1.15.なにをやっているんだ私は
異形たちから数多くの情報を貰って一夜が明けた。
この地は日が昇るのが極端に遅い。
普通であれば薄明かりに大地が照らされていてもいい頃合いだが、未だに真っ暗なままだ。
時間を把握する術がないので正確な時刻は計りかねるが、この地に日が昇っている時間が短いということは知っていたのでなんとなくそう思った。
一度情報を整理するために一人にして欲しいと頼んでからずっと考えていると、いつの間にか眠ってしまっていた。
さすがに書き記す物がないのに大量の情報を整理するのは骨が折れる。
しかしそれなりに整理はできた。
それと同時に、凄まじく後悔している。
「なぁああぁああ……! なんであんなこと言ったんだ私はぁ……!」
ワタマリを二匹抱え、床をゴロゴロと転がり回る。
妖怪を倒す?
一般市民がそんなことできるわけないじゃん?
こちとら平和主義を重んじる日本からやって来た現代っ子だぞ。
明らかに昨日の私は、冷静ではなかった。
異形たちの惨状を見ていたとしても、普通であればあんなことは口走らない。
やれ、と言われたのならまだしも、自ら積極的に動くような度胸は持ち合わせていないと自負しているつもりだ。
だというのに、何故?
考えても答えの出ない自問に、ため息が出た。
「でも、これが私が帰る術になる可能性は高い……」
今までこの地にやって来た渡り者は、一人として元の世界に帰ることはできていない。
異形たちが言うのだから、これは間違いはないと思う。
様々な方法を試したと思うし、それでも失敗に終わっているのだから、この地から脱出するのは相当難易度が高い。
では、誰もやった事がない方法で、脱出を試みる。
それが脅威を排除するという方法。
この作戦には僅かな希望しかないし、これが失敗すれば確実に殺される。
こんな危ない橋を渡る必要があるのだろうか。
「……でも、異形たちはやる気だったなぁ……」
大きな期待を背負ってしまった。
それが旅籠を縛り付けているような気がした。
可能な限り安全に、そして最低限の攻勢だけで脱出を図る……。
自らやると宣言してしまった以上、ここで放り出すわけにはいかない。
可能なら今すぐにでも放り投げたいところではあるが……。
今のところ確実に元の世界に帰る方法として、最有力な『脅威の排除』を捨てるわけにもいかなかった。
一日寝て冷静になると臆病になってしまうものだ、と旅籠は胸の内で呟いて大きなため息を吐く。
だからもう一度思い出した。
この理不尽な世界に投げ込まれた原因を。
「……よし。よし。よし! よぉし! やるぞっ!!」
隠れながら人間の里に行こうとも、表立って戦いを挑んでも結局危険性は変わらない!
捕まったら喰われるんだからな!
ごろごろ転がりながら無理矢理やる気を出し、頬を思いきりひっ叩く。
強い痛みが突き刺さり歯を食いしばって耐えたあと、上体を起こして整理した情報を再び思い出す。
まずは二口についてだ。
妖の中ではそこまで力を持っていない妖怪であり、妖術は一切使えない。
しかし後頭部にある口から発せられる声は大きく、一度でも声を出されてしまえば他の二口に気付かれる。
それと二口たちは髪を長く伸ばしており、それを少しばかり操ることができるらしい。
どの程度操れるのかは分からないが、力はそこまで強くないようだ。
異形目線での話なので、実際にどれ程の力があるのかはこの目で確認しておきたいところ。
そうでなければ痛い目を見る。
そして面白い話を聞いた。
どうやら二口は妖術が扱えるようになる術を探しているらしい。
更に、捕らえた渡り者は上位の妖怪に引き渡しているとの事。
要するに奴らは、渡り者を一度も口にしたことはない。
これはツギメが教えてくれたことだ。
ああ見えて意外と妖怪たちの情報は集めていたので少し驚いた。
渡り者を逃がそうとした時に得たものだ、と卑下していたが、理由がどうであれこれは次に繋がるいい情報だ。
これをうまく使うことができれば……少しずつ戦力を減らせるかもしれない。
そこで昨日、異形たちに一つ質問をした。
二口は他の妖怪に忠誠心があるのかどうか。
その問いには、全員が首を横に振った。
一度か二度までであれば、今私が考えている作戦は確実に上手く行くと思う。
少々危険ではあるが、元より承知の上だ。
それに、ワタマリもいるので何とかなるだろう。
「うん、作戦は大丈夫……だと思う……」
最も知りたかった情報はこれくらいだ。
あとは作戦を実行するだけである。
それと他の妖怪の話も聞いておいた。
まぁ二口みたいに戦うつもりはないので特に重要な存在ではないが……。
この妖怪の地で最も力がある存在は狐だそうだ。
日本三大妖怪の内の一つ……。
鬼は人間と仲がいいみたいだからいいとして、天狗はいるのだろうか?
絶対に対峙したくない存在ではあるのだが……。
だが力が強いだけで、妖怪の地を支配しているわけではないらしい。
ではどんな妖怪がここを支配しているかというと……。
天逆海。
それを聞いた瞬間、マジか……と思った。
天逆海とはヤマタノオロチを倒したスサノオが、体に溜まった猛気を吐いた時に生まれ落ちたとされる神の一柱だ。
姿は人間に近いが、顔は獣の様であるとされている。
かの有名な天狗や天邪鬼の祖先。
妖怪じゃなくて神じゃねぇか馬鹿野郎。
そりゃあ従う妖怪も出て来るわ……。
でも用があるのは人間の里なのでね。
そんな妖怪のお偉いさんに会おうだなんて一切思っておりません。
他にもいろいろな話を聞いたが覚えていない。
聞いたことすべて覚えていることは不可能だし、この辺はゆっくり覚えていくことにしよう。
旅籠は立ち上がり、伸びをする。
次第に明るくなってきた外に出て、固まった体をパキリと鳴らす。
「まずは……。空蜘蛛の弟に出張ってもらいますか」
一瞬、妖怪とはいえ生きている存在を殺すために動いていることに違和感を覚えたが、それは溶けるように消えていった。