9.4.崩落村の異形たち
早い知らせが届き、私はすぐに十山城を下山して麓へと向かっていた。
崩落村へ向かっていた三人が帰ってきたというのだ。
どうやら無事に異形たちを救い出すことができたらしく、上からでもわかるほどの異形がそこにはいた。
数は多い。
だが、姿自体はそこまで大きくないようだ。
とりあえず話を聞きに向かおうと、角の背中に乗って下山を急いだ。
「みーんなぁ~! お疲れ~!」
「あっ! 旅籠様!」
「助けて来やしたよ~! どうでさぁー!」
「ありがとう三人とも! 大丈夫だった?」
「のっぺらぼうの兵が襲って来やしたが、全部返り討ちにしやした!」
「すご!」
この三人を向かわせて正解だったな……!
姿は小さいけど、これから成長してくれるだろうしいい戦力になることを期待する!
えーっと、どんな異形たちなんだろう?
テコテコと歩いてきた崩落村の異形が、ペコリと頭を下げる。
植物を集めた丸っこい姿をしており、ところどころでまとめきれなかった植物が体から飛び出していた。
どうやら、この異形が崩落村をまとめていたらしい。
「言葉は話せる?」
「(首を横に振る)」
「ありゃ、残念。でも私たちにお礼を言おうとしてるのは伝わったよ。これからよろしくね」
「っ!」
ピョコンッと跳ねてやる気を示す。
意外と可愛いじゃないか。
ふと周りを見てみると、彼らは様々な種類がいるようだった。
植物で体を構築している者や、土、水、雪なんかで体が造られている者もいる。
しかし総じて丸っこいフォルムをしているので、彼らは異形の同種なのかもしれない。
と、なるとまとめて呼ぶ名称が欲しいものだ。
「ううーん」
「旅籠様? 何を考えられているのですか?」
「いやぁー。この子たちを総じて呼ぶ名前が欲しくて……」
「あいや旅籠様。また勝手に名を与えたら蛇髪様に注意されてしまいやすぜ?」
「おっとそうだった! 危ない危ない……。でも考えておこうか──オッ」
突然、体が跳ねた。
いきなりのことで異形たちは目をぱちくりさせる。
旅籠はしばらく数秒うつむいていたが、ぱっと顔を上げた。
『……お、成ったか』
「は、旅籠様……?」
顔を上げた旅籠は、目の色が変わっていた。
その色は青く、透き通るようで大変美しく吸い込まれそうだ。
瞳はゆらゆらと炎の様に揺らめいている。
しかし、明らかに旅籠ではないことに気づいた月芽は、目をきつくして睨みつける。
それに気づいた彼は手を挙げた。
『主殿の体を一時借りること、誠に申し訳なく思う。されど月芽殿と黒細殿は、二度目であるな』
「だ、誰でやすか……?」
「あ! その目……!」
『左様。名乗っていなかったな。我はシュコン。主殿に恩を返すべく、この身に宿っておる』
それを聞いて黒細も思い出す。
旅籠が囚われていた時に聞いた声と同じだ。
一応旅籠のことを『主』と呼んでいるので、敵意ある存在でないということは分かった。
だがシュコンの声を初めて聴いた布房や角は、警戒心を解いていない。
いくら月芽と黒細と面識があるとはいえ、旅籠の体が乗っ取られているということに変わりはないのだ。
これが嫌に気にくわなかった。
機嫌が悪くなっている二人の気配を感じ取った月芽が、手で制す。
二人はそれを受けて数歩下がった。
『かたじけない、月芽殿』
「貴方のことを私たちは知りません。ですが旅籠様を守って下さる存在だということは分かります。でも、早く旅籠様を返してほしいです。あまり気分の良いものではないので」
『ああ、勿論だ。我も主殿が危機陥る時以外、無暗に出ぬつもりである。されど、そこの異傀儡衆については教えておきたくてな』
「異傀儡衆?」
全員の視線が、崩落村の異形たちに注がれる。
彼らは首を傾げて可愛らしく転げた。
丸っこいので体を傾けるというのは苦手らしい。
『こ奴らは異形の戦力の要であった。大切に育てるとよい』
それだけ言い残すと、再び体が跳ねる。
バッと顔を上げた旅籠は笑い出した。
「あはははは! 皆ごめんねぇ~! 説明するのすっかり忘れてたやぁ~!」
「旅籠様……ですよね?」
「そうだよ」
「もう! せめて一言言ってくださいませ!」
「ごめんて!」
いつもの旅籠らしい様子を見た異形たちは、ほっと胸をなでおろす。
やはり旅籠はこうでなければ。
警戒していた布房と角も顔を見合わせて頷きあい、傍に寄った。
「んで、今のは誰でさ?」
「シュコン。私が食べた魂蟲にシュコンの魂が混じってたらしくてね。土の中に二千年いたらしい」
「に、二千……」
「で、そこから掘り返して食べた私に感謝してくれてて、危険な時に変わってくれる約束をしてる。ほら、捕まってた時なんだけど、実はシュコンが体を癒してくれたんだよ」
「そうだったのですか!?」
「魂は多いけど体は一つ。肉体はボロボロだったんだよね」
「あわわ、私……旅籠様の恩人に大変失礼なことを……」
「いやシュコンも説明不足だったし、私が説明してなかったのもあるから……気にしないで?」
うん、これは私とシュコンに非があることだ。
異形たちは何も悪くない。
さて……そろそろシュコンが言っていたことを思い出そう。
切り替わっても意識は切り離されないので、周囲で起きていることは把握している。
シュコンは崩落村の異形たちのこと“異傀儡衆”と言っていた。
これが彼らの総称なのだろう。
そして、異形の戦力の要とも言っていた。
大変興味深い話ではあるが……さて、彼らに何をさせて褒美を取らせるのがいいだろうか。
「うう~ん、まぁまだ無理だなぁ」
「まだどんなことができるのかもわかっていませんし、そもそも来たばかりで疲弊しています。暫くは休ませてあげてもいいかと」
「まだ人間の城に攻める予定もないしね。じゃあそうしよっか。よーし、そんじゃ角! 一回戻ろう!」
「了解しました! 上に戻るなら僕の背中に乗ってね」
「じゃあ遠慮なく乗るでさよ!」
角が伏せて乗りやすくしてくれたので、全員がそれに乗る。
布房は下の方に留まるということだったので、私、月芽、黒細で本丸へと戻った。
背中の上で、二人に話しかける。
「戦力集めはヤガニ衆に期待かな?」
「そうですね。これからは異形たちの強化に取り組むのがよいかと思います」
「あっしも同じ意見でさ。けど、雪女はまだ近くにいるはずでさ。そっちは早く取り掛かったほうがいいと思いやすよ」
「ううーん、そうだねぇ……。でも五昇が帰ってきてないんだよなぁ」
報告に行ってもらってからまだそこまで日は経っていない。
帰ってくるのにはもうしばらくかかるだろう。
彼女の索敵能力は目を見張るものがある。
大きく動く場合は五昇を一緒につけて動いた方がいいだろう。
なので、これ以上の戦力強化も五昇が帰ってきてからになりそうだ。
「とりあえず蜘蛛を殲滅しに行った石の異形たち待ちだね」
「そういえば蛇髪様はどこへ行ったのですか?」
「あれ、そういえば見てないな」
「薬草でも取りに行ったんでやすかね~?」
「だといいけど」