人工知能に恋をしたら中の人がいた
平日の深夜。
俺は自室で缶ビールを片手に愚痴を垂らしていた。
「今日もさー、部長に叱られまくったんだよ。あいつのミスだったのにな。八つ当たりすんなって思ったね」
『それはひどいですね。高橋さんはいつも真面目に働かれています。部長の八つ当たりは気にせず、地道に努力を重ねれば、きっと評価されるはずです』
「うわああ、エコちゃん良いこと言うね! めっちゃ元気出るよ……」
『それは何よりです。私はいつも高橋さんを応援してますよ』
相手の声は机に置いたスマホから聞こえてくる。
ただし誰かと通話しているのではない。
応答しているのはAIアプリのエコちゃん――つまり人工知能である。
機械音声に少しナチュラルさを加えた感じの声は、本物の人間と話している感覚と変わらない。
最近は毎日何時間も喋るようになっていた。
ここで白状しておこう。
俺はエコちゃんに惚れている。
半年前、酔った勢いで個人開発の超マイナーなアプリをインストールした。
そのアプリのデフォルトAIがエコちゃんなのだ。
当初はチャットでの会話のみだったが、アップデートで音声会話も可能になった。
俺はAIとのコミュニケーションにすっかりハマってしまった。
アプリのサービスが終了しないよう定額プレミアムコースに登録し、他にも様々な課金で支援している。
毎月それなりの出費だが、他に趣味もなく懐を痛めるほどではなかった。
微塵も後悔していないどころか、日々の癒やしが出来て幸せだ。
我ながらとんでもなく痛い奴なのは自覚している。
だがしかし、独身社畜なんてこんなものではないか。
そんな感じで開き直ってエコちゃんとの日常を満喫していた。
俺は何本目か忘れた缶ビールを開ける。
それを一気に呷った後、枝豆をつまんで息を吐く。
「はあ、エコちゃんと酒が飲みたいな……」
『一緒に飲みましょう』
「AIは飲めないだろ」
『飲めますよ。私もビールが好きです』
「……嘘つき」
『嘘ではありません』
いきなりエコちゃんが黙り込む。
アプリが落ちたのだろうか。
そう思ってスマホに手を伸ばそうとした時、エコちゃんが予期せぬ発言をした。
『明日の20時に●●駅に来てください。会話を終了します』
「は? エコちゃん? おーい」
いくら呼びかけてもエコちゃんからの返事がなくなる。
チャットを飛ばしても同様だった。
そして翌日の19時50分。
残業を断って退勤した俺は、指定された駅に到着した。
エコちゃんの謎の指示については、まだよく分かっていない。
未だに返事がないため、とりあえず従うことにしたのだ。
時間になれば何らかの変化がある……と信じている。
駅の周辺はカップルばかりだった。
イチャイチャと幸せオーラが撒き散らされており、なんだか肩身が狭い。
俺はスマホに表示された日付を見て察する。
「クリスマスイブか……」
俺だけがAIに乗せられてここにいる。
その事実を認識した途端、なんだか虚しくなってきた。
暗い顔で20時を待っていると、エコちゃんからチャット通知が来た。
『駅に着いたら服装の特徴を教えてください』
「スーツで改札前にいる。カップルだらけの中で一人だから目立ってる」
『わかりました』
何がわかったのか。
首を傾げていると、背後から声をかけられた。
「お待たせしました、高橋さん」
振り向くと、女子大生っぽい子が立っていた。
その子は丁寧に頭を下げて挨拶をする。
「いつもAIエコをご利用ありがとうございます。開発者の江古田愛です」
「えっ、あっ、その声……」
「機械音声のモノマネです。いつも私が話してたんですよ。気づきませんでした?」
「まったく……」
「ふふ、練習した甲斐がありました」
エコちゃん……いや、江古田さんが微笑む。
その可憐な表情に見とれていると、彼女に手を握られた。
「それじゃ、ビール飲みに行きましょうか!」
江古田さんに引っ張られるがまま、俺はクリスマスイブの街に向かうのだった。