13.10.下手人
思わぬ行動に、三人は目を見張った。
誇り高き天狗が頭を下げる。
これだけで異常なことだ。
彼はなにか、重大なことを知っていると分かったため、すぐに話を聞く姿勢を作る。
案山子夜だけは警戒を解いていないが、芦山がそれを気にすることはなかった。
恐らく刃を向けられた状態でも、なにも文句は言わないだろう。
明らかに様子の変わった彼に、雪野は優しく声をかけた。
「……とりあえず、頭を上げてください。貴方は何を知っているんですか?」
「一つ一つ、話す……。まずは名乗ろう。芦山五郎坊だ」
彼はその場に胡坐をかき、背を伸ばす。
武器は一歩離れた場所にわざと置いており、敵意がないことを示した。
「主魂は、二千年前に封じられた魂の主」
「魂の主?」
「主に魂と書き、主魂と読む。奴の異術は『時喰らい』。青き炎に触れると、時を食われる。人間で言うなれば、寿命を喰われるのだ」
「そ、そんなに強い異術を……主魂様は持っているのですか!?」
芦山はしかと頷き、真剣な様子で言葉を続ける。
「今より約二千年ほど昔。長く続いた戦があった。屍の数は数え切れなんだそうだ。その下手人こそが主魂。故に奴は封印された……」
「そんな……。で、では旅籠様に取り憑いている主魂様は……」
「復活を目論んでいることは明白……」
それほど危険な存在であると知らなかった月芽は、どうやったら主魂を旅籠から引き剥がせるのか必死に考えた。
だが、相手は姿の見えない……取り憑いている存在。
加えて強大な力を有しており、生半可なやり方では旅籠を盾に取られてしまう可能性すらあった。
このことを旅籠に話してしまえば、中に居る主魂にも伝わってしまうだろう。
こちらが警戒していると知れば、計画を早めるため何かしら行動を起こすかもしれない。
旅籠に干渉せずに主魂のみを引き抜く手段。
そのようなものは、この場にいる全員が持ち合わせているはずもなかった。
「……そも、過去の戦を知る妖はおらぬのですかな?」
「二千年の時を生きる妖に、私程度の者が軽く声を掛けられるはずもなし」
「その者の名は」
どうやら、案山子夜は直接話を聞きに行くつもりらしい。
これを察した芦山は小さく首を振る。
「よせ。お前が相手できる者でなし」
「封印されたというならば、その手法を知る者がいるはずですぞ。これが分かれば、旅籠様をお救い出来るかもしれん」
「封印を手掛けた者を、私は知らぬ。私に聞いたとて答えは出ぬぞ」
「したらば、今後の方針は決まりましたな」
その言葉だけで何をするつもりなのかを察した芦山は、呆れるようにして息を吐く。
恐らく二千年以上生きている妖怪を相手にし、話を聞くつもりなのだ。
無謀なこと、と芦山は思ったが……彼の異術であれば本当に成すかもしれない。
とはいえ、今の身体では無理だろう。
もっとも……己と対等ではなおのこと無謀である。
不安そうに会話を聞いていた月芽は、ここではっと何かを思い出す。
「……将門殿……。確か、主魂様とは生前の知り合いだと……」
「月芽、それは誠ですかな?」
「はい。将門殿に勝った時、確かにそう言っておりましたよ」
まず、主魂を知っている風だった。
そして本人の口から『生前からの知り合いだ』と聞いたので、これは間違いないはず。
であれば彼から話を聞く事さえできば、早くに解決策が見つかるかもしれない。
「ちょ、ちょっと待って? 主魂と平将門が知り合いなら……その二人は仲間なんじゃないの……?」
「え? ……あっ。そ、そうかもしれません……。いや、でもでも……主魂様は旅籠様を将門殿の攻撃から守ってくださいました」
「自分の依り代が傷つけられては困るってことじゃ……?」
「うえっ……!? てことは……将門殿も、裏切者なのですか……?」
「しかし将門は月芽の異術で行動を制限しておりますぞ。それに、旅籠様も違和感があればすぐに気づくと思いますからな……」
「ど、どうしましょう……! 案山子夜、何かありませんか!?」
「んむぅ……」
確定ではないが、不安要素がここで生じたのは厄介だった。
これらを何とかしなければならないのだが、どうすべきか分からない。
まず分かっていることとして、主魂は敵である可能性が高いということ。
平将門は主魂の仲間かもしれないということ。
主魂を旅籠から引きずり出す手法は、現段階では無い。
これを旅籠に伝えられるならまだいいのだが、主魂は旅籠の中に居るのでそれは不可能。
