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和風異世界いかがですか  作者: 真打
第1章 異形の地
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1.4.異形の地


 体が落ちていく浮遊感に襲われる。

 気付けば旅籠に纏わりついていた腕は消え去っており、軋むような痛みはない。

 だがこのまま落下し続ければ、いつしか地面に体を強く打ち付けることは容易に想像ができた。


 とはいえ、この真っ暗な空間で何ができようか。

 地面も見えず、自分の拳さえ見えない漆黒の空間。

 旅籠は脱力し、いつしか来る衝撃を待ち続けるしかなかった。


 考え事をしよう。

 とにかく、何かを考えよう。


 あの存在は、何故助かる術を教えてくれたのだ?

 ただ殺したいだけなら、そんな期待など抱かせるはずがない。

 絶対に生きては帰れないことを確信していたのだろうか?


 そもそも、なぜアレはこのようなことをしているのか。

 自分以外にも同じ境遇に遭い、こうして殺された日本人がいるのでは?

 何も分からず、ただ投げ出されて、死を望まれる。

 意味が分からない。

 何故自分があんな奴にそんなことを言われ、みすみす死ななければならないのだろうか。


 そんな理不尽な死に方があってたまるか!


「ああああ腹立つ!!!!」


 ガバッ、と起き上がった。


「…………?」


 落下の浮遊感はどこへやら。

 気付けばしっとりと湿った野原の一角で上体を起こしたまま座っていた。

 地面は冷たく、草には水滴が付着している。

 さながら雨が降ったあとの様だ。


 自分が今大地に座り込んでいることに、大きな安心感を覚えた。

 長く深いため息をついた後、改めて周囲を見渡す。


 空気がじめじめとしている。

 常にほの暗く、空は曇天。

 いつ雨が降ってもおかしくないような天候であった。


 今座っている場所は野原ではあるらしいが、その規模は小さい。

 少し歩けばすぐに深い森がある。

 天候のせいもあって森の中はとても暗く、不気味であり入るのには度胸が必要そうだ。

 ああいう森には、可能な限りは入りたくない。


「うわっ……! び、びっくりした……苔か……」


 ぺしょ、と濡れた雑巾のようなものに手を振れたかと思ったら、それは苔だった。

 野原に、苔?

 そんな疑問がよぎったが、近くに小川などはない。

 このじめじめした湿気が、苔が育つ環境を育んでいるのかもしれなかった。


 立ち上がってみれば、尻がしっとりと濡れていた。

 服が随分水気を吸ってしまったらしく、少し寒い。


「ど、どこだよ……ここ……」


 立ち上がってみたが、それで見える範囲が劇的に変わるわけではない。

 どこを見ても不気味な風景が広がるだけだ。

 しかしこのまま留まっていてもいい事など一つもないだろう。

 まずは人気のある所に移動しよう、と足を動かした。


 その間に考えをまとめていく。


「……あのくそ神……が、言っていたことが正しいなら……ここは異世界? なんだっけ、異形……だっけか? よく分かんねぇけど……。人はいる筈。そう言ってたし。……今となっては信じられないけど……」


 思い返してみると、また腹が立ってきた。

 手違いだかなんだか知らないが、勝手に連れてきてここで死んでくれだの言われて『はい、そうですか』と素直に死ぬ奴などいない。

 ここがどんな世界か知ったことではないが、必ず生きて帰ってやると心に強く誓った。

 あんな神の思う通りになってやるものか。


 血反吐いてでも、泥水すすってでも生き残って元の世界帰ってやる。

 怒りをエネルギーに変えてみると、不気味だった暗い森もなんだか入れそうな気がしてきた。

 ずんずんと足早に突き進み、比較的木々が隣接していない場所を選んで森の中に入っていく。


 ここもずいぶん湿気ている。

 歩いているだけで服がしっとりと重くなりそうだった。

 木々には苔が生えており、長年この場で大地に根を張っているということがよく分かる。

 背の低い竹が時々散見でき、それらは先端が鋭い。

 初めて見るものだったが……不思議と興味は湧かなかった。


 そんな調子で歩いていくと、森を抜けた。

 意外と小さめの森だったらしい。

 次に出て来た場所は中規模の丘で、若干起伏がある。

 ここは標高どれくらいなのだろうか、と思って丘の先へと向かおうとした時、何かが視界の中で動いた。


 バッと警戒しながらそちらに視線を向けると、丸い背中が見えた。

 ボロボロの服を身に纏っており、隣には大きめの籠が置かれている。

 どうやら花を摘んでいる様だ。

 もしかしたら薬草を採集しているのかもしれない。


「ひ、人だ……。よかった……。あの、すいません!」


 ようやく人と会えたことに安心して、声を掛けながら近づく。

 声を掛けられた人物もこちらの存在に気付いたようで、ぴくっと反応して固まった。

 そして、のそり……とこちらを見る。


 目が合った。


「────ぇっ……」

「ひょ?」


 蛇。

 酷く年老いた蛇だった。

 ボロボロの布のフードから大きな大蛇の顔がのぞいており、頭部らしき箇所からは黒く長い髪の毛が伸びている。

 手入れされていないようで、随分傷んでいるようではあったが、そんなことは一切気にしていないらしい。


 色は白く、鱗がびっしりと生えそろっている。

 細く長い手は花を摘んだままの状態で固まっており、旅籠を見て驚いている様だ。


 年老いた蛇人間、と形容するのが良いだろうか。

 その存在は立ち上がり、こちらに走ってきた。


「人間さまぁああああ!!!?」

「ほぎゃああああああああああ!!!!」


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