13.6.到着まで
既に伸ばしてあった継ぎ接ぎをさらに伸ばし、結界の外側に纏わせる。
巫女の結界は地下まで効力はないらしく、地面の上にドンと置かれるようなものらしい。
そのため、結界の外まで伸ばしていた継ぎ接ぎは未だに効果を有していた。
結界を張られる前に伸ばしておけば、弾かれることはないようだ。
一つ学びを得たところで、天狗が攻撃を仕掛けてきた。
結界を破壊するつもりなのだろう。
刀や錫杖などで打ち付けてきた一体を補足し、捉えた。
攻撃が結界にぶつかった瞬間、継ぎ接ぎを這わせて肉体まで伸ばす。
捕えられた天狗は動けなくなり、腕から上ってきたすさまじい違和感に顔をしかめる。
「なっ……!?」
「これで迂闊に仕掛けられなくなりますよ」
月芽が腕を振るうと、天狗の体がバラバラになった。
肉体を無理やり引き裂くような嫌な音と、鮮血を大量に撒き散らして結界を汚す。
その様を見た天狗は、結界から若干距離を取った。
「な……何事……!?」
「あの結界術……ではないな。おい、中にいるのは巫女と誰だ」
「人の姿をしておりますが異形でしょうな。異術の気配があります」
「人間と異形が共に戦っているだと……? そんな馬鹿げた話があるものか。異形に結界術を使う者がいるのだろう?」
「い、いや……あの結界は人間の巫女のものですよ……」
隊長格らしき天狗は、これを聞いて眉を潜める。
そもそもここは……異形の地だ。
九つ山の一山で多くの同胞が異形によって殺され、その復讐のためにここまで来たわけだが……。
強い気配を感じたので降りてきてみれば、異形の村に誰かがいた。
格好の獲物だと小手調べに風を起こした。
出てきたのは二人と少なかったが、最初の手土産としてはそれでもいいだろう、と襲いかかったのだ。
だがどうしたことか、人間がいる。
異形の地に人間がいること自体おかしな話であり、異形と協力して己らに刃を向けていた。
それだけであればまだいい。
妖怪最強格の一角に座す天狗が、今殺されたのだ。
「スウー……ッ」
一体の天狗が構えを取る。
槍をまっすぐに伸ばして狙いを定め、翼を大きく動かし突撃した。
一瞬で移動した天狗の攻撃は見事に結界に直撃したが、ヒビ一つ入らない。
驚くほどに硬い結界に驚き、距離を取ろうとして結界を足で踏みつける。
蹴りあげようとしたその時、脚に強烈な違和感が襲いかかって動けなくなった。
目を見張った瞬間、脚から体に継ぎ接ぎが伸び、裂いて千切っていく。
「ぎゃああああああ!」
「ッ!? あの結界に触れるな!」
「あ、あれは……!?」
「分からぬ……。しかし得物でも脚でも触れれば死ぬ。であらば、凍えさせてやれ」
天狗たちは準備を始める。
攻撃の手が止んだことで安堵した月芽は、すぐに気を張り直して集中した。
天狗が触れた瞬間に継ぎ接ぎを伸ばし、異術発動させるのには集中力が必要だった。
一瞬しか触れないのだから、その一瞬を見逃さずに捕まえなければならない。
二度成功したので要領を掴んだ月芽は、進捗を確かめるべく雪野に向き直った。
「雪野様! いかがですか!?」
「こんな雪の中じゃ……なかなか、見つからないわよ……っと!」
膝上まである雪を掻き分け、なんとか前に進んでいく。
まともな防寒具がないので、次第に芯から冷えていった。
まだ手の感覚はあるが、これ以上雪の中で捜索するには厳しそうだ。
「だ、だめ……見つからないわ……!」
「私も手伝います! 天狗が攻撃の手を止めたましたので!」
月芽が駆け寄ったと同時。
二人の目の前から青白い火の玉が出現した。
「わっ!?」
「こ、これ……! 霊魂……!」
「だ、大丈夫なの!?」
「直接襲っては来ませんが……周囲の熱を喰らうのです!」
「やばいじゃん!」
すぐさまその場を離れると、霊魂の周囲が青白く光る。
そばにあった雪がガチガチに凍り、結界の中を冷やした。
よく見てみれば外にも霊魂が出現しているようで、結界がどんどん凍りついている。
結界の中にいるのはこの一体だけだが……。
どうしたことか、守の御力が通用しなかった。
「な、なんで……?」
「凍ったからですね……。今、霊魂は力を使っていません。己に適した環境になったので……」
「使われる前に使わなきゃいけなかったのね……!」
そうこうしている間にも、結界が凍りついていく。
