9.12.怨念の乱②
「今のは……!?」
『紫の火の玉を手のひらに集め、一点を狙って破裂させた。硬く、動きの遅い相手に有効だ』
「……これが、妖怪……」
布房の刀が全てへし折られ、最後は思い切り蹴り飛ばされて遠くへと吹き飛んで行った。
木夢が助けようとしたが間に合わず、一対一の戦いになる。
高速で移動しながら様々な攻撃方法で仕掛ける木夢には、平将門も苦戦しているようだ。
その証拠に何度か空振りして攻撃を受けている。
月芽と五昇は、改めて自分たちが敵対している妖怪の強さを再確認した。
今まで戦ってきた相手など、平将門を見れば雑魚であるとすぐに理解できる。
名付けをされた無形も敗れ、布房も手数が強みなのにそれすら潰された。
木夢は善戦しているが……それでもあの速度に平将門は順応してきている。
異形は、未だに弱いのだと強制的に認識させられる。
このままでは旅籠を守れない、旅籠が成そうとしていることを共に成すことができない、と二人は強く思った。
「月芽……」
「……強く、ならないと」
『……我が思うに』
シュコンが口を開く。
それに気づいて二人は彼の顔を見た。
美しい青色の瞳は、遠くで戦っている三人に希望を抱いているように感じられる。
そして、言葉をつづけた。
『負けを知らぬ者は、弱い』
ッカアアアアン!!!!
先程と同じような音が聞こえたと思ったら、木夢が地面を滑っていた。
直撃は避けたようだが木材の毛が幾らか折れている。
それを振るって外し、新しい木材の毛を生やす。
だが体力的に限界が近いらしい。
大きく呼吸をしながらじりじりと後退していた。
『っ!』
平将門がなにかに気づき、ばっと手を上げて掴み取る。
飛んできた矢は肉を食らわんとギチギチと歯を打ち鳴らした。
これをバキリと折って投げ捨てる。
「そろそろ全員でいきましょう。軽んじていい相手ではないので」
「そうですね」
「したらば、やりますかのぉ」
待機していた三人が、旅籠の前に出て構えを取る。
これに気づいた木夢は前衛を担うために一時的に後退し、五昇の側に寄った。
動きが変わった異形たちに、平将門は顔を上げて構えを変える。
脇構えから下段に日本刀を下ろし、防御の構えを見せた。
彼がじっ……と見ているのは月芽だ。
この中にいる異形の中で最も気配が濃く、強力な異術を有していると看破していた。
恐らく、己の上を行くような。
それと同時に蛇髪も警戒していた。
紫の火の玉を消し去ったあの技は術返しだ。
効果範囲はそこまで広くないようではあるが、それでもこれから接近して仕留めなければならないのだから、警戒せざるを得ない。
そして……最も厄介なのが……。
シュコンである。
『シュコン……。貴様、何故人間に……!』
『それ以上口を開けば、気付かぬ内に殺してやるぞ』
『……』
これがはったりではないのだから笑えてくる。
大きくため息をついて刃を翻し、音を立てることなく走り寄った。
「月芽! お願いします!」
「はい!」
ギリッ……と和弓を引き絞り、狙いを定めて放つ。
またこれか、と若干呆れるように足を動かしたが、足元に嫌な気配を感じ取ってすぐさま足をひっこめた。
夜で見えにくいが、何かが追いかけてきている。
地面を這っているということは分かったが、それ以上は判断できなかった。
この一瞬、平将門は矢から意識を反らしていた。
五昇の矢は、泳ぐ。
『どっ……!?』
「天狗の速度にも追いつける矢ですよ」
『異形にしては大したものだ』
思わぬ衝撃に声を上げたが、鎧がしっかり守ってくれたので無傷だった。
矢を握って引っこ抜き、へし折って投げ捨てる。
完全に避けたと思っていたが……なかなか面白い異術だ、と笑う。
すると周囲から気配が襲い掛かってくる。
月芽が腕を伸ばしている姿を目視しているので、恐らくあれが何かしているのだろう。
