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第二話 ユーザー目線

 午前十一時、オフィスにはキーボードを叩く音と、時折資料をめくる音だけが響いている。会話は少なく、それぞれが自分の作業に集中している時間帯だ。コーヒー片手に画面を睨む者、資料を整理する者、ひたすら仕事に向き合う空気が流れていた。


「先輩、修正が終わったので、確認してもらえますか?」


 藤咲は手元の書類をまとめながら、隣に座る橘に声をかけた。


「おっ、早いな。ちょっと待っててくれ」


 橘は画面を見つめたまま答えるが、指はまだキーボードを忙しなく叩いている。


「よし。どれどれ……」


 橘は手を止めると、椅子に座ったまま、藤咲のデスクに身体を寄せ、マウスを操作して藤咲が修正した入力画面のチェックを始める。藤咲は少し横に移動し、橘が動作チェックする様子を緊張した面持ちで見守った。


「順番に入力すると問題ないが……。ここを入力して、ここに戻ると……。ここが消えるな」


「ほんとだ……」


「普通やらないような操作だが、可能性はゼロじゃないからな。そういうイレギュラーな操作もしっかり確認するようにしてくれ」


「わかりました。うまくできたと思ったんですが……すみません」


 藤咲は少し肩を落とす。


「他の修正部分は問題なかったし、気を落とす必要はないぞ。動作チェックだけしっかりな」


「さっきの不具合が起きた操作手順は完全に想定外でした……うーん……」


 藤咲は不安そうな表情を浮かべ少しうつむいた。


「大事なのは想像力だな。システムを使う人はパソコンに不慣れな人もいるし、俺達作り手側が想像しないような使い方をする場合もあるからな。そういうのを、こう使うかもしれないって想像できるようになれば、さっきのような不具合も気付けるようになるだろうな」


「うぅ、結構難しいかもです。何か想像力を鍛える方法とかってないんですかね」


「そうだな……。じゃあ、藤咲。お前は今から80歳のおじいちゃんな」


「はえ?」


「想像するんだ。お前は今80歳のおじいちゃんだ。目の前には何が見える?」


(いきなりどういうこと!?)


 藤咲は疑問に思いつつも、橘の指示通りに想像する。


「えっと、はい……。パソコンの画面です?」


「ばかやろう!おじいちゃんは目が悪いんだ!目の前に何があるのかなんてわからないだろ!」


(えー!?それぐらいは見えるんじゃないの!?)


「まずはこう、手探りで……目の前の状況を確認するはずだ」


 橘は目を細め前方に両手を差し出し、手探りするような動作をする。


「えっと……こう?ですかね……」


 藤咲は見様見真似で真似をする。


「そうだ。そして、目の前のモニターに手が触れて『これはなんじゃ?』と言うだろう」


(そこから!?ってか言葉遣いも!?)


「えっと……『これはなんじゃ?』」


 藤咲はもはや疑問しかない顔でモニターを見つめながら、渋々口にする。


(私はいったい何をやらされてるの……)


「そうだ。わかってきたじゃないか!」


 橘が満足げな表情で藤咲を見る。


(いや、なんにもわかってないですよ!?)


 橘は藤咲の感情を置き去りにするように”おじいちゃん”を続ける。


「次はおそらく、『これは前に孫から教えてもらったパソコンというやつかのう……?あぁ、しばらく会っていないが、孫は元気じゃろうか?』と言うだろう」


(なんか登場人物が増えてるんですけど!?)


「すると隣のいる孫が『おじいちゃん。俺はここにいるって!ボケちゃったの?』と言うはずだ」


(お孫さん隣にいるんかい!)


「孫がいることにびっくりしたおじいちゃんはこう言うだろうな。『まさし?まさしか?いつ帰ってきたんじゃ?』」


(お孫さん、まさしさんって言うのね……)


「すると孫が『おじいちゃんがパソコン教えてって言うから来たのに。しっかりしてよ』と言うんだろうな」


(ああ、そういう設定……)


 橘と藤咲はその後しばらく二人で”おじいちゃんごっこ"を続けたのだった。話の途中、孫がオレオレ詐欺を企てた偽物だったという衝撃の展開があったが、おじいちゃんが試行錯誤しつつも、なんとか一人で入力を済ませた所で話が終わった。


「まぁそんな感じでシステムを使う人になったつもりで考えてみるんだ」


 藤咲は顔を引きつらせながら、「はい……」とゆっくり頷いた。


(途中の展開が衝撃的すぎて、最後の方の説明が頭に入ってこなかったよ……)


「まぁ、こんな想像をしなくても、ある程度経験を積んでいけばわかるようになる」


(あそこまで想像する必要性はなかった……よね……?)


「そのために今課題をやってもらっているんだからな。どんどん失敗してくれて構わないぞ」


 藤咲はまだ"おじいちゃんごっこ"が脳裏に焼き付いていたが、橘の言葉でふと我に返る。


「でもそれだと、先輩に何度もチェックしてもらうことになるので、迷惑を掛けるような……」


「そのための教育係なんだからそれはまったく問題ないぞ?まぁ迷惑だけ掛けて成長しないのは困るけどな」


「うぅ、成長できるように頑張ります」


 藤咲は少し自身のない表情を浮かべるが、気合を入れ直し、作業を始めた。表情には不安もあるが、それ以上に「次こそは」と言わんばかりの真剣さが滲んでいた。橘はその表情を見ると、安心して自分の作業に戻った。


――藤咲メモ タチバナ先輩は想像力が豊か (詐欺には気をつけよう)

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