殴られても壊れはしないだろうが、凍るにつれて結界の中は冷凍庫のように寒くなった。
このままここに居続けるのはまずい。
だが結界を解いてしまえば、天狗の有する驚異的な速度ですぐさま仕留められるだろう。
結界の中からでは、この状況を打開できない。
なんとかできないか……と思案しているところで、なにかが視界の端に映った。
バッと振り向いて目を凝らしてみれば、雪の上に小さな籾が三つ落ちている。
「あった!」
「どこですか!?」
「あそこ!」
「う……」
籾があったのは、霊魂のすぐ側だ。
ガチゴチに凍りついており、回収するのは非常に困難だと思われた。
霊魂の周囲は空気が凍るほどに冷えており、手を伸ばそうものなら凍傷待ったなしだろう。
しかし、雪野はすぐさま飛び込んだ。
籾のある場所まで近づき、固くなった雪を手の体温で溶かしていく。
「ゆ、雪野様! そのようにされては……!」
「他の探してる暇なんてないわ!」
「しかし……!」
そうしている間にも、雪野の服が凍りついていく。
これには流石に顔をしかめたが、それに耐えているとようやく籾を取り出せた。
「ぐっ……!」
「こちらです……!」
月芽が駆け寄り、服を掴んで引っ張る。
雪野の左側が凍りついているが、その手の中にはしっかりと籾が握られていた。
だが寒すぎて力が入らないらしい。
潰せないとわかった月芽が、すぐに取り上げて異術で破壊した。
これで案山子夜に伝わったはずだ。
だが……到着までは時間がかかる。
木夢に乗ってくるはずなので、そう時間はかからないはずだが……。
凍える霊魂の側にいた雪野を、これ以上ここに留めておくのは危険だった。
「雪野様だけでもお逃げ下さい。今異術を……」
「天狗って……速いのよね……?」
「え、ええ……」
「結界がなくなったら、この村も守れないわよ……。大丈夫、まだやれる……!」
「雪野様……」
腕を無理矢理動かし、張り付いた氷を剥がす。
服は繊維が氷って動きにくいが、結界と守の御力は維持できる。
これならまだまだ戦えるはずだ。
そんな姿を見た月芽は目を見張る。
旅籠の友人とはいえ、彼女は人間。
人間が異形のためにこうして立ち向かう姿に、ただ驚くしかなかった。
ぼーっとしてると思われたのだろう。
雪野が少し強めの口調で口を開く。
「月芽ちゃん、対抗手段は?」
「え、あっはい! 天狗に間接的にでも接触できれば……」
「結界を細く伸ばす。それをぶつけてもいける?」
「か、可能です……!」
それを聞いて雪野は手を合わせる。
キッと天狗たちを睨み、意識を集中させた。
「見えない結界は避けられないわよね!」
天狗の位置を確認し、全員を取り囲むように巨大な結界を張る。
だがそれが彼らに発見されることはなかった。
この結界は全くの無色透明……。
不可視の結界が形成されており、天狗たちは気づかぬうちに脱出経路を失った。
だが雪野にはそれがしっかりと見えており、ちゃんと扱える。
自分たちを覆っている結界を膨張させるように広げていくと、それは天狗に近づいていく。
触れてはならないと分かっている彼らはすぐに距離を取ったのだが、すぐに透明の壁にぶつかった。
「ごっ!? な、なに……!?」
「み、見えぬ壁が……! はっ! せいっ!」
異変に気付いた天狗たちは、すぐさま透明の壁の破壊を試みる。
だが金巫女が作った結界は非常に高い硬度を有しており、天狗の速度のらない攻撃ではビクともしなかった。
そうこうしている間にも結界が近づいてくる。
あれに触れてしまえば、肉体はバラバラにされてしまう。
次第に焦りが見えてきた天狗たち。
そんなことはお構いなしといった具合で、結界は膨張を続けて遂に天狗の一体に触れた。
「私の出番です……! 異術!」
「ぎゃああああ!!」
月芽の異術が触れ、継ぎ接ぎが伸びてすぐさま引き裂かれる。
次いで結界に触れた天狗がすぐにばらされていき、それは連鎖的に繰り返された。
「笹丸!」
「分かっている! 天狗を……なめるな!!」
笹丸と呼ばれた天狗が日本刀を抜刀する。
片手で印を結んで力を籠めると、日本刀が怪しく光った。
ゆっくりと構えて意識を集中させ、迫りくる結界に向けてその切っ先を突き出す。
動作は一瞬。
彼の持つ渾身の一撃は己の衣服を引き裂くほどに鋭く、右腕の袖はビリビリとなった。
ガヂィンッ!!!!
