『久遠の月と影』のお話
むかしむかしあるところに、世界には「影」と「月たち」がおりました。影の仕事は、月たちのことを見守ること。そして、彼らが消えた後、その一日をそっとノートに書き残すのでした。
月たちは日々を楽しみ、笑い、泣き、輝くように短い命を久遠に生きていました。月たちは、昨日の月がどうして生きていたかを、毎朝ノートを読んで知ることができました。影が書いたとは知りません。影も、それは自分が書いたんだよ、とは言いません。毎日毎日、ただ静かにその役目を果たしていました。
影の一日はこうして始まります。月たちが目覚めると、影は誰にも気づかれないように彼らを見守ります。無邪気に遊ぶ声や、精一杯に働く姿、誰かがこぼした涙――そのすべてを、影は心に刻みます。そして、月たちがその短い命を終えた後、影はノートを開き、長い時間、暗闇でずうっと月たちの思い出を書くのです。それは、影の役割であり、存在意義そのものでした。
「私は光の下には出られない。でも、それでいい。月たちが輝いているのなら」
影は何百年もこうして役目を果たし続けました。誰にも知られることなく、ただ、淡々と。
しかし、やがて影にも終わりの時が訪れました。寿命が尽きるその日、影はいつものように月たちが沈むのを見つめました。そして最後の記録をノート残し、静かに闇に溶けていきました。
影は消えてしまい、誰も月たちの日々をノートに書くことはもうありません。
次の日の朝、月たちはノートを開きます。
でも、一昨日の日付までしかノートには書かれていません。
次の年の朝、月たちはノートを開きます。
でも、去年の日付までしかノートには書かれていません。
「一体誰が、このノートを書いてくれていたんだろうね」
「一体どうして、ノートを書くのをやめたんだろうね」
月たちは考えました。でも、影の存在に気づくことはありませんでした。輝いている間は、そんなことを考える暇もなく、今日という日を生き、それを久遠に繰り返すだけ。
今日も、月たちは短い命を懸命に輝かせています。けれど、その輝きが、もう誰の記録にも残ることはないのでした。
おしまい