9.14.怨念の乱④
大きく息を吸い、歯を食いしばりながら口で息を吐く。
紫の煙が噴き出され、それが切れた瞬間に目を開けて狙いを定めた。
だがその時には既に……木夢が目の前にいた。
『……!?』
「カコンッ」
バン!!
周囲に纏っている炎を押し退けて本体にまで攻撃を与えた。
平将門の紫の炎は防御面でも優れているはずだったが、これを貫通してぶん殴られる。
だがそれでも二歩下がる程度だ。
致命的な攻撃には至らなかったが、平将門は焦りを感じた。
『見えなんだ……!』
小声でそう呟き、纏う炎の質を上げるために『恨』という文字を食らう。
炎の大きさは縮小したが確かに防御力は向上したことを実感し、再度木夢に目線を合わせたところで頭突きを食らった。
『ご……!?』
「カココロロロッロ」
貫通。
紫の炎がぐにゃりと変形し、平将門の腹部を木夢の変形した頭部がめりこんだ。
カブトムシのように突起した角で攻撃したので、その威力は凄まじい。
一拍の静寂が終わった途端、衝撃波が周囲を襲って爆風が吹き荒れる。
これと同時に平将門は吹き飛んだ。
だが木夢が発生させた衝撃波の威力に比例せず、平将門は十歩だけ後退して耐えしのぐ。
さすが本気になった妖怪だ。
これだけでは仕留められない。
立ち止まり、次はこちらだ、と姿勢で語る。
バッと振り上げた日本刀を大きく乱暴に振り抜くと、それからは紫の斬撃が飛び出し、地面を抉り取りながら木夢に接近した。
これを回避しようとは思っていない。
すぐさま肉体を変形し、木材の刀を作り出す。
咥えてぐっと力を入れると、ブンッと振り抜いて飛んできた斬激とぶつかり合った。
ガギッ……ギギギッギギ……ドンッ!
押し合いが続いていたが、木夢が空へ向けてそれをかち上げる。
紫色の空へ消えたそれを見届けたあと、再び前を向く。
『スゥー……』
静かに息を吸い、一気に吐き出して前進する。
構えを取って日本刀を振り抜いたと同時に、靄が集結して形を成した。
刃の鞭……といったところだろうか。
大きくしなるそれはブンブンと振り回され、予測しにくい挙動で攻撃を繰り出した。
だがこの程度では陽動にもならない。
すぐさま両断されて無効化されたのだが、本命はこれではなかった。
平将門は背後に強い気配を感じとる。
振り向き様に日本刀を振るえば、細い一本の糸で防がれた。
ましてやそれは、人差し指と親指だけで繋がっているのだ。
こんなものに一撃を防がれた平将門は、目を見張った。
突如、巨大な刃が迫ってきた。
それを弾き返したはよかったが、四方八方から同じような攻撃が幾度も飛んでくる。
次第に威力と手数を増やしてくる攻撃に、平将門は吠えながらも全てを弾き返し、無傷で無形の攻撃を受けきった。
『出てこい!』
ジャギギィンッ!!!!
大空から落ちてきた斬激を受け止めてみれば、布房が直刀を握っていた。
一対一。
これで押されるはずはない、とたかを括っていたが二度目の攻撃で考えを変える。
重く、鋭く、そして速い。
布房は布の数だけ腕を増やせるのだが……考えを変えれば、布の数だけ力があるということになる。
絞られた肉体はボロかろうが関係ない。
一つ一つが筋肉の役割を果たしてくれているようで、平将門と互角にやりあえていた。
数十回の打ち合い。
その全てで火花が飛び散り、苛烈さを強調していた。
平将門は布房の攻撃をなんとか弾き返し、紫の火の玉を使って吹き飛ばす。
だが強くなった布房はそれに耐える。
若干布が焦げたが、その部位だけを引っこ抜いて投げ捨てた。
この間に平将門は『怨』という文字を幾らか握り、口の中に放り込んでバギリと噛み潰す。
『これほどにまで成るか……』
圧倒……とまではいかないが、格上の妖怪相手に互角に渡り合っている。
三人は再び集結し、鋭い敵意を平将門へと向けた。
「カコロッ」
木夢が変形する。
今までは木材の板が毛になっていたが、それが一本一本細い円柱の木材になり、さらに獣感を増した。
毛が動く音もじゃらじゃらといったものに変わり、それらは逆立って威嚇する。
「ジャジャジャラッ……!」
一瞬の無音。
木夢が地面を蹴ると衝撃波が発生し、周囲にも被害を及ぼした。
巻き込まれた布房は手で顔を覆って防いだが、無形は実体がないのか澄ました様子で成り行きを見守っている。
一瞬の内に平将門へ肉薄した木夢。
地面を蹴ったときに変形させた凶悪な鉤爪で攻撃しようとしたのだが、平将門がこちらを見ていることに気がつく。
「!」
『っせあぁっ!!!!』
日本刀を大振りし、その鉤爪を切り飛ばした。
空を切った場所が真空になったのか、乾いた音が大音量で鳴り響く。
『よいぞ!』
「ジャジャッ……」
にじり、と地面をしっかりと踏ん張り、爆発する勢いで木夢に肉薄した。
大量の木材の毛を鋭くしてハリセンボンのように伸ばすが、それは一瞬で切り刻まれる。
ジャギ、と握り直された日本刀は凶悪な殺意を纏って振り下ろされた。
ギャン……。
ッドオオオオオン!!!!
平将門の攻撃を受け止めた布房。
なんとか木夢を守りはしたが、絞られた腕の布が幾らか千切れる。
それほどの威力であったらしい。
この間に背後から無形が迫る。
霧散していた体を実体化させると、不気味な影法師がぬらりと出現する。
真っ赤な目玉は変わらないが、姿はどこか歪で体からはやはり黒い靄が纏わりついていた。
平将門はこれを感知する。
すぐさま踵を返して紫の火の玉を握り、掌で空を押した。
『貴様は点ではなく、面だ』
ッカアアアアンッ!!!!
平将門の攻撃で無形が地面ごと遠くへ吹っ飛んだ。
霧状の敵だというならば、一点を攻撃したところで意味はない。
そのため範囲を広げて一定範囲を同じ威力で押し出したところ、それが見事に決まった。
これを確認したあと、地面に向けて同じ攻撃を放つ。
木夢と布房はこれに巻き込まれて吹き飛んだ。
体勢は立て直したのだが、二人は怪我がよく目立つ。
布房にいたっては破れた布をそのままにしているくらいだ。
もう予備の布がないのかもしれない。
平将門が日本刀を振るう。
ボッと風を巻き起こして構えを取った。
脇構えで見えないはずの日本刀は、紫の炎を纏ってより凶悪な気配を飛ばす。
ついでに『怨』の文字を手に取り、齧った。
『さぁ、ゆくぞ』