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ぼくの時  作者: 西崎皓之
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第四章 部室

 



   第四章 部室



 四月も終わろうとしていた。みんなが上着を一枚ずつ脱いでいく季節だった。ぼくは、あの日から超研の部室に、毎日のように顔を出すようになっていた。その分、大講堂の講義には出席しなくなった。ただ演習と語学の教室だけには通っていた。

 部室の主は長老だった。彼は授業に出ないのか、学校に来た時はここか図書館にいた。図書館では、たばこが吸えないから、調べ物を済ませれば、戻ってきて本を読んでいた。片手で本を支えページをめくり、もう片方の指でタバコを挟んでいた。手前の奥の席が指定席で、大きめの灰皿は午後には一杯になった。壁にもたれたり、机にかぶさったり、没頭しながらもよく動いた。そして、思い出したようにぼくに話しかけた。

 髪は長めで、痩せていて暗い色の薄手のセーターに土色の上着を着ていた。最初見たときと変わってはいない。こげ茶のコーデュロイのパンツ。うっすら無精ひげ、まったくのおっさんだった。でもそれほど不潔っぽくはない。

 学校には慣れたかいとか、学食はなにがいいとか、そのとき浮かんだことばを投げ出すだけだった。

 ぼくがまともに話せるとは思っていないんだ。まあ、その方が余計なことを訊かれたり、詮索されたりするよりはましだった。だから、二人だけで部室に何時間かいても、お互い気づまりすることもなかった。

 煙いだけだった。ぼくは部屋に入るとすぐ窓を全開にした。初めは開けていいですか、とか開けますよとか、言っていたけど、それも言わずに黙って窓を全開するようになった。長老は全然意識していないみたいだった。自分では煙たくないのだろう。窓は閉まっていたり、少し開いていたりしたけど、全開したからといって、嫌そうな顔をすることもなかった。寒いときは、もうほとんどないけど、それから風が強いときとかは、すぐに細めにした。

 ようするに、窓の開閉はぼくの役目になった。それで、ぼくの座る位置も決まった。窓側の手前から二番目、最初の日、貴婦人が座っていた席だ。そういえば、あれから彼女を見かけていないな。


 それで、ぼくは何をしていたかというと、全く長老と同じだった。違いは、タバコの代わりにコーヒーを飲んでいることだけかな。お互いに相手の読んでいる本には干渉しなかった。誰かほかの人が来ると、みんなで読んでいる本の話はしたけど。

 それに長老は、あー、とか、あ、う、とか、よくひとりごとを言った。それも意識してないようだった。気がつくと、ぼくが初めてそこにいたかのように、にこにこした愛想のいい顔で、食事にでも行こうかとか、お茶でも飲もうかとか言うのだった。

 部屋のカギは簡単な数字を組み合わせるタイプのだから、部員だったら誰でも開けられた。御苦労だった。596番。苦労して入っても持っていく物はほとんどない。私物はないから、椅子ぐらいかな。ロッカーらしきものの中はガラクタばっかりだ。そういえば掃除道具が入っていたか。

 あと、意外だけど「野球部」の二人はよく顔を出した。授業が別々なので、ここで待ち合わせて、どこかへ出かけたり、次の授業まで時間をつぶしたり、相変わらず、じゃれ合っていた。スキンシップなのかなあ、恋人が手をつないだり、腕を組んだりするのと同じなのだろう。結論的にいえば、彼らは愛し合っている。

 別にそのことに興味はないけど、そうとでも思わなきゃ、耐えられない。それであれば許そう。傍目も気にせず、いちゃついている男女はよく見かけるから。それを怒ったり、文句を言ったりするのは、カッコよくない。何もせずに見ていれば、カッコ悪いのはそっちの方だ。おめでとう、仲良くやってくれ! ちょっと、妬いているようにみえても、そんなこと全然ないからね。前にもいったけど、ぼくは単純に生きようと決めているんだから。

