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第4話 巫女の祈り

 洞窟に駆けつけたわたしは、カナトと肩を寄せ合っていた。

 彼も何かを感じ取っているのか、表情が険しい。

 外では風がごうごうと唸り、木々が激しくざわめいている。


 嵐が来たんだ。

 それも、普通の嵐じゃない。

 空気が重くて、息苦しい。

 胸の奥で、何かが警鐘を鳴らし続けている。


 ゴロゴロゴロゴロ――


 雷鳴が響いた。

 これも普通の雷じゃない。

 地の底から湧き上がってくるような、不気味な音。

 洞窟の奥まで、その振動が伝わってくる。


「…………」


 カナトがふと立ち上がり、歩き出す。

 わたしは慌てて、その後を追った。


---


 洞窟から顔を出すと、空が異様な色に染まっていた。

 黒い雲が渦を巻き、その中で紫の稲妻がちらちらと光っている。

 村の方角から、人々の悲鳴が聞こえてきた。

 わたしたちは急いで、村へ向かって走った。


 そして、見た――


 それは、悪夢のような光景。

 村の上空に、巨大な化け物が浮かんでいる。

 家を十軒並べたよりももっと大きい、恐ろしい蛇。


 その体は黒い雲でできていて、もやもやと揺らめいている。

 その中にところどころ青白い光がちらついて、生きた雷雲みたいに見えた。


 蛇には頭が三つあり、それぞれが牙をむき出しにして吠えている。

 その咆哮のたびに、ごろごろと雷鳴が響き渡った。

 目は燃えるように赤く光り、口からは青白い稲妻を吐き出している。


 嵐蛇ウーカジヌオーナジャー

 百年前の伝承にある、恐ろしい怪物。

 それが今まさに、わたしたちの村を襲っている。


 村は恐慌状態に陥っていた。

 人々は我先にと逃げ惑い、泣き叫んでいる。

 家々が風で飛ばされ、稲妻が次々と落ちて、あたりが燃え上がる。

 地獄絵図だった。


 わたしは必死に走った。

 皆の助けになりたかった。

 でも、足がもつれて転んでしまった。


 本当に、何をやっているんだろう。

 こんな時でさえ、私は役に立たない。


 その時、嵐蛇の頭のひとつがわたしを睨んだ。

 燃える赤い目が、こちらを見下ろしてくる。


 巨大な口が開き、牙がぎらりと光る。

 ぞっとするような殺気が、肌を刺した。


 がくがくと震える足で、わたしは立ち上がろうとした。

 けれど、間に合わない。

 嵐蛇の頭がこちらに向かってくる。


 だめだ。

 逃げられない。


 その瞬間――


 バシッ!


 間一髪のところで、誰かがわたしの腰を抱えて、横に飛んだ。

 カナトだった。

 彼はわたしを抱いたまま、地面に着地する。


「大丈夫か!」


 息を切らしながら、彼がこちらを見下ろす。

 その瞳が、わたしを気遣ってくれていた。


「う、うん……」


 わたしは頷いた。

 でも、安心したのもつかの間。

 嵐蛇が、再びこちらを狙っている。


 カナトはわたしを背中に庇い、怪物に向き直る。

 素手で、あんな化け物と戦うつもりなのか。

 無謀すぎる。


「カナト、だめ!」


 わたしの制止を振り切って、彼は駆け出した。


 ザシュッ!


 カナトが地面を蹴り、空中に舞い上がる。

 信じられないような跳躍力だった。

 そして、嵐蛇の頭の一つに、拳を叩き込む。


 ドゴッ!


 鈍い音が響いて、嵐蛇の頭がぐらりと揺れる。

 でも、雲でできた怪物に、打撃はあまり効かないみたいだ。

 嵐蛇が怒り狂って、三つの頭すべてから、カナトに向けて稲妻を放つ。


 ビリビリッ! バチバチッ!


 カナトは身軽に宙を蹴って、その攻撃をかわした。

 けれど、着地した瞬間を狙って、嵐蛇の尻尾が襲いかかる。


 ボゴッ!


 カナトの体が吹き飛ばされて、石垣に激突した。

 血を吐いて、膝をつく。


 だめだ。

 いくらカナトが強くても、あんな化け物に敵うわけない。


 嵐蛇が勝ち誇ったように吠える。

 そして、とどめを刺そうとカナトに向かって突進した。

 カナトは立ち上がろうとするけれど、足がふらついている。

 このままではカナトが危ない。


 だめ。

 カナトを死なせるわけにはいかない。

 わたしが守らなきゃ。

 わたしが、彼を。


 気がつくと、わたしはカナトの前に立っていた。

 両手を広げて、怪物を睨みつける。


 怖くて、怖くて、たまらない。

 だけど、カナトを守るためなら、わたしは強くなれる。


 そうだ。


 この気持ち。

 胸の奥で燃え上がる、この熱い想い。


 これは、恋だ。

 わたしは、カナトが好きなんだ。

 命よりも大切な人を、やっと見つけたんだ。


 わたしの中で、何かが弾けた。


 今こそ、祈りを捧げるときだ。

 わたしは眼を閉じて、心の底から叫んだ。


「神様……どうか、彼を守って!」


 わたしの中の巫女の血が、体中に沸き立つ。

 今まで感じたことのない、不思議な力が湧き上がってくる。

 それは暖かくて、優しくて、そして、懐かしい。


 張り裂けそうな胸を開く。

 カナトのためなら、なんだってできる。

 わたしの全てを捧げてもいい。

 カナトのいない人生に、意味なんてないから。


「カナトを助けて……お願い!」


 神様。

 どうか、どうか、この想いを聞いて。


 巫女の祈りが、夜空に響く――

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