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第二話 シモーヌと陰キャ貴族令息②

「ってかさ、昨日のディナー、白パン五個食べたら止められたわ。まだ余裕でいけたのに」


 ジャンが言うとビクターが言い返す。


「俺なんか昨日は七個も食べたぜwww」


「うそうそ。八個だったわ、今思い出したwww」


 言い直したジャンにフランシスが言う。


「白パンって子どもかよ。僕なんてワインに合う固めのパンを食べているしwww」


「騎士団さーん、学生なのにワイン飲んでいる悪い人がいまーす」


「飲んだのは葡萄水ですぅ」


「知ってますぅ」


 ゲラゲラゲラ……。



 ふふっとシモーヌの口元が緩む。シモーヌは慌てて本で口元を隠した。その時、教室の前方からこちらを伺っているアデルと目が合った。シモーヌは慌てて本を読んでいるふりをしたが、アデルが勝ち誇ったような顔をしているのはわかった。どうせシモーヌが一人でいるのを馬鹿にしているのだろう。せっかく楽しい気持ちだったのに、シモーヌの心は一気に沈んだ。



 シモーヌが生まれたベルジック侯爵家は、オーフィン王国建国から存在する由緒正しい侯爵家だ。それに対して、アデルのルソー侯爵家は元々伯爵家だった。野心家だったアデルの祖父の功績で侯爵家へと陞爵(しょうしゃく)した。それだけ勢いのある侯爵家なのでアデル自身も何かと勢いがある。


 幼い頃はあまり関わりがなかったシモーヌとアデルだが、八歳を迎えると頻繁に顔を合わせるようになる。クリストフ王太子殿下の婚約者候補に選ばれたからだ。

 クリストフの母である王妃陛下から、お茶会という名の顔合わせに招待された令嬢は二十人ほど。お茶会を重ねる度にどんどん参加者が減り、シモーヌが参加した最後のお茶会は三人の令嬢しか残らなかった。そのうちの一人は常に欠席していた。

 最終選考まで残ったシモーヌだが、結局は婚約者候補から外れたのだ。


 そもそも、シモーヌは王太子妃になりたいと思ったことは一度もない。婚約者選考は出来レースで、自分が最終候補まで残ったのも王族派、貴族派などの調整役として政治的に利用されたと考えている。

 その考えはあながち間違いではなかったようで、定期的に呼ばれるお茶会でクリストフはシモーヌに話し掛けることはなかったし、シモーヌもクリストフと他の令嬢のことなどまったく興味がなかった。最後の方はシモーヌがお茶の席で読書をはじめても、誰にも何も言われなかったほどだ。もちろん、その様子を後から知った両親にはこっぴどく叱られたが。



 婚約者候補から外れて二ヶ月後、シモーヌは王立学園に入学した。

 三年制のこの学園の生徒は、二年次からは専門分野を選択して学ぶ。一年次は王族から下位貴族まで分け隔てなくクラス分けされて基礎学を学ぶ。

 苦痛で仕方のなかったお茶会から解放されたシモーヌは、学園に通うことをとても楽しみにしていた。


 それというのも、シモーヌには友人はおろか知人と呼べる同年代の貴族子女がいない。仲良くしている家門に年の近い子女はなく、両親が招待したり、逆に招待されたお茶会などは、嬉しさのせいか当日は必ず高熱を出した。それが続くと周囲が気を遣い、ベルジック侯爵令嬢のお体に障ってはいけない、との理由で誘いを受けることも減っていった。入学する少し前に行われた王家主催のデビュタントも、もちろん発熱のため不参加だ。

 そんなこともあり、友人、いや知人ができるかもと期待に胸を膨らませていたシモーヌだが誤算があった。同じクラスにアデルとクリストフがいるとは思わなかったのだ。


 大人しく地味なシモーヌとは正反対に、派手で賑やかなことが大好きなアデル。そんな二人が婚約者選考のお茶会で仲良くなるはずもなく。お互い言葉を交わすこともないまま迎えた入学式。

 ルソー侯爵家がベルジック侯爵家を疎ましく思っているのは、噂を聞くまでもなくシモーヌも感じていた。また、派手さや華やかさに自信を持つアデルが、名門侯爵令嬢であるシモーヌの立ち居振る舞いや所作の美しさに劣等感を持っているのも感じていた。

 アデルのその劣等感は、シモーヌを孤立させ貶めることにより優越感へと形を変えたようだ。



「俺、最近右目に何かが宿った気がするんだよね」


 すっかり沈んでしまっていたそんな時。シモーヌの耳に、ものもらいができたのか眼帯をしたジャンの声が飛び込んできた。


「わかる! 俺も右手に何かが宿った!」


 剣術の授業で怪我をしたらしく、右手に包帯を巻いたビクターが自慢げに同意する。


「え、いいな! 僕も何か宿しに行ってくる!」


 フランシスがガタガタ音を立て椅子から立ち上がったようだ。そのまま三人はワイワイと教室から出て行った。


 シモーヌは一人笑みをこぼした。兄のアランが目の充血で眼帯をした時も、野草にかぶれた腕に包帯を巻いた時もまったく同じことを言っていた。

 三人の会話を聞いていると、やはりアランを思い出す。近衛隊に入隊したアランは、在学中から暮らす王都のタウンハウスを出て、王宮に詰めるようになった。入学を機にアランと一緒に住めると思っていたシモーヌはがっかりしたものだ。

 最近アランと会ったのは、アランの近衛入隊のお祝いをした時だから二年以上も前のこと。

 シモーヌは久しぶりにアランに会いたくなった。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。

明日の投稿はお昼頃の予定です。

お楽しみに!

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