9.16.怨念の乱⑥
「五昇!」
「お任せを!」
旅籠の号令で五昇が弓を引く。
今回は五つの矢をつがえており、それは放たれると好きなように動いて最終的には平将門に狙いを定めた。
無駄だと分かっても、これしかできないから放ってくるのだろう。
平将門はそんなことを胸の内で呟いて三本を叩き落とした。
見事にへし折られて地面に落ちた矢だったが、それは魚が跳ねるように地面を叩き、跳弾して防具に突き刺さる。
『んぬ!』
矢尻が動き、鎧を噛み砕く。
ガッと矢を握って引き抜き、今度こそ地面に叩きつけた。
『!? なぜ動く!?』
「おお! 凄い!」
「まだあります。私も、負けてはいられませんのでね!」
残り二本の矢が風を切りながら迫る。
今度は刀で弾かずに手で握って止めるつもりらしい。
バシバシッと二本の矢を見ごとに掴んだのではあるが、矢じりが破裂して破片が防具に突き刺さった。
『チィ……! 面倒な!』
これは貫通するほどの威力はなかったらしい。
手に持っている矢尻がなくなった矢を投げ捨てて踏みつけた。
「ハッ!!」
地面に足を付けた瞬間を、月芽は見逃さなかった。
ババッと手を動かして継ぎ接ぎを伸ばし、平将門の足を捕えようと素早く伸びる。
強い気配。
これに気づいた平将門はすぐさま地面を日本刀で斬りまくる。
ブロック状に切られた大地がボコッと飛び出し、継ぎ接ぎの進行を妨げた。
異術がしっかり発動していることに、平将門は焦りを覚える。
近接攻撃しか受け付けないはずの妖術が無効化されているのだ。
月芽の異術も、回避することに専念した方がいい。
すぐさまトンッと地面を蹴って浮遊する。
忘れていたわけではないが油断していた。
仕切りなおして霞の構えを取ると、そのまま前進して蛇髪が造った結界を切る。
しかしこれがなかなか硬い。
二度攻撃してみたが、微動だにしていなかった。
破壊を阻止するために木夢と五昇が攻撃を繰り出す。
木夢は平将門の斬撃を受け流した影響で、尻尾は普通の姿に戻って変身を解いていた。
ジャラ、と音を立てて速度重視で鉤爪をお見舞いする。
これとほぼ同時に五昇は再び五つの矢を放った。
平将門が紫の火の玉を一つ握る。
バッと木夢に向け、ッカアアアアンッ!!!! と音を立てて吹き飛ばした。
残り六つ。
飛んできた矢は先ほどと同じものだ。
二度も同じ手は通用しないし、食らってやるつもりもない。
日本刀でバサッと切れば、跳弾して再び襲い掛かってくる。
これすらも切り伏せて見事に回避した。
「予測不可能でしょうに……!」
「木夢! 大丈夫か!?」
この間に、七回結界が殴られた。
ようやく一つひびが入り、それは八回目の斬撃で大きな罅に変わる。
「ぬぅ……!」
蛇髪が量の手を強く合わせる。
何とか維持しているようだが、平将門の攻撃速度が速すぎた。
九回。
バギッと結界が大きく割れ、破片が宙を舞った。
十回。
渾身の一撃と共に両断された結界は、鏡が曲げられてへし折られるような音と共に破壊される。
一度割れてしまうと、もう修正はできないらしい。
維持ができなくなり結界が瓦解していくのだが、その瓦礫の隙間には平将門がいた。
結界を割った瞬間に飛び込んできた。
バッと構えて日本刀を振り抜くのだが、それはまたしても防がれる。
ギィイインッ……!
すっかり細くなってしまった布房が直刀でそれを受け止めた。
彼の足は、地面についている。
「布房!」
月芽が叫ぶと、布房は片方の腕を平将門に巻き付けた。
『ぬ!? 貴様……!』
この意図を素早く読み取った平将門は、すぐさま残り六つの紫の火の玉を破裂させた。
そのうち一つは手に込めて強力な一撃を繰り出す。
回避できない集中攻撃。
その攻撃の余波は旅籠たちにも襲い掛かってきており、風圧で数歩下がった。
砂煙が舞う。
煙の中で平将門は腕に巻き付いている布房を取っ払おうとしたが、それは未だに力強く握られている。
『!!? 貴様、今のを受けて……! ッ!!』
腕に、強い違和感。
それは一瞬で体全身に巡り、いやな予感と不快感を平将門に植え付けた。
砂煙が晴れていく。
そこには片足が皮一枚で繋がっている布房がおり、周囲には破けた布が散らばっていた。
しかし、平将門を拘束する腕と、直刀を握る腕だけは死守したらしく、未だにその力は健在だ。
そして……布房の足から辿り、腕を介して平将門の体に月芽の異術が張り巡らされている。
『何故異術を使えるのだ!! 貴様らああああああ!!!!』
「儂じゃよ」
『術返しぃいいいい!!!!!』
彼が月芽に視線をやったと同時に、彼女はパッと腕を広げる。
ベバリャビリリリッ!!
皮膚を、布を破くような音が嫌に耳に残る。
そして、体全身が崩れていく。
もう立つことも座ることも叶わなくなったその体は、重力に従って地面に倒れた。
器用なことに平将門に張り巡らされている継ぎ接ぎのみを開いたらしく、布房は無事だ。
だが布房も限界だった。
最後の力を振り絞り、倒れていく平将門の首を切り飛ばす。
ポーンと飛んで行った首は地面を転がり、しばらくしてようやく止まった。
「よくやった!!!!」
その言葉を聞いた直後、布房は仰向けに倒れた。
「布房!」
「蛇髪様!」
「わかっておる!」
その場にいる全員が一気に駆け出し、布房を介抱する。
流石にボロボロだ。
しかしまだ生きてはいるようで、力なく腕を立てて生きていることをアピールしてくれた。
とはいえこのままではよくない。
「えーっと? 布房は布があれば回復するのかな!?」
「そのはずです!」
「探します! 木夢!」
五昇が両手を合わせて音を立てたと同時に、木夢が焦げた体を震わせてこちらにやってきた。
無形ものそーっとやってくる。
どうやら全員無事だったらしい。
そこで五昇がはっと顔を上げた。
「旅籠様、皆さん」
「ん? どうしたの? 布あった?」
「あちらを」
五昇が指をさす方向には、燃えている山城があった。
耳をすませばあの掛け声が聞こえてくる。
どうやら……この城、取ったらしい!
「お、おおおお!! 勝ったか!!」
「しかし強化された敵もいたようで、こちらにも死傷者がおります」
「そっか……。あとで弔ってあげよう」
「ええ。では、私は布を回収してきます。しばしお待ちを!」
「頼んだ!」
走ってきた木夢に飛び乗った五昇は、すぐさま指示を飛ばして家屋の方へと向かわせた。
布房は何とか生きてるみたいだし、布を補充すればまた元気になるだろう。
何はともあれ……勝った。
平将門という強敵に、数人がかりではあったが勝てた実績は大きい。
ほかの異形たちも全員が死力を尽くしてこの城を取ってくれた。
彼らに渡す褒美は、豪華なものにしておかなければ。
「ん~!! 勝った!!」
「勝ちましたね! 旅籠様!」
「みんなのおかげだ! 皆に言ってあげないとね……!」
『ングハハハハハハハハ!!!!』
ゲラゲラと笑いだす声に驚き、全員が再び身構える。
地面に転がっている生首が、左右に顔を振って人目を気にすることなく大爆笑していた。
『躯つけて一戦させん! 俺の胴はどこだ!! また死合おうぞぉ!!!!』