過去を知っていると思われる平将門も、主魂の仲間である可能性がぬぐい切れない以上頼ることはできない。
正直に言って、最悪な状況だ。
内部に敵がいるかもしれないという事自体が大問題。
話が露見してはならないので、少数での解決が求められる事態となっている。
これには案山子夜も頭を抱えるほかなかった。
現状で打てる手が一切ないのだから、こうなってしまうのも無理はない。
月芽も何が何だか分からなくなってきているようで、必死に頭を回転させて情報整理に努めている。
雪野もいろいろと思案していたが、その前にしなければならないことがあった。
彼女は芦山に向き直り、頭を下げる。
「教えてくださってありがとうございます」
「……人間に礼を言われるなど、思ってもみなんだわ。であらば、主魂をなんとかせねばならぬ……。この四名のみ、一時手を結ばぬか」
「私は賛成です。旅籠さんから憑き物を引っ張り出すためであれば」
「一時と言えど、妖と人間とか……。いや、旅籠様が最優先ですな。乗りましたぞ」
「私も!」
「決まりだ」
芦山はそう言って立ち上がる。
ボロボロになった体からは未だに少量の血が流れているが、それを乱雑に拭い去った。
「私は封印の術を探る。……しかし、あれだ。どう集う?」
「これを使うとよいですぞ」
これは案山子夜が提案し、手から籾を幾らか取り出す。
それを芦山と雪野に手渡した。
「これはあの時の……」
「この中で最も動きやすいのは、わてら異形ですからな。何か進展があった時、それを潰すのですぞ。わてが気づき、月芽に話を通してこの場に集いましょうぞ」
「では、貴様らが何かあれば、この場を見よ。五日に一度の黄昏時、私はここに赴こう。この八角棒を突き刺しておく」
「私はそう簡単に人間から離れられませんが……」
「ワタマリを使ってお迎えに上がります! お任せを!」
「分かったわ」
「わての籾を潰した時は、その日の黄昏時に集いますかな」
これに三人は同意する。
全員が集合方法を確定させたので、これでタイミングを合わせて集うことができるだろう。
芦山と雪野は情報収集に努めることとし、月芽と案山子夜は監視及び将門から何か聞けないか少しばかり試してみるということで方針は固まった。
あまり深くは踏み込めないので、成果は期待しないでほしい、と案山子夜は二人に伝えておく。
とはいえそれで何か得られれば万々歳だ。
できる限りのことはしよう、と全員が頷いた。
「したらば」
一言だけそう言うと、芦山は目に見えない速度で飛んで行ってしまった。
あれが彼の本来ある力なのだろう。
「じゃあ私も」
「はい! お送りしますね! 案山子夜は先に黒霊城に戻っていてください。体の言い訳は任せます」
「難儀な……。まぁ、何とかしますぞ……」
「カコロロカコ!」
「「あっ」」
聞き慣れた木材を合わせる音が聞こえてきた。
走ってきた木夢は少し怒っているようで、特に案山子夜の前で地団太を踏んでいる。
「しまった……。木夢に乗って来たのはよかったが、待てぬと思って蹴り飛ばしたのでしたな……」
「な、何してるんですか……」
「カコカコカコカコ!」
「ふ、不思議な異形……」
「とりあえず先に案山子夜と木夢を送りますね」
月芽が小さく足を踏み鳴らせば、すぐさま継ぎ接ぎが伸びて口が開き、二体が落ちていく。
チャックを閉めるように継ぎ接ぎが閉まると、今度は雪野の方に向き直った。
「少し酔うかもしれませんが、ご容赦くださいませ」
「分かったわ」
目の前に継ぎ接ぎが伸びて開く。
少し息を整えて、意を決してその中に飛び込んだ。
一瞬の浮遊感の後、体が弾け出されるようにして移動したのを感じた。
驚いて目を開けてみれば、そこは既に鬼の里だ。
周囲を見渡してみると、そこには見知った顔がいる。
雪野が帰ってきたことに気づいた瞬間、御代が真っ先に飛び込んできた。
「雪野様ぁああ!!」
「うわああああ!?」
「雪野ちゃん! 大丈夫だった!? 怪我は……って冷たっ! なにこれ服が凍り付いてるじゃない! 何があったの! 詳しく聞かせなさい!!」
「ちょとまって……」
「雪野様ああああああ! よかったああああああ!」
彼女たちはまともに話をさせてくれるつもりはないのだろうか。
何はともあれ、御代が落ち着くまでは何もできそうにない。
暫くは彼女を宥めることに専念する。
その間に、何をどう説明するかを考え始めたのだった。




