9.15.怨念の乱⑤
ズン……と一歩前に出る。
二歩目、三歩目としっかり地面を掴んで歩み出てくるのだが、一歩進むごとに纏っている紫色の炎が勢いを増していた。
次の瞬間、平将門は布房の目の前に出現する。
間一髪反応はできたのだが、防ぐ体勢がよくなかった。
刀は簡単に押し返され、衝撃が体にまで伝達し、そのまま吹き飛んで転がっていく。
木夢はその間に腕を巨大化し、真上から叩き付けるようにして振り下ろす。
平将門はそれを甘んじて受け止める気らしく、にやりと笑って腕を大きく振るった。
重量では勝っているはずだが、平将門が振り抜く勢いに負けてしまった。
思い切りかち上げられたと同時に、腕が切断されてばらばらと崩れていく。
だが木夢の巨大化した腕は本体でなかったらしく、装備を脱ぎ捨てるようにして腕からばらばらと板が舞った。
木っ端微塵となった木材の雨を浴びつつ、その隙間から平将門が笑いながら睨みを利かせる。
『受けてみよ!!!!』
突如刀に纏わりついた炎が勢いを増して吹き出し、それは今までとは比べ物にならない斬撃となってこちらへ飛んできた。
斬撃の先にいるのは旅籠。
これを守るべく木夢は体中の毛を逆立たせて変形した。
腕を杭のように地面へ突き刺し、体を四メートルほど、尻尾をその倍に巨大化させて重量を増やす。
特に大きな変化があったのは尻尾で、木材が折れ曲がりながら形を成していき、最後には二つ目の獣の顔が出来上がった。
それはバキバキに折れた木材を牙としており、飛んできた斬撃に思い切り噛みつく。
巨大化した木夢だったがこの攻撃を受け止めるのは至難の業らしい。
突き刺したはずの腕の杭がずりずりと地面を削っており、何度か後ろ足を前進させて耐えしのぐ。
これに加えて尻尾に作った獣の顔も斬撃を受け止めきることができていない。
犬歯で噛んでいたはずが、いつの間にか奥歯まで押し込まれている。
このままではマズいと思い、本体でも斬撃に嚙みついた。
これを思い切り首を振って投げ飛ばす。
空へと吹き飛んで行ったそれは、紫の空を吹き飛ばす。
「ジャジャラララララ……!」
『チィ、やはり貴様はやりおる……!』
平将門は木夢から視線を外さないように足元に手をやった。
そこから文字を掬い上げる予定だったが……どうしたことか、からぶった。
『ぬ!?』
「……」
足元に、自分が出しているのとは違う黒い靄があった。
それらは平将門が食べていた文字をすべて回収してしまったらしく、遠くの方で実体化させて歪んだ体をゆらゆらと動かしている。
確かにあの文字は平将門が自らを強化するための物であり、戦いを見ていれば誰にでもわかるからくりだ。
だからこそ近づけることはさせなかった。
近づいたとしても回収、破壊させる機会を与えはしない。
だが……無形の能力が足元に来たのならば、それをすべて回収、または破壊することは容易だろう。
先ほどとは全く違う気配。
無形は霧散したことにより、気配ががらりと変わっており、なんなら掴みにくくなっていた。
平将門は戦闘に集中していたため、無形の接近に気づくことができなかったのだ。
だがしかし、今のままでもこやつらには勝てる、という確信があった。
布房はすでにボロボロだし、無形の対処法も分かっている。
木夢だけは未だに底が知れないが、本当に己と対等にやりあえる実力があるのだろうと感じていた。
『……だが』
そろそろ終いにしなければ。
平将門は旅籠に視線を向けた。
「あ、こっち来るなあいつ」
「お任せください旅籠様。私たちが守ります」
月芽が足元から大量の継ぎ接ぎを伸ばす。
隣にやってきた五昇は弓を引き絞ってあらぬ方向へと向けた。
三本掛けの矢が飛ばされると、それらは自在に泳ぎ回って矢尻を平将門へ向ける。
一、二、三本の矢が目にも留まらぬ速さで襲いかかったが、それは簡単に弾き落とされた。
ほぼ同時に別方向からの攻撃だったはずだが、流石平将門というべきか。
それすらも己の技量のみで無力化させられるらしい。
『邪魔してくれるな』
ボァッ……と大量の紫の火の玉が出現する。
それを見た旅籠が叫んだ。
「無形!!」
「……!」
「あいつの能力は、技を使うごとに力が劣る! それをさっきの文字で補給していた! その火の玉を全部叩き落せ!」
『んぬ!?』
ばれていた!?
平将門は驚愕して振り返る。
そこでは歪んだ姿の無形が広範囲に黒い靄を展開しており、靄から大量の蝙蝠が飛び出す。
それは無謀にも火の玉に襲い掛かって噛みつくのだが、もちろん破裂して蝙蝠が吹き飛ばされる。
しかし今回は数を減らすことが目的だ。
自由に飛べて火の玉にしっかりと攻撃を当てられるこれらは、大変役に立った。
連鎖するように破裂した火の玉は、かろうじて被害を逃れた七つだけ。
これは平将門の間近くに集まった。
たったこれだけしか残らなかったか、と苦い顔をして旅籠に視線を向けなおす。
まさか看破されているとは思わなかった。
文字を食べさせるのを阻止すればいいと気付く輩は多かったが、その性質まで把握されているとは。
平将門は文字を食ってエネルギーを蓄え、それを放出する力がある。
先ほどの斬撃、火の玉などがそうだ。
文字を食べ続けさえすればどんな強敵にでも対等に渡り合える。
だが放出してしまうとどうしても補給しなければならないのだ。
今まで文字を回収されることなど一度もなかったので、自分がここまで追いつめられる展開になってしまうとは思いもよらなかった。
先ほど火の玉を大量に出したのは失策だ。
あのまま同時に飛び込んでやろうと思ったのだが……それが裏目に出たらしい。
とはいえ、素の力は変わっていない。
まだやりようはあるはずだ、と日本刀を握りなおして若干宙に浮く。
これで継ぎ接ぎの異術は無力化できる。
妖術によって得手を押し付けているはずだが、あれだけは警戒しておきたい。
平将門は無形をちらと見た。
あれをなんとかして文字を取り返せないか考えたが……無形はすでに霧散し始めており、気配がかき消えていく。
どうやら文字を抱えたまま身を隠すようだ。
戦いに貢献するため、ここは文字を回収して撤退することを選んだらしい。
であれば道は一つしかない。
平将門はすばやく移動し、旅籠へと襲い掛かった。