第十九話 アデルと陰キャ貴族令息と地獄のお茶会
「さあさあ、お待たせしました。ここは長兄が手掛けた新しいカフェなんだ。アデル嬢、お手を」
いつも教室の隅っこでコソコソしている人物とは思えない完璧なエスコートで、フランシスはアデルの手を取り個室に案内する。
フランシスの実家であるラザノ伯爵家は、アンティーク雑貨の店や飲食店を経営している。小さな伯爵家ではあるが、二人の兄が家業を手伝い始めると、新しいアイデアと痒いところに手が届くきめ細やかなサービスで、すぐに人気の店となった。
フランシスも商売人として通用するマナーだけは、幼いころからしっかりと仕込まれている。
そんなフランシスの行動に驚いたのはアデルだけではなく、ジャンとビクターもだ。
アデルたちを案内しつつ、従業員に目配せをして何かの合図を送るフランシスの姿は、ジャンとビクターからすると、とても大人に見えたのだった。
アデルはエスコートを受けて店内を進みつつ、しっかりと店のあちこちをチェックする。
高級な調度品を置いている訳ではなく、どちらかと言えばシンプルな印象。木目調で統一された店内は、逆にお洒落に感じる。壁のあちらこちらに掛かる小さな額の絵画も、斬新でありながらも可愛らしくてとても良い。これは若い人に人気があるのも頷ける。
小さな伯爵家の三男なんてと相手にもしなかったが、先ほどのエスコートと従業員に対する堂々とした態度。
実は婚約者としてかなり優良なのでは?
長い前髪で顔の半分を隠すようにしているフランシスだが、たまに見える目元は案外悪くない。本人は気にしていそうだが、顔にあるそばかすが可愛らしいと女子たちが噂をしているのも聞く。
このお茶会は大当たりなのでは? アデルは鼻息を荒くした。
「お、俺たちも……」
「おう!」
フランシスを見て愕然としていたジャンとビクターが慌てて動き出す。家族親戚以外の女性とお茶をすることが初めての三人は、実は道すがら女性のエスコートの仕方を考えていたのだ。気が進まない女性とのお茶会とはいえ、男として恥はかきたくない。
「元気に挨拶すればいいんじゃないのか?」
「ビクターは大きな挨拶でなんでも乗り切ろうとするよね。僕も商売人としてのマナーしか知らないけどね」
「もう面倒くさいなー。早く終わらせて、俺んちで魔法陣完成させようぜ!」
結局エスコートのエの字も習得しないまま、今に至っているのである。
案内された個室に入ったビクターは、一番奥の椅子をすっと引いた。
「あ、ビクターの奴、抜け駆けだ」
ジャンは小さく呟くと、その椅子に急いでハンカチを敷く。それを見たフランシスが公園のベンチかよ、と呆れる。しかし、アデルはまんざらでもなかったようだ。
「あら、気が利くわね」
と言い、引かれた椅子に腰を下ろした。同時にすっと椅子を押し戻せれば完璧だったのだが、ビクターは力加減を間違えた。アデルは、勢いよく押した椅子とテーブルの間に挟まれてしまう。
「ぐえっ」
慌てて椅子を戻して、すごすご自分の席に着くビクターをアデルは睨んだ。一瞬でも気が利くと思ってしまった自分が恨めしい。
全員が席に着くと、教室にいるかのような沈黙が流れる。あんなにステキなエスコートをしていたフランシスも、急に教室に戻ったようにオドオドする。もちろん、ジャンは下を向き、ビクターは落ち着きなく体を揺する。
自分からお茶会に誘っておきながら、エスコートするのは男性側と勝手に思っているアデルは誰かが口を開くのを待っていた。
そして、個室には謎の静寂が流れる。永遠にも感じられる時間。やがて、沈黙に我慢できなくなったアデルは、仕方なく自分から何か話をしようとした。こういう時、どんな話をするんだっけ?