結界と金属が激しくぶつかり合う音が響いたと同時に、結界にひびが入った。
日本刀は無傷でそのまま力を込めて突き刺せば、見事に貫通する。
だがそれを見逃さない月芽ではない。
結界に触れた瞬間日本刀を通じて笹丸へ継ぎ接ぎを伸ばす。
ほぼ一瞬で日本刀を這いあがった継ぎ接ぎだったが、彼は驚異の反射神経で日本刀を手放した。
「あっ!」
「種が分かっていれば対処は容易い!」
すぐさま手をひっこめ、宙で円を描く。
その中心に八卦を繰り出せば、凄まじい風圧と共に日本刀が押し込まれて結界を完全に破壊した。
日本刀がまっすぐ飛んでいくと、雪野の足元にそれは突き刺さる。
「わ……!」
「だめ!」
数瞬……。
結界が破壊された今、雪野が真っ先に狙われると月芽は感じ取った。
その予感は的中しており、すぐにでも笹丸はこちらに飛んでくる構えを見せている。
間に合わない。
天狗の速度は熟達の異形、異術を有している者にしか対処できないのだ。
雪野は守の御力を発動してはいるが、流石に天狗の速度までは完全に殺せない。
接近に気づく前に、雪野は斬られてしまう。
無意味だと分かっていても月芽は継ぎ接ぎを彼女の方へと伸ばした。
だがこの異術の弱点は既に看破されている。
空中にいる相手には何もできない。
継ぎ接が走れる道さえできていればよいのだが、笹丸はそんなものを作る気は毛頭なかった。
月芽は歯を食い縛る。
今の月芽には、雪野を守る術がない。
守れる力があるはずなのに、もう邪魔にならない存在になったつもりだったのに……。
こんなに大きな弱点を抱え、それを看破されれば何もできない自分に腹が立った。
世界がゆっくりと動く中、そんな後悔が常に胸を突き刺してくる。
なにかできないか。
どうしたら雪野を守ることができるのか。
すぐさま継ぎ接ぎを広げて彼女を落とし、移動させることはできるだろうが、自由落下の最中に殺されてしまうのは目に見えている。
なにか、なにか、なにかないか……!?
「~~!! 起きろぉ!!」
咄嗟に、そんな言葉が出た。
自分でも何を言っているのかさっぱりわからなかったが、次に聞こえた声を聴いてすぐに顔を上げる。
「ごえ!?」
「え?」
天狗の笹丸が、雪野の数メートル手前で停止していた。
いや、停止していたのではない。
笹丸は地面から起き上がった継ぎ接ぎの網に捕らえられていたのだ。
継ぎ接ぎは既に笹丸の全身を覆っており、動きを完全に制限していた。
少しでも暴れようものなら伸びている継ぎ接ぎが、その肉体を引き裂いてしまうだろう。
何が起こったか分からず呆然としていると、雪野は声を張った。
「月芽ちゃん! 早く!」
「……はっ! や、やあ!!」
「ごえあああああ!?」
びりぢゃぢゃびっ……!
鮮血をまき散らしながら引き裂かれた天狗、笹丸は激痛に叫び声をあげてその場に崩れる。
物言わぬ骸になるまではそう時間はかからなかった。
「わ、わあ……!」
「月芽ちゃ──」
怖気。
ぞわりとした気配は死の前兆であり、それは雪野にしっかりと向けられていた。
生き残っている天狗が攻撃を仕掛けてきたのだ。
笹丸を殺すことはできたが、結界が破壊された今他の天狗も自由になっている。
こうなることはすぐに予想するべきだったが、今しがた死を乗り越えた二人にそんな余裕はなかった。
鉄で作られた八角棒が雪野の眼前に迫る。
雪野と月芽は、それを目視することはできていなかった。
ギャヂャアアアンッ!!
「きゃあ!?」
「わあああ!」
「ヴォアッ!?」
眼前で鋭い金属音と風圧が二人を押しのけた。
天狗は何かに弾かれたかのようにして大きく吹き飛んでいき、地面に何度か背を打って転がっていく。
一拍遅れて背後からガラスが割れる音が聞こえた。
振り返ってみれば透明の結界が綺麗に斬られている。
雪野は何事かと目をこすり、再び前を見た。
まず飛び込んできたのは綺麗な蓑だ。
次にそれらがわさわさと揺れる音が聞こえ、最後にゆっくりと回されて背に構えられた武器が姿を見せる。
わさりと笠をつまんでこちらを横目で見る一つ目には見覚えがあった。
「……まさか、わてが人間をかばうとは思いませんでしたな」
「案山子夜!!」
「あの時の……!」
「フン。待たせましたな月芽。しかし、後で話は聞かせてもらいますぞ」
「はい!」
そこまで言うと、案山子夜はギョロリと目玉を動かして天狗を見る。
旅籠から賜った両刀切天秤槍を今一度回して構えた。
「良くもやってくれましたな天狗共。その首、いただきますぞ」




