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和風異世界いかがですか  作者: 真打
第十三章 完全な敵対
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13.4.ボロボロの神社


「……ここは?」

「私たちの故郷です。名を異端村。そしてこの神社は、旅籠様が一時的に住まわれていた場所です」

「……こんなところで……」


 酷く風化した神社は、雨風すらも凌げないほどに朽ちていた。

 壁は崩れてなくなっており、虫に食われた柱はいつ崩壊してもおかしくない。

 旅篭はこんな場所でどうやって暮らしていたのだろうか。


 雪野はふと、周囲を見渡す。

 湿気の多いこの土地は苔が豊富で、冬だというのに苔が見えた。

 少し遠くではこれまたボロボロになった家屋が幾つか点在している。

 あれは異形たちの住処だったようだが、こちらも神社同様雨風すら防げそうにないものだ。


 今は誰もいない、異端村。

 異形たちはこの地で立ち上がり、共に戦い、強くなった。

 ここで戦ったときは異術にすら目覚めていなかった者たちが大半だ。

 褒美もなく身体能力の向上もなく、最弱の持てる力のみで戦い、勝ちを掴み取った思い出のある土地。

 この土地は何も変わらないが、月芽たちにとっては守るべき場所でもあった。


「……雪野様、でしたね」

「ええ、そうよ。雪野彩。よろしくね月芽ちゃん」

「継矢月芽です。でも、巫女の力は使わないのですね。使うと思っていましたが」

「あなたが私たちにとどめを刺しに来たのであれば、私と御代ちゃんはすでに死んでるわ。貴方の力に捕まった時点で負けだったし。でも、そうはしなかった。本当にお話をしに来ただけだったのね」

「はい。だから、ごめんなさい。本当は一人も傷つけるつもりはありませんでした……」


 月芽はしゅんとして俯く。

 その様子は大人に叱られている子供の様で、年相応の女の子そのものであった。

 彼女の行動は褒められたものではないが、あの状況から雪野を引っ張り出すには、ああするしかなかったのは間違いない。

 だが肯定してはいけない気がしたので、雪野は何も口にすることはなく、ただ黙って謝罪を聞いた。


 ゆっくりと顔を上げた月芽は話題を変える。

 それと同時に廃神社を指さした。


「外ではなんですから、神社に入りましょう」

「さ、寒そうね……」

「大丈夫です。ワタマリ~」


 パンパンと手を叩けば、どこからともなく大量の白い毛玉が湧いて出てきた。

 そのほとんどは神社の屋根裏に隠れていたようで、すぐさま壁を作って風が入らないように補強してくれた。

 それを確認してから、月芽は縁側に上る。


「どうぞこちらに」

「可愛い異形もいるのね……」

「今まで訪れた渡り者様は、全員がワタマリを好いておりましたよ」

「へぇー……。……今まで?」


 気になる言葉が聞こえたが、月芽はワタマリのカーテンを通り抜けて神社の中へと入っていった。

 雪野もそれに続き、縁側に上って神社の中へと入る。


 中に入ってみると、少し暗い。

 だが月芽が伸ばした継ぎ接ぎの中から蝋燭を取り出しており、それに火をつけて明かりを確保した。

 そしていつの間にかワタマリの座布団まで用意されている。

 踏みつけて大丈夫なのだろうか、と不安になりつつもそれを手で触ってみれば、小さなワタマリの集合体であることが分かった。

 思い切って正座で座ってみれば、ポコポコと大きくなる。


「わわ……」

「面白いでしょう? 旅籠様はワタマリベッドと呼んでおりました。寒い中でもこれでへっちゃらです」

「持って帰りたいくらいふわふわ……。これすごいわね……」


 あまりの心地よさについうっとりしてしまう。

 暫く撫でたところで我に返り、居住まいを直して月芽に向き直る。

 彼女もワタマリの触り心地が気に入っているようで、まだふかふかと触り続けていた。

 雪野がこちらに視線を向けたことに気づくと、スッと背を伸ばす。


「では、お話ししましょう」

「代表が私で大丈夫?」

「ええ、構いません。旅籠様のご友人であり、巫女である貴方であれば人間も耳を貸すでしょう」

「分かったわ。じゃあまずは端的に……。異形たちの目的は何?」

「旅籠様を、富表神社にお届けすることです」

「え?」


 その至極簡単な目的に、雪野は思わず疑問符を口にした。

 旅籠を富表神社に。

 つまり旅籠は元の世界に帰ろうとしているということ。

 本当にこれが目的なのか再度確認するが、月芽は今一度肯定した。


「……ど、どうして? 旅籠さんは帰ろうとしてるの?」

「はい。旅籠様はご自身の中に居る魂たちを、元の世界へ帰らせることを目的としております。しかし、人間から見て旅籠様は異形人という異端の存在。……雪野様も、旅籠様が異形人であるだけでなにをされたか、覚えておられますよね」

「それは、勿論。忘れるわけがないわ」


 忘れられるわけがない。

 あの地下牢で、一体何度殺されたのか……。

 何もできなかった自分をあそこまで恨んだのは、あの時が初めてだった。


「旅籠様は死にません。ですが、代わりの魂が死ぬのです」

「その代わりの魂って……?」

「渡り者」

「……え?」

「異形人を知っているということは、魂蟲も知っていますよね。魂蟲とは渡り者がこの地で死に、虫の姿となったものです」

「ええ!?」


 渡り者、つまり異世界人。

 雪野はここで、あの神の顔を思い出した。

 元の世界からこの世界に人間を引っ張ってくるのはあの神のはずだ。

 そして、自殺志願者に狙いを定めていた……。


 この自殺志願者に狙いを定めているというのは、人知の及ばない理由があるのだと雪野は思った。

 つまり、神の都合。

 あのナテガにとって都合のいい人間というのが、自殺志願者であるということなのだろう。

 この辺りについては考えても分からなさそうだ。

 早々に思考を切り替える。


 渡り者が虫の姿になるには、この地で死ぬことが前提。

 その魂が旅籠の背後にいた幽霊たちであるならば……。


「……輪廻……。魂が元の世界ではなく、こちらの世界に縛り付けられている……」

「その辺りのことは聞いたことがないのでわかりません。ただ、旅籠様は『神に嫌がらせをするために帰る』と仰っておりました。そのため魂蟲を食らい、渡り者の魂を集め、帰る、と。あの大火事の後、そんな話を聞きました」

