9.11.怨念の乱①
殴られた衝撃は凄まじいものだったらしく、平将門は地面を何度かバウンドしながら遠くへと吹き飛んで行った。
大木にぶつかってようやく勢いを止めたようではあるが、すぐに立ち上がって肩を回す。
破壊された兜を無造作に脱ぎ捨てると、手拭いを頭に巻いた貫禄のある男の顔があらわになった。
顔立ちは細く、立派な髭が貫禄を更に強調している。
鋭い眼光は睨まれたものを委縮させてしまいそうだった。
吹き飛ばされても手放さなかった日本刀を今一度確認し、再び視線を戻して足早にこちらへと戻ってくるようだ。
その間にこちらも体制を整えなければならない。
だがその前に、月芽は礼を述べる。
「シュコン様。ありがとうございます」
『少しは信用されただろうか。さぁ、異形共立ち上がれ。我が主殿を守ろう』
「お願いいたします。無形! いつまで寝ているのですか!」
「……」
もぞ……と体が持ち上がると、首をバキボキと鳴らして調子を整えた。
今度こそ仕留めてやろうとでも思っているのか、数多くある腕の指をバッキバッキと鳴らして前に進んでいく。
これに続くように木夢も体を振るった。
攻撃が通ることは分かったが、あのままではまだ勝てないと感じたのだろう。
更に体を変形させながら無形の後を追った。
いつの間にか戻ってきていた布房も、平将門へ向かって歩いている。
一本刀が折れてしまったようだが、そのまま使うようだ。
あとで新しい刀を与えておかなければならないかもしれない。
無口三強が合流し、平将門の前に立った。
実際の身長は異形たちの方が高いはずなのだが、彼の前に立つとこちらが見上げてしまいそうな錯覚に陥る。
『貴様らが相手か。いいだろう、かかってこい』
地面すれすれを日本刀の切っ先でなぞり、脇構えに構えた。
どっしりとした構えはすべてを受け止める覚悟と力強さが見て取れる。
まず動いたのは木夢だった。
動き出しは目で追えたのだが、速度が乗ると追えなくなる。
だがそこは武人。
一瞬で気配を察知し、木夢の一撃を受け止める。
「ガコロコゴコ……!」
木夢は尻尾を鎌のような形にして攻撃を繰り出していた。
押し合いが続いていたが平将門がぐんっと力を込めて押し上げると同時に、すぐに振り返って無数の黒い腕を弾き飛ばす。
と、同時に無形の本体が四本の腕で叩き潰すように攻撃を繰りだしたが、わずかな隙間を見つけて半身で下がり、その攻撃はすり抜ける。
『貴様は名を貰っているのに弱いな』
その瞬間、足が何かに掴まれた。
脱出を試みるため足を動かしてみるが、ぴくりとも動かない。
『……訂正する。悪くない』
大きく振りかぶられた腕が、平将門を思いっきり殴り飛ばした。
無形の能力は靄から無数の腕を出現させるというもの。
靄は自身の体の周りから出現しているため、先ほどの一撃はわざと外し、靄を平将門の足元に展開させたのである。
能力を知っていたのであれば、彼はすぐさま距離を取っていたことだろう。
だがこの一撃、彼にとってはそこまで痛いものではない。
すぐに立て直して着地し、足で地面を掴んでその場に急停止する。
ばっと起き上がった反動を利用して布房の多連攻撃を全て無効化した。
周囲の草木が風圧でがざがさと揺れ動く。
「……!」
『貴様は弱い。間違いなく』
次はこちらの番だ。
ギュリッと握りを変えて大きく踏み込んだ瞬間、布房はギョッとしてすべての日本刀を防御に回した。
ギャヂヂヂヂヂヂヂインッ!!!!
八本の剣が全て弾き飛ばされ、布房は無防備の状態になった。
刀を肩に担いで胴体を斬ろうとした瞬間、木夢が飛び込んできてその一撃を見事に防ぐ。
木夢の体は防御力を増すために分厚い板の毛で覆われており、平将門の攻撃を完全に無効化していた。
そこで滑るように移動してきた無形が飛び込んできて、地面ごと掬い上げる。
それは紫色の火の玉が数個爆発して無効化された。
『変形……。怪力に無数の腕か』
平将門が無数の紫色の火の玉を作り出す。
それはすぐに破裂して近くにいた木夢を吹き飛ばした。
「……」
『ぬ』
だが、無形だけはその攻撃を物ともしておらず、再び攻撃を開始する。
靄の中から数百ほどの腕を出して捕まえようとしたが、平将門はその場に立ち止まって集中し、迫りくる腕を一つ残らず切り伏せてしまった。
この間、たった一秒。
それからも三人は平将門に向かって懸命に立ち向かっていく。
その様子を遠くから見ていた月芽と五昇だったが、なんだか遊ばれている気がしてならない。
「シュコンさん。あの妖怪について教えてください」
『平将門……。彼奴が操る火の玉は、凄まじい衝撃を生じさせる。長く生きている妖である彼奴の妖術は洗練されており、面倒極まりない』
布房を吹き飛ばし、木夢を蹴り飛ばした後頭上から迫ってきた無形の拳を全て受け止める。
紫色の火の玉を使って無形の腕を全て吹き飛ばし、斬撃を繰り出したのちに後退した。
無形は非常に硬く、ただ甲高い音が鳴るだけだ。
刀を払って悪態をつく。
『硬いな』
日本刀を逆手に持ち、バッと近づいて手のひらを無形に添える。
『ただ、それだけだ』
ッカァアンッ!!!!
木材バットで硬い岩を殴ったような音がしたと思ったら、無形の動きが完全に止まる。
すると腹を抑えて非常に苦しそうに倒れた。
『まず、一体』
平将門は、次に布房を見据えた。