第二十話 ショッピングでショッキング!?
休日のアーケード街は、いつも以上に賑やかだった。家族連れやカップルが楽しそうに笑い合い、明るい店内にはカラフルなディスプレイが並ぶ。その光景を眺めながら、藤咲はそっと息を吐いた。
(朝はちょっと気が重かったけど……ここに来たら、なんだか少しスッキリしてきたかも)
手にはいくつかのショッピングバッグ。お気に入りの雑貨や化粧品を買い足しながら、少しずつ気分が軽くなっていくのを感じる。けれど、財布の中身をちらりと確認し、わずかに眉をひそめた。
(まあ、財布も軽くなっちゃったけど……仕方ないよね)
一瞬、近くのカフェの甘いスイーツに惹かれそうになったが、グッとこらえる。
(ここは我慢……)
自分に言い聞かせるように、サッと店の前を通り過ぎる。
追い打ちをかけるように「夏服セール」の看板が目に入る。
(ここも我慢……うっ、足が勝手に……)
藤咲は吸い込まれるように店に入ると、洋服のラックをチェックし始めた。
すると、すぐに良さげなトップスが目に留まる。白いブラウスと淡いグレーのカーディガン。仕事用にも使えるし、ちょっとお洒落な感じもあって理想的だ。
(お値段も手頃!)
気づけば店員に声をかけていた。
「これ、試着したいんですが」
店員はにこやかに対応してくれ、試着室へ案内された。カーテンを閉め、鏡の前で服をあてがう。
(うん、これいいかも……)
袖を通し、鏡の前で少し角度を変えながらチェックする。
(サイズもちょうどいいし、買っちゃおっかな!)
満足げに頷いたその時、隣の試着室から妙な会話が聞こえてきた。
「――ちゃん。無理やりは……ダメだってば!」
妙に色気を帯びた女性の声に藤咲の身体が硬直する。
(え!?なに!?)
「いや、そうじゃないと入らないだろ」
落ち着いた男性の声が続き、藤咲は一瞬で耳が熱くなった。
(ええええっ!?何してるの!?)
「んっ……もう少し……あ、ちょっと待って、引っかかる!」
「お前が動くと余計に入らないから、大人しくしてろ」
詳しい内容は聞き取れないが、女性の艶めかしい声色もあって、会話の端々から漂う何かアレな空気を感じる。
藤咲は顔が真っ赤になり、両手で口を覆った。
(こ、ここは試着室ですよ!?場所間違えてませんか!?)
耳を塞ごうとしたが、好奇心と理性が激しくせめぎ合い、思考が混乱する。
「あとちょっとだから……あっ……」
――沈黙。
「お前が強く引っ張るから」
(な、何を引っ張ってるの!?!?)
心の中で全力ツッコミを入れながら、鼓動が速まるのを感じる。
いや、違う、そんなはずない。違うはずなんだけど……でも……でも!!
「いけた?」
「ああ、なんとかな」
(なにが!?なにがいけたの!?!?)
「どうすればいい?」
「そのまま掴んでいてくれ」
(な、何を掴んでるの!?!?)
顔が真っ赤になりながら、パニック寸前の藤咲。
これは……確認しなきゃだめなやつでは……?
いや、ダメだ、こんなの絶対見ちゃいけないやつだ。でも……でも……!!
「……よし、これで完全にハマったな」
(ダメだ!!!確認しなきゃ!!!)
好奇心が理性との戦いに勝利した。
カーテンの端をほんの少し開け、そっと隣の試着室の様子を確認する。見えないとはわかっていながらも、心臓はドキドキと高鳴り、額にじんわりと汗が滲む。
(ちょっと様子を見るだけ……!)
そして、その瞬間。
ちょうど隣の試着室から男性が一歩、外へ出た。
見覚えのあるシルエット。がっしりした体格の長身、よく知っているスーツ姿ではなく、カジュアルなシャツにジャケットを羽織っているけれど、その堂々とした立ち姿は間違いようがない。
――橘先輩だった。
(えええええええええええええええ!!!!!!!!!)