すぐさま地面を蹴って跳躍すれば、それに合わせて矢が向かってくる。
大袖で防ぐと、それは貫通して歯を打ち鳴らしていた。
跳躍の瞬間を狙っている。
であれば、と平将門は姿勢を低くして素早く動き回った。
月芽は腕を伸ばしてそれを追いかけるのだが、途中で破裂音がする。
それと同時に平将門が姿を消した。
「今の!」
『大当たり』
月芽の近くに飛んできた平将門が、日本刀を振りかぶる。
旅籠に攻撃をしてきた時と同じやり方で接近したのだ。
自分の攻撃を受けてもダメージはないらしく、そのまま月芽を切り伏せる。
バッと飛び出た五昇がそれを受け止めた。
天狗の八角棒を受け止めた鱗はやはり頑丈で、これには平将門も驚愕する。
『ッ!』
強烈な違和感。
足に何かが這い上がり、それは腰辺りまで伸びてくる。
その場を離れようとしても縫い付けられたかのように動くことができない。
『何をした!』
「終わりです!」
月芽が乱暴に空中をひっかく。
するとベリバリッと音を立てて平将門の足が引き裂かれた。
力が入らなくなり地面に膝をつく。
刀を杖代わりにして何とか立ち上がるが、それと同時に反対の足から首にかけて強烈な違和感が走り抜ける。
引き裂かれる異術。
先ほどまでの気配はこれか、と気付いたはいいものの、だからといって既にどうしようもない状況であった。
平将門は首筋を触る。
その感触には、覚えがあった。
『……貴様、継矢の者か』
「ハァッ!!」
両手で宙を掴み、思いっきり引きはがす。
その瞬間、平将門の体が嫌な音を立てて千切れ、その場に転がった。
崩れるようにして倒れる彼をよそに、月芽と五昇はすぐさま行動を開始する。
五昇が旅籠を抱えて走り、月芽もそれを手伝う。
きょとんとしながら運ばれたシュコンだったが、二人は妖の特性をよく理解していると気付いた。
なかなかいい判断だ。
後方で待機していた蛇髪の下で集結し、再び戦闘の構えを取った。
妖がこれだけで倒れるはずがないのだ。
ましてや……格上の妖怪が。
『異形のくせに、よく学んでいるな』
引き裂かれたはずの平将門が、口を動かした。
ありえないが、これが妖怪であり、平将門だ。
彼はボロボロになった体を持ち上げる。
自ら立ち上がったというよりは、上から吊るされて無理やり起き上がったようだ。
血液は一切出ておらず、その代わりに紫色の炎がボボッと噴き出している。
次の瞬間、紫色の炎が全身を包み込んだ。
それと同時に体の傷が完全に癒えていき、体が少しだけ持ち上がって宙に浮く。
怨、恨、死などといった負の文字が足元で大量に湧き続けており、平将門はそれを一つ手に取って咥える。
思い切り嚙み潰して食らって見せれば、炎の勢いが幾らか増した。
『気張れよ異形共。この場が墓場にならぬようにな!』
ゾォッ……と周囲の草木がざわめいた。
平将門からいくらかの火の玉が飛び出し、それはのっぺらぼう衆の方へと飛んでいく。
山城を攻める異形たちは優位に事を進めていた。
そんな時、火の玉がのっぺらぼうに吸い込まれる。
急に動きを止めた彼らを見て、首を傾げた。
「な、何でさ?」
『オ。オオ。オ。オ。オ。オ。オ。オ? オッ戦場』
「は?」
ゴキ、と首をもたげて武器を振るう。
先ほどと非にならないほどの火力で殴られたため、黒細は一気に後退する。
その体は紫色の炎に包まれており、明らかに異質な力を感じられた。
「なな、なんでさ!?」
「黒細ー! 僕の毒が効かないよぉ!!」
「なん……! クソ! 平将門の妖術でさな! 異形たち! 強化された敵に気を付けるでさぁ! だが山頂まであと少し! この城、旅籠様に献上するでさよぉ!!!!」
『『『『ローーーー!!!!』』』』
紫の炎を纏う敵。
怨念纏う強敵に、異形たちは刃を向けた。