第二十話 アデルと陰キャ貴族令息とチラつくシモーヌ
「……は? シモーヌ?」
今の今まで忘れていたその名前を聞き、アデルは憮然とした。珈琲をそのまま渋く飲んでいたのは男子じゃなくて、シモーヌ?
「ほんとおかしいよなー。領地であんな美味しいジャムを作ってるのに、甘いから私は嫌いです、だって」
「もしかして、アラン様も甘いものが嫌いなんだろうか?」
「明日シモーヌに聞いてみようぜ!」
あら? ここは教室の隅っこかしら?
シモーヌの話題になった途端、いつもの調子になりゲラゲラと笑い出した三人に、アデルはここは教室かと錯覚を起こした。
一気に盛り上がる三人を引いた目で観察するが、明らかに先ほどまでの態度とは違う。三人とも良い笑顔で、話が止まらない。まるでここにアデルがいないかのように。アデルはコホンと咳払いした。
「女性の前で、他の女性の話をするのはマナー違反よ」
アデルの言葉に、三人はハッとして黙った。マナー違反の指摘は響いたようだ。そして、黙ったまま甘い甘い珈琲を飲むだけの謎の時間が訪れた。アデルの額に再び青筋が立つ。
「ほんっとに何なのよ、もう! いいわ。では、質問。家族構成は? 端から順に」
面接官アデルが再び質問を始める。
「両親と兄二人です」
「り、両親と兄二人と妹一人……です」
「両親。兄四人」
「あ、そう。アンタたちから私に質問は?」
「ないです」
「まったくないです」
「特に思い浮かばない」
「何か考えなさいよ!」
「……じゃあ、新店舗を出店するなら王都のどこがいいかな?」
「……好きな虫は?」
「……好きな武器は?」
──何なの? この会話。
アデルは呆れ、会話を諦めてお菓子に手を伸ばした。イライラした時には甘いお菓子だ。アンティーク調の皿に並んだ、ジャムが載った小ぶりのクッキーを口に入れる。サクサクっとした軽い食感とバターの塩味が効いたクッキーに、甘みと酸味のバランスが絶妙なジャムがよく合っている。
「ねぇ、フランシス。このクッキーすごく美味しいわ。特にジャムがいいわね。何の果実かしら?」
すっかりクッキーを気に入ったアデルがフランシスに尋ねると、フランシスは得意そうな顔になった。
「そうでしょう。新作のそのクッキーが、一番人気のお菓子なんだ。持ち帰り用に量産したいから、ジャムを卸してくれているベルジック侯爵家と交渉中でね」
なんとか独占したいなぁと笑っているフランシスに、二枚目のクッキーに伸ばしかけたアデルの手が止まった。
「ベルジック侯爵家?」
「そうだよ、シモーヌの」
「ったく、シモーヌはこのジャムのどこが甘すぎて嫌なんだろうな。こんなの甘いうちに入らないのにさ」
「土産にもらったジャムは二日で無くなったぜwww」
「俺は一日www」
……まただ。この三人はシモーヌの話になると途端に生き生きする。アデルはもはや、呆れるよりも感心した。シモーヌは毎日どんな話をして、このおかしな三人を手懐けたのだろう。ここまでくると逆に興味が湧いてくる。
「アンタたちは本当にシモーヌが好きね」
騒いでいた三人は一瞬キョトンとして、すぐに当たり前だと口々に言う。
「三人はシモーヌ以外の女子生徒とは話さないでしょ? あれはなぜ?」
アデルの質問に三人から笑顔が消えた。一瞬にして空気が変わったことに、さすがのアデルも気がついた。
「あいつら、何か怖いんだよ」
俯いたジャンがすごく小さな声で言った。
「一人じゃ何も言ってこないくせに、あいつら集まると皆に聞こえるところで噂話するじゃん。一度も話したことがない俺のことも。俺のこと小さいって言ってるの何回も聞こえたし、こっち見てヒソヒソするし。しかもクスクス笑うし最低だよ」
確かにそれは嫌だとアデルも思った。逆にアデルが男子生徒にそんなことされたなら怒ると思う。確かに女子が数人集まって、そんなふうにしているのも見たことがある。アデルはすっかり自分のことは棚に上げて、ジャンに同情してしまった。
「そりゃあ、アンタの背はあれだけど。でも男子が成長するのはこれからじゃない? お父様やお兄様たちも?」
ジャンは首を横に振る。
「父様も兄様も、学園に入学した時は背が一番低かったけど、卒業する時には一番高くなったんだって」
「じゃあ、大丈夫じゃない! 心配して損したわ」
不機嫌に言い放つアデルに、何が大丈夫かわからないジャンは首をすくめた。