藤咲は心の中で大絶叫する。
(いやいやいやいや、先輩ってそんなことする人じゃ……ないよね!?)
隣からは、なおも女性の声が続いている。
「疲れちゃった〜。ちょっと休憩」
「いや、早く脱げよ」
(え!?まだ続くの!?!?!?)
全身が硬直する。思考がフリーズし、試着室の壁にへたり込む。
(先輩が……先輩が……!こんな……!!)
一緒にいるのは多分昨日の人だよね。
試着室でそんなことをする関係なの?
やっぱり……彼女ってことだよね……?
混乱してしばらく固まっていると、隣からカーテンの開く音がした。
藤咲はへたり込んだまま、おそるおそる外を覗く。
先輩の背後から、女性が姿を現した。
黒髪のロング、すらりとしたシルエット。
――昨日、百貨店で一緒にいた女性。
その女性が手に持った服を広げ口を開く。
「もう!このファスナー硬すぎだよ」
「そもそも一人で着られない服ってどうなんだ?」
「あ、いや……。私が身体硬いだけ……」
「俺がいなかったらどうするつもりだったんだよ……」
「だからこれを選んだんでしょ!」
「……ちょっと待て、俺が手伝う前提で買うつもりか?」
二人は会話をしながら試着室を離れていった。
藤咲は、壁に寄りかかったまま呆然とする。
頭の中が真っ白で、思考が停止していた。
(先輩が……綺麗な女の人と……試着室で……)
思わず二人の”アレなシチュエーション”を想像してしまう。
(ぎゃああああああ!!!!)
頭の中で妄想が止まらなくなる。
試着室の中、先輩がぐいっと女性の腕を引き寄せ――
(む、無理やり引っ張ったり……とか……だめだと思いますけど!!?)
なぜか自分の妄想につっこむ藤咲。
しかし、違和感に気づく。
(ん……?ちょっと待って。無理やり引っ張る……?)
藤咲は先程の二人の会話を思い出す。
『もう!このファスナー硬すぎだよ』
『そもそも一人で着られない服ってどうなんだ?』
『あ、いや……。私が身体硬いだけ……』
――沈黙。
(…………)
(…………ん?)
じわじわと、脳内で何かが繋がっていく。
(……あれ?もしかして服を着るのを手伝ってただけ?)
ガタッ。
試着室の中で、思わず壁に寄りかかる音が響いた。
(私、めちゃくちゃ勘違いしてた……!?)
脳内で、さっきの妄想シーンがゆっくりと崩れ去る。
ついさっきまでパニックになっていた自分を思い返し、猛烈な羞恥が襲ってくる。
(やばい!!恥ずかしすぎるよ私!!!!)
もうダメ、顔から火が出そう!
試着室のカーテンをギュッと掴み、じたばたと足をバタつかせる。
(いや!今はそんなことよりも!)
一緒に洋服選びなんてカップルのデートそのものじゃない!?
いや、でも妹さんに服を買ってあげてるってことも!
藤咲の頭の中で、再び彼女説と妹説がせめぎ合う。
いろんな疑問が頭の中をぐるぐる回り、落ち込むどころか、むしろ二人の関係が気になりすぎて、答えを知りたくなってしまった。
(これは……見届けるしかない!!)
そっと試着室を抜け出し、近くのラックに身を隠す。
ちらりと二人を見ると、ちょうど会計をしているところだった。
不思議そうに店員が見てきたので、ごまかすように近くにあった帽子を手に取る。
(あ、これいいかも)
その間に、二人が店を出るのが視界の隅に入った。
藤咲は先ほど手に取った帽子を購入し、深くかぶる。
その瞬間、藤咲の中のスイッチが入った。
(さあ、彼女か妹か、はっきりさせてもらいますよ!)
藤咲は店の外を歩く二人に照準を合わせた。
――こうして、藤咲の“探偵”としての任務が再び始まるのだった。
――次話につづく