「……そう、だったのね」


 異形たちの目的を聞いた今、雪野は彼らがただ怒りに任せて暴れているだけではないということが分かった。

 旅籠を元の世界に連れて帰ることさえできれば、敵対する理由はなくなる。

 今は人間たちがそれを邪魔をしているだけなのだ。


 これが分かっていれば、できることは多くあった気がする。

 だが旅籠が異形人と発覚してしまったことで、旅籠と異形たちの怒りを買ってしまった。

 人間たちは異形人という異端の存在を、神社に招き入れたりはしないだろう。

 旅籠はそれをわかっていたのかもしれない。


 いや、それを背後で操っている人物がいたはずである。

 継矢落水。

 古緑からその名前を聞き、復讐のために旅籠を利用しようとしていると聞いたことを思い出す。


「……月芽ちゃんは、落水って人の妹さんよね?」

「はい。人間に、異形人にさせられた、元人間です」

「やっぱり覚えているのね」

「いいえ。思い出したんです」


 小さく首を振りながら、月芽はそう答えた。

 もう既に思い出していたのだ。

 あの時の記憶を。


 月芽が記憶を取り戻したのは、旅籠から本当の名前を教えてもらった時だ。

 あの時は咄嗟に隠したが、落水に心配をかけないようにするための考えでもあった。

 落水の様子を見て、演技をしたのだ。


 異形人として異術に目覚めるには、名前を憶えていなければならない。

 これに気づいたのも名前を思い出したとき。

 月芽は継矢家で異形の文献をこっそり読んでいたことがある。

 その時の内容こそが、異術に関するものだった。

 故に、異術の使い方を落水に教えてもらって、すぐに使えるようになったのだ。


 思い出したからこそ、月芽はやはり人間が嫌いだった。

 だから殺すことに何の抵抗もない。

 雪野たちの前で平然と兵士たちを血祭りにあげていた姿が、何よりの証拠だ。


 だが……それでもこのような交渉に挑んだのには訳がある。

 これは人間も同じことを思っているはずだ。


「雪野様。私は旅籠様を……異形の仲間を失いたくはありません」

「私もそうよ。この世界からしてみれば私はよそ者だけど、御代ちゃんや津辻原さん、お世話になった萩間さんたちを失いたくはないわ」

「旅籠様が教えてくださいました。心があるならば、姿形が違えど同じなのだと」

「ええ。間違いないと思う」


 ここまでの同意は得られた。

 であれば、この後の頼みも飲み込んでくれるはずだ。

 月芽は真剣な眼差しで雪野を見て、口を開く。


「だから雪野様。私たち異形の目的を人間に伝え、説得してください。一人友を失えば、弔い合戦となるやもしれません。私たちは妖怪の魔の手から逃れられる力を得ただけで十分です。だからどうか、お願いいたします」


 月芽は深々と頭を下げた。

 自分よりも圧倒的な力を持つ彼女が、嫌いとまで口にした人間に頭を下げている。

 仲間想いなのはよくわかったし、これ以上の無益な戦いを避けられるのであれば協力すべきだ。


 だが、雪野はすぐに返事ができなかった。

 できない理由があるのだ。


「月芽ちゃん」

「はい」

「遅いわ」

「え」


 雪野が口にした言葉はもっと早く言ってくれればよかったのに、などという安堵の言葉ではない。

 彼女の口調から伝わってくる。

 この言の葉には、無理難題を吹っかけて断られるような、そんな感情が乗っていた。


 訳が分からず、月芽は放心する。

 なにが気にくわなかったのかわからない。

 その答えを待っていると、雪野は小さく息を吐く。


「どうして、不落城を攻め落とす前に言わなかったの……」

「……どうしてって……」

「月芽ちゃん。貴方が仲間を大切に想っていることはよくわかった。でも人間もそれは同じなの」

「はい。そう、です……ね……?」

「貴方たちは既に、人を多く殺してしまっているの。その人たちに、友はいなかったと思ってるの?」

「あ」

「あなたはまだ大切な友達を失っていない。でも人間の多くはその友達を失った。こっちは、弔い合戦がすでに始まろうとしてるのよ」


 あの戦いで民衆の多くは死ななかった。

 だが武器を手に取り、立ち向かった風たちの多くは亡くなったはずだ。

 その屍の山を月芽は見ており、確かに人間の死者は多かったことを確信する。


 遅かった、とはそういう事だ。

 戦いがなければ、もっとスムーズに交渉ができたかもしれない。

 だがやられた手前……異形を許し、異形の言葉通りに旅籠を富表神社に連れていくというのは、降伏した敗者が保身のためにする行為だ。

 これを、今の人間ができるだろうか。


「話はしてみる。でも、無理だと思うわ」

「……あ、ああ……そんな……」

「でも方法はあるかもしれない」

「……どのような……?」


 あまりやりたくはない方法だ。

 だが……人間が納得できるやり方は、これしかない。


「異形が負ける事」


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