 たとえば、高校生と海保がそんなことになったとしたら、ああ、考えてもイヤだけど、ぜったい妬くよ。態度、行動は同じでも、はっきり妬いていると宣言するよ。その可能性は少ないと思うけどね。でも、ぼくは今ただ、見守っているだけなんだ。これはぼくの性格で変えられないんだ。ぼくはぼくのスタイルでしか行動できないんだ。それを認めてくれ、なんて思ってない。まあ、なるようになるさ。

 それとは別なんだけど、そのころから気付き始めていたんだ。超研のメンバーは何か、過去といったらいいんだかわからないけど、心にイワクがついているんじゃないだろうか? みんな明るくて幸せそうなんだけど、まあ、カッコよくいうと影がある、というかなあ。ふっと、笑いの後に間があるような微妙な感じなんだよな。


 女の人は、用がなければ、部室にはこない。超研にとっての用とは何か? まあ、そんな構えなくてもいいんだけど、要するに週一回のミーティング。水曜の放課後、集まって雑談する。まあ、近況報告みたいなものだ。ぼくらがやってもらった、会員の紹介とか、参考図書の紹介。意見発表、体験談。おおむねいつも同じだけど、繰り返しは少ない。

 活動は会員の勧誘、これは自治会から出る補助金に絡んでいる。一律のと、会員数のがあるからだ、という事を知った。文化祭の発表、これは義務のようだ。まあ、活動している証拠提出。あと夏休みの合宿。何か考えてみると、自分たちが強制的に取られている自治会費を分配しているんだよね。

 会長は自治会の役員でもあるらしい。それに、もう就活は終わり、上場企業に内定しているらしい。これは、海保情報。その手のことは、やたら詳しい。情報の収集と、信憑性には秀でていると自慢していた。海保でインテリジェンスでもすればいいのに。意外と狙っていたりして。彼は法科だけど勉強できると聞いているし。

 女の人たちが溜まっている場所は知っている。学食から少し入ったところにあるオープン形式の会館、要するに、外に面していて据え付けのテーブルとイスの置いてある所。そこで、お茶を頼むかすればずっと粘れる。雨が降っていなければ、外の方が断然気持ちがいい。海保はそっちの方に入り浸りだった。

 会長は、どちらにも顔を出す。かれは、映画スターみたいにハンサムだし、人当たりがよくて如才がない。

頭がよくて、行動力もある。だから一流企業に入社できるんだろう。ぼくは、また嘘だ、といわれるかもしれないが、そのことが、うらやましいとは思わない。そういう基準はどこまでいっても、止まるところがない。

降りてしまっているとも、興味がないともいえる。

 それとは別に会長は好きだ。そのことを、会長自身そんな大したことだとは思ってないはずだ。そんなこと思っていたら、就職しても大したことはできない。たぶん会長は挫折を知っているんだろう。ぼくの勘なんだけど。

 ミュージシャンは監督と呼ばれてるみたいだ。映画、野球、現場、工事。どの監督かわからないけど、ミュージシャン長いから、監督就任。おめでとう! それで、それは、こけしが名付け親みたいだ。けっこうこけしはみんなのあだ名を考えているって。海保情報。

 その日、ぼくたち二人は、天気のいい校内を、並んで部室に向かっていた。途中、海保は身振り交じりで、いろいろぼくに教えてくれていた。それで呼び名のことになって、

「ぼくって何て呼ばれている」 と、何げなく訊いたんだ。そのときはあんまり意味はなかった。

「ぼくだよ」と、海保は即答した。

「ぼく!」

 そういわれたときは、ひどいショックを受けた。比較するのは不謹慎だが、思い出したのは母が亡くなったときのことだ。ただあのときは感情を押し殺そうと準備していた。パンチを食らいそうなボクサーみたいに。

