第十八話 アデルと陰キャ貴族令息と謎のお茶会
あれからアデルは、婚約者を見つけるどころか男子生徒に避けられる毎日を送っていた。
アデルは決して下を向かない。だから、まさか苦悩しているなんて誰も微塵も思ってはいなかった。
「侯爵家どころか伯爵家まで総当たりしたのに」
アデルはギリギリと奥歯を鳴らす。長期休暇の間、男子生徒の名簿を調べ上げてルソー侯爵家の邪魔にならない家の嫡男からピックアップし、そして片っ端から声を掛けた。
目星をつけた男子の半数はお茶には誘えたものの、翌日には曖昧な笑顔を浮かべてアデルを避ける。アデルに食いついた貴重な数人は、残念ながら一生を共にしたいとは思えない人柄でアデルの方からお断りした。
レニーに借りた小説のピンク髪のヒロイン。あの子は皆に愛されていた。
「見た目は問題ないはずなのになぜ? こうなれば子爵、男爵令息にも総攻撃か」
物騒なことを考えるアデルの目の前を、のんきな顔をした三人組が通りかかる。
あれは確か、いつもシモーヌとつるんでいる冴えない男子……。アデルは目を凝らしてじっくり観察する。が、やっぱり冴えない。しかし、その中の一人は伯爵家だったはず。
アデルの脳内には、あのレニーの言葉が流れる。
『自分とは合わないと思っている相手が、案外相性が良かったりするのよ』
アデルは素早く三人の目の前に立ちはだかった。
「あっ? え? えー……」
目の前で仁王立ちするアデルに、先頭を歩いていたフランシスは戸惑った。ジャンとビクターに視線で助けを求めるが、二人は他人のような顔をして目も合わさずにフランシスの隣を通り抜けようとした。
「アンタたちもお待ちなさい」
ジャンとビクターはビクッと体を震わせて立ち止まり、でも迷惑そうにアデルを一瞥する。アデルは極上の笑みを作った。
「ごきげんよう。私、皆さんと一度お話をしてみたかったのです」
アデルはご自慢の大きな目を潤ませて、上目使いで三人を見つめる。
「はぁ……」
フランシスが困ったように返事をする。入学してから今まで、アデルから一度も話し掛けたことがないので、怪しまれるのも当然だ。
「皆さんはシモーヌといつも一緒にいらっしゃるから、なかなか話し掛ける機会がなかったの。よろしければ、今からお茶をご一緒しないかしら?」
アデルの経験上、特に女子に縁のなさそうな男子は、学外にお茶に誘うとホイホイとついて来る傾向にある。アデルのことを何とも思っていない相手でも、「俺だって女子とお茶ぐらいしたことあるし」と自慢したいのだろう。一度お茶をすると、その後はなぜか避けられるのだが。
「喉は渇いてない」
ぶっきらぼうにビクターが言うと、ビクターの大きな体に隠れていたジャンも頷く。
「申し訳ないが、僕たちは……」
フランシスが断ろうとした時、廊下の向こうから鞄を持ったシモーヌが歩いてきた。邪魔が来た、と顔をしかめるアデルとは反対に、フランシスはホッとした顔でシモーヌに声を掛けた。
「シモーヌ、ちょうど良かった。アデル嬢にお茶に誘われたんだ。シモーヌも一緒にどう?」
シモーヌも一緒に来ると思ったのか、ジャンとビクターもホッとした表情を浮かべた。
「待って、待って! シモーヌとはいつもお話をしているでしょう? 私は三人とお話してみたいのよ。友人は多い方がいいと思わない?」
アデルはシモーヌが友人作りに悩んでいるところを突いた。案の定、シモーヌは何かを考えてから頷いた。
「では、今回は私と三人でお茶をするということで。シモーヌ、さようなら」
アデルに追い払われたシモーヌは、後ろ髪を引かれつつその場を去った。一人になったシモーヌは、なぜか胸の辺りがモヤモヤして落ち着かない。
アデルの言う通り、三人に新しい友人ができることは喜ばしいことだ。それはわかるのだけど……。シモーヌはモヤモヤの原因を考えながら門に向かって歩いた。
「では、行きましょうか」
シモーヌが見えなくなるまで見送っていたアデルが、パッと振り返った。確か断ったはずなのに、と憮然とする三人にアデルは言った。
「あら? シモーヌは友人作りに励んでいるというのに、アンタたちは友人の誘いを断るんだ。明日シモーヌが聞いたらがっかりするでしょうね」
それを聞いた三人は、最近のシモーヌの姿を思い出した。そして諦めたように、アデルの後にトボトボとついていった。
なんとか三人をお茶に誘うことに成功したアデルだったが、かれこれ半時間、約束のカフェの前で一人佇んでいた。フランシスが指定したカフェは、学園から一番近い繁華街にあり、馬車に乗り十五分もすれば到着する。生徒御用達の文具屋や本屋もあり、学園生なら一度といわず何度も通っている場所だ。だから決して迷う訳がない。
カフェの近くで侯爵家の馬車を降りたアデルは、すぐ三人と合流できるものだと考えて侍女を馬車に残してきた。なのに、いつまで待っても三人は来ないのである。
──まさか、逃げられた?
一人で待つことに不安を感じていたアデルだが、その不安は徐々に怒りへと変わる。こんな人通りのある場所に女性を一人きりで待たせるなんて……。
誘い方が強引だったのは認める。無礼にも明らかに迷惑そうだったし。だからと言ってすっぽかすなんてあり得ない。もう帰ってしまおう。アデルはクルリと体の向きを変えた。
「いやー、すまない」
アデルが一歩踏み出そうとした時、後ろからのんきな声がした。アデルが振り返ると、そこには並んで歩いてくる三人の姿があった。
「……えらく遅かったじゃない」
怒りを隠そうともせず不機嫌に言い放つアデルに三人は、
「徒歩で来た!」
と、なぜか誇らしそうに声を揃えた。
「馬車で来ればいいじゃないの?」
あきれたアデルは三人を睨む。三人は顔を見合わせるが、フランシスが代表して答えた。
「僕とビクターは寮に住んでいるから馬車はない。ジャンは実家から通っているけれど徒歩で通学しているし、僕たちは自由に使える馬車を持っていないんだ」
「乗り合い馬車があるじゃない」
間髪入れずに反論するアデルに、三人はまたも顔を見合わせる。
「その発想はなかったなー」
のんびり笑い合う三人に、アデルは早くもお茶会の失敗を悟った。話が噛み合わない。
「言ってくれれば、侯爵家の馬車に乗せてあげたのに」
「知らない人の馬車に乗ってはいけませんって母様が……」
まだ怖いのか、ジャンがまったくアデルと目を合わさないまま小声で言った。アデルはため息をつく。
「……良い子ね。あなたが今、入学前の子どもだったらね」
フランシスは、いよいよ本格的に不機嫌になってきたアデルをカフェに案内することにした。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
恐怖の圧迫お茶会が始まりました。




