9.17.怨念の乱⑦
大きな声で叫ぶ平将門の生首。
まさかまだ生きているとは思わなかった。
平将門はあっけない死に方をしたとされているが、あの戦いぶりからするに、生前もそれなりの実力を秘めていたはずだ。
あっけない死に方以外、殺されることはなかったのかもしれない。
生首は獄門に晒されたとのことだが、その間も喋っていたと。
平将門の生首の伝承については諸説ある。
だがこの状況から察するに……。
「……飛んでいかないよな……? あいつの首……」
『ハハハハ! 飛んでもよいがなぁ! いやはや、いやはや! 異形如きと舐め腐っておったが、よもやこれほどとは! 死して血滾ることがあろうとは!』
そういうと、平将門の生首はふわりと浮かび上がった。
こちらに近づいてきたが五メートルほどの距離を保つ。
警戒されないようにしてくれているのだろうが、生首が半径五メートル圏内にいるというのはそれだけで滅したくなるものだ。
「もうちょい離れて」
『お? はははは! 人間が妖怪相手にそれだけの口を叩けるとはな! よかろう!』
すいーっと移動し、八メートルほどの距離を取ってくれた。
素直に言うことを聞いてくれたことに、私はもちろん異形たちも驚愕している。
その空気に気づいたのだろう。
平将門はくつくつと笑った。
『何を驚く? 俺は妖怪と成ったが元は人間。恨み辛みはあれど負けを認めぬほどのたわけではないわ。力を与えたのっぺらぼう衆も、先ほど全て死んだ。肉体もなく、戦えるわけがなかろうて』
「あ、えっと。めっちゃ意外。あんた本当に日本三大怨霊の一人?」
『ハハハハ! 人間共がそう勝手に呼んでいるだけで、己のことなどこれっぽっちもわからぬわ! ただ、力がある! それを使いたい! 戦がしたい!! それだけだ!! 故に異形の頭よ!!』
大きな口を開け、狂気じみた笑みを作る。
おどろおどろしい紫の炎を纏い、気配を濃くした。
だが一切の敵意はない。
ただ戦に渇望しているだけであり、それを満たせそうな相手に願いを口にする。
『俺を連れていけ!! 人間でも妖怪でも!! どの首でも跳ねてやる!! 貴様らと共にゆけばよい戦場が待っているはずだからなぁ!!』
「あー」
スコーンッ。
一本の矢が、平将門の額に突き刺さった。
『ぐぉああああああああ!!?』
「おわーーーー!! 五昇ストーーーーップ! 待て! 射撃禁止!!」
『脳漿がああああああ! 脳漿が食われているうううう!?』
「五昇ぃいいいいい!!」
いや、怨霊に脳みそなんてあんのか……?
まぁ人の形してるからあるんだろうな……?
旅籠の叫び声を聞いて、黒い靄から伸びてきた手が平将門の頭を握って矢を引き抜く。
掴まれたままになってしまったが、特に抵抗するつもりはないらしい。
なんなら無形に感謝の言葉を口にしているくらいだ。
無形びっくりしてんじゃん。
布を大量に持ってきた五昇も、ここにきてようやく現状を理解したらしい。
とはいえ彼女は何も悪くないので平将門を射抜いたことは不問にする。
詫びている様子もないので……まぁ大丈夫だろう。
「んで? えっと? 味方になりたいってことでいいの?」
『左様!』
頭部を無形に掴まれたまま笑顔でそう話す。
これは少し相談したい。
私が皆に視線を送ると、蛇髪は腕を組んだ。
「口では何とでも言えるからのぉ……」
「さっきまで敵だった妖怪を信じろというのは無茶な話ですよ」
「お二方の言う通りです、旅籠様」
もっともらしい意見だ。
確かに今さっきまで殺し合いをしていた相手を、すぐさま信用して味方に引き込むなどできるはずもない。
だがその反面、味方にした時の心強さは半端ない。
彼の言葉が本心であるならば味方にすることもやぶさかではないのだが、そういった読心術を得手としている異形はいないのだ。
腹の底では何を考えているか分からない以上、ここは慎重にならざるを得ない。
しかし、無形と木夢は別の反応を示した。
平将門の生首を持っている無形は、彼を守るようにして手を前にかざし、木夢は傍によって尻尾を振っている。
「……お? 二人は、平将門が味方になることに賛成なの?」
「「(頷く)」」
「意外だ……」
私は布房をちら、と見た。
五昇が持ってきてくれた布を自分の肉体に変換している途中ではあったが、どうやら布房も賛成意見であるらしい。
その証拠に布で親指を立てている。
「前線で戦った三人は、何か通じるところがあるのかな」
「本気で言っているんですか、三人とも……」
無口三強である三人はしっかりと頷いた。
これは難しい選択になりそうだ。
だがこの話は、言ってしまえば信用問題。
彼を信用するに値する何かがあれば、問題ないということだ。
「平将門」
『名だけでよいぞ』
「じゃあ将門。あんたを信用できない異形は多い。何をもって信用してくれって言ってるのかな?」
『シュコンがいるのだ。それだけで十分だと思うが』
これには全員が首を傾げた。
この反応に平将門は不思議そうな顔をする。
『あ? なんだ貴様ら……。シュコンから何も聞いていないのか』
「え?」
『……そうか。いや、なに。あいつとは生前の知り合いよ』
「「「え!!!?」」」
ほとんどの者は、今の発言に気を取られて何も気づかない。
だが蛇髪だけは、平将門が別の話題に切り替えたことを看破していた。
本当に話したかったことが別にある。
それを隠すように……話の流れに一切の違和感を持たせないように生前の話を取り上げた。
シュコンが出会うかどうかも分からない平将門のことを、最初から旅籠に伝えておくなどできるだろうか。
何かある。
今思えば、異形たちはもちろん、旅籠でもシュコンのことは詳しく知らない。
折を見て話す機会を設けなければならないだろう、と蛇髪は密かに考えたのだった。