1.8.異端村でのおもてなし
異形の村に足を踏み入れると、周囲にいた異形たちが一斉にこちらを見てくる。
びくりと肩を跳ね上げて驚いていると、彼らは控えめに会釈をしてそそくさと旅籠の視界から逃げるように去っていった。
意外と臆病なのだろうか、と思っているとツギメがにこりと笑って説明してくれた。
「異形たちは可能な限り人間様を驚かせないように、気を遣ってくれているのです」
「あ、そう、なんだ……」
「人間様は基本的に私か、ジャハツ様がご案内しますので、何かありましたらお声をおかけください」
「ありがとう……」
「お礼など結構でございますよ! ささ、お疲れでしょう。この家でおくつろぎください」
「……家、ねぇ……」
案内された家は、家と呼んでいいのか非常に苦しむ外見をしていた。
どちらかといえば神社の本殿だ。
もちろん半壊しており、雨は凌げそうだが吹き曝しになっている。
恐る恐る中に入ってみると、ギィギィと床が音を立てて今にも崩れ去りそうだった。
慎重に歩きながら周囲を見渡すと、茣蓙が何枚か敷いてある程度で他には何もない。
確かにいろいろありすぎで、既に頭がパンクしそうなので疲労感は感じているのだが、こんなところで安易に休めるはずがなかった。
「キュ」
「……お?」
天井から毛玉が落ちてきた。
見るからにふわふわで、コロコロと転がって移動する姿は可愛らしい。
見た目のいい異形もいるのか、と少し安堵した旅籠は、適当にその辺に座って休むことにした。
……若干寒い。
今身に着けている服では、夜の冷たい風から身を守ることはできなさそうだ。
この茣蓙を使うにしても、汚い。
使うのは非常に憚られた。
気付けば、ツギメの姿が見えない。
いつの間にかどこかに移動してしまった様だが、今は用はないので探しに向かうのはやめておく。
こんな不気味な村で単独行動をすれば、命が幾つあっても足りなさそうだからである。
「キュキュ」
「わっ……。おお、ふわふわ」
すると次々と毛玉が天井から落ちて来る。
それがコロコロと近づいてきて、旅籠にぴとっと寄り添った。
「暖かいな。君たちがいれば寝られそうかも」
「キュキュ」
「意外とかわいいなぁ~。こういうのもいるんだなぁ」
ひょいと持ち上げると、とても軽い。
撫でてやると『きゅ~』と気持ちよさそうな声を零した。
手触りがとてもいい。
可能なら持って帰りたいなぁ、と思いながらそっと床に置いてあげた。
すると、ざるに何かを入れたツギメが縁側からひょこっと顔を出した。
「あら、旅籠様。ワタマリはお気に召しましたか?」
「ワタマリっていうの?」
「はい。渡り者様にとても人気な異形なのです。夜になるともっと集まってきますよ」
「へぇ~」
もふもふと触っていると、ツギメがこちらに近づいて来る。
それと同時に、蛇の異形もすっと上がって来た。
「わああ!?」
「あやや、申し訳ございませぬ渡り者様。脅かしてしまいました……」
「旅籠様、ジャハツ様です。大丈夫ですので、落ち着いてください」
「お、おう……」
長い指を伸ばして手を合わせ、拝むようにして謝罪しているジャハツ。
近くで見て分かったが、鱗がところどころ剥げ落ちているらしく、痛々しい。
動きものっそりとしており、相当歳を取っているということが分かった。
「むっ……。こりゃお前たち! 渡り者様を脅かしてしまうから見に来てはならんと言うておるじゃろう!」
ジャハツが後ろに向かって叱責すると、近場の草むらや木々の間から大量の異形が腰を抜かしたように転げ回った。
それを見た旅籠は、さすがに飛び跳ねて驚く。
近くにいたワタマリを三匹抱え込み、部屋の最奥まで後ずさる。
まるで百鬼夜行だ。
久しく訪れていない人間に興味があるのだろうが、旅籠からしてみれば取って食われないだろうか、という恐怖心が植えつけられる様であった。
「ひぇ……」
「「キュキュ……」」
「あ、ああ、ああ、旅籠様。ワタマリをそんなに強く握らないでください……。打たれ弱い異形ですので……」
「わっ。ご、ごめん……」
「すいません、もっと強く言いつけておけばよかったです」
そう言いながら、ツギメは持っていたざるを置いた。
その中には……。
「……え?」
「抵抗感があって当然です。ですが申し訳ございません。この異形の地で人間様が口にできるのは、これだけなのです」
ざるの中一杯に、色とりどりの芋虫が入っていた。
それらは全て生きており、弱弱しく蠢いている。
「……えっと……」
「渡り者様の生活は何度も聞いております。食虫の文化がないということも」
「え、これを……これしかない? え? え?」
「この場に居る皆が、今し方集めてきた物なのじゃ。し、信じてくださるかは分かりませぬが、渡り者様は皆、それらを美味いと言いながらお食べになられますのぉ」
ジャハツが遠慮気味にそう説明するが、説得力など皆無である。
確かに元いた世界でも食虫の文化があるところはあるし、何なら日本でもゲテモノ料理と称してそういった料理を提供する店もある。
だがしかし、旅籠はそういった店に立ち寄ったこともなければ、食べようと思ったこともない。
これしか食べる物がないと言われても、今すぐこれを食べるのは至難の業だった。
「……いや待て、これ食べなきゃいずれ死ぬんだろ……? 死ぬわけにはいかん。絶対に死にたくない……。ここで慣れておくしか……うぅ……」
「旅籠様?」
ぼそぼそと、聞こえない程の声で自分の意思を再確認する。
手違いだか何だか知らないが、ここに勝手に連れてこられて、死んで来いなどと言われて素直に頷く奴が何処にいるのか。
神だか何だか知らないが、禄でもない存在なのは分かった。
であればあいつの意に反していることを遂行するのが、最高の嫌がらせになる。
だったら生きるしかないではないか!
世界が違えば食べる物だって違うだろう。
考えればすぐに分かることだ。
自分たちに都合のいい環境など、そうそう生み出されるはずがないのだ。
意を決して、旅籠は一つの芋虫を手で掴んだ。
掴んだとしても弱弱しく動くそれを目の前に持ってくると、やはり怖気だつ。
一度それと距離を取る。
「私は、生き延びる……! なにがなんでも!」
ガツッと一気にかぶりつく。
その瞬間、目をかっぴらく程の衝撃に襲われた。
「……は、旅籠様……? いかが、なさいましたか?」
持っていた残り半分の芋虫も口の中に放り投げた。
すると旅籠は、芋虫の籠が入ったそれを足元に寄せ、貪るように食べ始める。
その勢いに若干引いていたジャハツとツギメだったが、どうやらお気に召してくれたようだと気付いて、顔をあわせて笑顔を作った。
あっという間に芋虫はなくなり、ざるの中は空になる。
外で見ていた異形たちも、自分たちが取って来たそれを全部食べてくれたことに、少なからず喜びを覚えたようだ。
「……美味いっ!!?」
「それは良かった!」
「も、もっとないか!?」
「分かりました! 皆様! コンチュウをもっと探してきてください!」
「昆虫……幼虫じゃないんだ……だ……」
ツギメの号令で、また異形たちは昆虫を探しに向かった。
心なしか、彼らは非常に楽しそうで、活気あふれる様な活力を感じさせた。
「それにしても……美味い」