たしかクリストフ殿下は、いつも髪やアクセサリーを褒めてくれたわ……。アデルは自分の髪を指さして言った。
「このリボン、綺麗でしょう?」
このリボンは最近アデルのお気に入りで、オーガンジーの濃いピンクがアデルの淡いピンクの髪によく映える、とアデルは思っている。
「……」
「……」
「……」
「聞こえないわよ!」
聞こえないはずである。何と返答したら良いかわからない三人は、アデルと目を合わさずに黙っていたのだ。アデルはまさか自分が無視されたとは思っていない。きっと三人は女性を褒めるのに慣れていないのだわ。気を取り直したアデルはまた話し掛けた。
「三人は入学前からのお知り合いなのかしら?」
答えやすい質問をしたつもりだったが、三人はまるで、お前が話せよ、いやお前が、とでも言うように目配せをし合っている。答える順番を譲り合っているのかしらと、アデルは指名制にしてみた。
「はぁ。じゃ、フランシスから」
指名されたフランシスが、体をビクッとさせる。
「あ、はい。知り合いではなかったです」
また沈黙。
「では、どうやって知り合ったのですか? ビクター」
「おう……あ、はい。フランシスとは寮が同室で知り合った……ました」
訪れる静寂。
「あなたは寮生の二人とどうやって知り合ったのですか。ジャン・コガン」
「ひゃいっ! 入学式で席が、ち、近くでした……」
「さっきから何なのよ、この会話! まるで面接じゃない! アンタたちは会話を膨らませることができないの!?」
怒りだしたアデルに、三人はもう泣きそうである。会話を膨らませるも何も、聞かれたことを簡潔に丁寧に答えただけである。そもそも、三人はアデルと話したいと思ったことが一度もない。帰りたい、とジャンは涙目になる。
なぜ、さっき帰ってしまわなかったのかしら。アデルが後悔し始めた頃、やっと給仕がワゴンで何やら運んできた。
アデルの前には女性に一番人気だという茶葉で淹れた紅茶と、三人の前には男性に人気だという珈琲が置かれた。真ん中にはこれまた流行の焼き菓子が並べられ、その見た目の可愛らしさと良い香りに、アデルの機嫌は少し良くなる。
「では、いただこうか」
フランシスの一声で、それぞれカップを持つ。意外なことに三人は珈琲にミルクも砂糖も入れない。しかも腐っても貴族令息。一つも音を立てずに、優雅にカップを口元に運ぶ。
学園に入学できただけはあるわね、と感心したアデルがカップを口元に運ぼうとした時。
「にっが!」
「ペッペッ」
「これは……大人の味だな」
三人が口々に騒ぎ出す。よほど苦かったのか、ガチャガチャと音を立ててカップをソーサーに戻す始末。
「ちょっ! なんでお砂糖入れないのよ! 早くお砂糖入れなさい!」
アデルがテーブルの真ん中にあったシュガーポットを渡すと、三人は奪い合うように砂糖を入れる。ジャンに至っては五回も砂糖を掬った。アデルは黙って自分のミルクピッチャーも三人に差し出す。
色々と調合した珈琲を口にした三人は、やっと息をついた。
「流行の珈琲も美味しいな!」
「それ、もはや珈琲じゃないわね」
満足そうなジャンに、アデルは真顔で突っ込んだ。
「そもそも、なんで何も入れない珈琲を飲もうと思ったのよ」
「珈琲に何も足さずにそのまま飲む知り合いがいるんだ。それがとても格好良くて」
フランシスが恥ずかしそうに言う。
「同じ年なのに大人に見えて格好良いんだよ」
やっと笑顔を見せたビクターに、アデルはへぇっと思う。学園にそんな渋い男子がいるなら、それはぜひ紹介してもらわなければいけない。
「シモーヌって苦い珈琲は飲むくせに、甘いものは苦手なんだぜ」
そう言いながら、ジャンも初めて笑顔を見せた。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
給仕係になってこのお茶会を見守りたい方、評価や応援をしていただけたら幸いです。