「それにアクセサリーの話とかばっかりで、何を話していいかわからん」
ビクターは言うが、アクセサリーの話が大好きなアデルは賛同できない。逆によくわからない武器の話なんかは、アデルも話せる気がしない。
「それは仕方がないのでは? お互い様よ」
「それに、見た目とか家の爵位とかで、男子への扱いを変えるから嫌かな」
フランシスのその一言は、アデルにとっては盛大に心当たりしかなかった。アデルは思わず、三人から目を逸らす。
「でも、シモーヌは違うんだ」
俯いていたジャンがパッと顔を上げる。フランシスとビクターも力強く頷いた。
「初めてシモーヌと話した時、女性にとってはすごく失礼な話をしていたんだ。シモーヌが怒らなかったことにびっくりしたんだけど、まさかそれ以上の話をしてくれて」
思い出したのだろう、ジャンはエヘへと笑いながら言った。三人はその後も、シモーヌとの話をアデルに聞かせた。このお茶会で、シモーヌの話題が一番長かったのではないだろうか。
「だから、シモーヌは他の女子とは別」
「そうだな。絵は下手くそだけどな」
「いつも変な小説読んでいるけどね」
この三人とシモーヌは随分と色々な話をしているのね、とアデルは驚いた。ふと、自分とクリストフたちとの会話を思い出す。あれほど一緒にいたのに、思い出せる会話は数パターン。違う内容の会話を思い出すのが難しいぐらい、同じ会話の繰り返し。まるで再放送だ。
そこまで思い至って、アデルは衝撃を受けた。
毎日毎日、髪の色や食べる量の話。今から思うとその会話の一体何が楽しかったのだろう。
逆に、クリストフたちは何を考えて毎日同じ話をしていたのだろう。今度聞いてみたいぐらいだ。
よほどアデルに興味がなかったのだろうと見当がつくので聞かないけど。
それなのに、シモーヌに優越感を持ち喜んでいたという事実は、きっとアデルの黒い歴史になるはずだ。あぁ、恥ずかしい。
「でもさ、アデル嬢は男子とは話すけれど、女子とは話さないよね」
黒い歴史の誕生に心の中でのた打ち回るアデルに、フランシスが聞いた。
「あー……私も女子は苦手かも」
少し考えてアデルが言うと、三人は意外そうな顔をした。
「入学してからずっとクリストフ殿下と一緒に過ごしていたから、その辺の女子には嫉妬されていたわね。私、見た目も良い方だし」
アデルはシレッと言う。
「それに、女子特有の行動もあまり好きじゃないというか……あの人たち、皆一緒じゃないとダメって考えじゃない? 持ち物も一緒、移動するのも一緒。信じられないことに、お花摘みまで一緒に行くのよ」
アデルが呆れたように言い放つと、ジャンが身を乗り出した。
「それ、シモーヌも言ってたよ! 同じもの食べていると、生理現象まで一緒になるのかしらって」
ジャンとアデルが集団お花摘みの話で盛り上がっている隣で、フランシスは何やら考え込んでいた。が、アデルの顔をジーッと見ながら言った。
「アデル嬢とシモーヌって、そういうところが似ているのかもね」
天敵であるシモーヌに似ていると言われ、意味が分からないアデルはフランシスを凝視した。睨まれたと思ったフランシスがヒッと怯える。
「俺もそう思ったよ。それにアデル嬢もシモーヌも、一人で行動するのは平気だろ? アデル嬢は一人で色んな男子生徒のところに話しに行くし、シモーヌはすぐ一人で図書室に行くし」
ビクターが納得したように言う。アデルは、シモーヌが図書室に通うのに対して私の印象が悪すぎると不満を持った。しかし、確かにその通りである。
「二人に何があったか知らないけどさ、話してみると案外仲良くなれるかも知れないよ」
ジャンは無邪気に言ったが、アデルは無理よと小さく呟いた。
自分の自尊心を満たすために悪意を向け続けたのだ。今さら仲良くしようなんて虫が良すぎる。
逆の立場で考えると、毎日仕掛けてきたシモーヌが急に仲良くしようと言ってきたら、アデルはシモーヌを軽蔑するだろう。
きっとシモーヌは、歩み寄ったアデルを受け入れてくれると思う。でも、それも何だか嫌だ。それなら一人がいい。一人でいい。
「たぶん、シモーヌとは合わないわよ」
きっぱりと言ったアデルが、三人には少し寂しそうに見えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
何の話題がきっかけになって話が弾むかわかりませんね。




