにだからこそ、強い口調で言えたと自覚していたのだろう。唇を噛み、頭を下げた。
「いや、責めていないよ。ところで、私もあの三人の何が悪いのか、ずっと考えていたんだ。ジルとジャンは何となくわかるのだが」
クリストフは自分の手を頭の高さに持っていく。身長と言いたいのだろう。
「でも、フランシスだけはよく分からないんだ。身長だって平均だし、運動神経も悪くはなさそうだし」
ジョルジュとビクターも首をひねる。ユーゴは口を開いては閉じてを繰り返していたが、意を決してクリストフに自分の考えを伝えた。真剣な顔で聞いていたクリストフとジョルジュ、ビクターだったが、やがて大きな声で笑い出した。
「そうか! そういうことか。すごいな、ユーゴは!」
クリストフに名前を呼ばれて、ユーゴは顔を真っ赤にした。こんな場だが、王太子殿下にまるで友人のように名前を呼ばれたことが嬉しい。
「あいつ、何やってんだ」
ビクターとジョルジュが呆れつつ、それをフランシスに伝えに行こうとした。
「いや待って。三人はきっと自分たちで解決すると思うよ」
クリストフはジョルジュたちを止め、ユーゴの背中を押して模擬戦の練習場へと向かった。
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