 そして腹筋に力を入れて、かつ精神を飛ばしていた。拷問に耐えるスパイみたいにだ。

 でも今回は不意打ちだ。スナイパーの弾丸は真横から飛んできた。

 ぼくは、固まってしまい体中が熱くなるのがわかった。

 よく、顔が赤くなったり、青くなったりとか表現するけど、まさに今のぼくがその通りだった。

 過呼吸って言葉が浮かんだ。口に両手をやって包んでから息を二、三回吸った。

 このおまじないが利いたのか、落ち着いてきた。

「えー、ぼくってなーに?」

 できるだけ普通に聞こえるように話した。通じたとは思わないが、海保は無頓着に言った。

「守屋さんなんか、いつも言ってるよ。さっきも、ぼくに予定訊いといて、って言ってたよ」

「そのぼくが、ぼくなんだね」

「そうだ、きみがぼくなんだよ」

 全然笑いもしないで海保は話してた。反対にぼくのほうが笑っちゃった。

「おかしいね」

 ショックは収まっていた。ぼくの特徴はすぐ納得しちゃうことなのかな?

 じつは海保はほかの事に頭を取られていたんだ。要するに、高校生にデート(一緒にどこか行くことかな)を、なにげなく会話の途中に挟んだら、みんなでどこか行きましょうよ、ということになって、連休にピクニックへ行くプランが突如浮上したのだった。そして、そのメンバーを海保は考えていたんだ。

 それも、たまたま「こけし」が聞きつけ、まず、卑弥呼とぼくに声が掛かった。男女三人ずつになったほうがいいと海保は踏んだ。

 海保は情報通で、かつ策士だった。(今のところは、彼への価値評価は含んでいない)

 彼の頭の中は、高校生と仲良くなりたいという考えで埋まっていた。彼は、どうしたら彼女に好かれるかを一生懸命考えている。たぶんそれを愛というのだろう。少し邪まな感じはするけど、彼は本気みたいだ。

 ぼくにもすぐわかったけど、彼はもう一人に長老を狙っていた。でも、あんまり親しくないので、ぼくから声をかけてもらいたいんだ。こけしに頼むにはリスクがありすぎるらしい、説明してくれなかったけど。ぼくだってそんな親しくない。いつも顔は合わせてるけど。

 それが、相性のいい証拠だと海保は言っていた。

 海保は、なんか生真面目な顔で話していたけど、ぼくは頭は上の空だった。実を言うと、その場はやり過ごしたものの、そのころになって、ぼくのダメージは、ボディーブロウのように効いてきたんだ。

 確かに自分のことを自分で言うとき、一人称に「ぼく」をぼくは使うな。「わたし」と言ったら何か変な感じだ。「おれ」っていうのは、小さいときは使ったかもしれないけど、ものごごろ付いてから、(えっ、これっていつなんだろう)使った記憶はない。

 人からぼくなんて言われたのは、だいたいそのころだよね。ぼっちゃんの坊はぼくとは違うんだろうな。どちらにしても子供に使われることがあるよね。でもいつも、ぼくは頻繁にぼくといってる覚えはないんだけどなあ。だからイメージなんだよね。

 ショック!

 こけしの頭の中にあって、みんなも納得するかもしれない、ぼくって、どんなキャラクターなんだ。うーん、課題。


 まあ、それはそれとして、とにかく高尾山へ行くことになった。ただ、海保の目論みは失敗に終わり、会長が行くことになった。長老は連休に田舎に帰る予定があったんだ。その結果、会の主催で行くことになって、

「野球部」のでこぼこコンビも参加することになった。それに、女子の先輩。

 長老が、図書館に行ってしまい、ぼく一人残っているとき、がらっと勢いよく戸を開けて、入ってきた。

 身体にバネがあるような、元気のいい人だった。

「あれ、だれもいないの」

 ぼくの顔を見ながら、そういってから、ボードに貼ってあった張り紙見つけて、私も行くと、付け加えたのだった。それから胸のポケットからボールペンを取り出して、紙に何か書いた。たぶん自分の名前だな。

「じゃ、よろしくね」

 また振り向くと出て行って、勢いよく戸を閉めた。ぼくは茫然として戸を見ていた。そこにその人の影が張りついてるみたいに。



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