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和風異世界いかがですか  作者: 真打
第八章 不落城にて
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8.11.聞いた話


 可憐な巫女服姿の御代はよく目立つらしく、歩いているだけで領民から声をかけられたり、風たちからは何処へ行かれるのか、などと聞かれたりで思うように進めない。

 毎度雪野が軽くあしらって目的地へと急ぐのだが、雪野も美しい姿をしているので彼女目当てで声をかけられることもしばしばあった。


 二人は似たような扱いをされて苦笑いを浮かべつつ、なんとか古緑がいる屋敷へと来ることができた。

 到着するや否や使用人に古緑の居場所を聞き出すと、意外とすぐに案内をしてくれる。

 安堵しながら案内にしたがって進めば、彼は居間で茶を飲んでいた。


「お? 御代様……!? なぜこちらに……。雪野殿も」

「聞きたいことがあって……」

「左様か……。まぁ、座られよ」


 使用人が二人分の座布団を敷く。

 追加で用意していた湯呑みを机に起き、茶を注いで二人の前に置いた。

 それから一礼をしたあと、すぐに部屋から出ていってしまう。

 雪野がペコリと会釈して礼を言うと、優しく笑ってその場をあとにした。


「して、聞きたいこととは?」

「異形について教えてください。その……特徴とか……」

「ふむ……」

「お願いします萩間様。必要なことなのです」

「御代様が自ら乗り出すことは珍しいですな。無論お答えしたいのですが……」

「「ですが?」」

「……如何せん、知っているだけで、あの文献を隅々まで読んだわけではありませんでな……」


 古緑はそれを後悔しているところだった。

 異形がこれほどの力をもって襲ってくるなど、誰が想像しただろうか。

 あの存在の危険性を記した書物を持っていたというのに、まともに調べようとしなかった自分が情けない。


 確かに古緑はこの不落城にいる誰よりも異形のことを知っているだろうが、人より知っているだけで詳しいわけではないのだ。

 そのため……御代の問いに答えられるだけの知識を持ち合わせていない。


「そ、そうでしたか……」

「萩間さん。異形はなぜ強くなったのですか?」

「……旅籠殿が異形共に名付けをしたからだと私は考えている。覚えているか、雪野殿。継矢家の文献の内容を」

「……従属と名付けで異形は変化する、っていうあれですか?」

「そうだ」


 雪野はそこでハッとする。

 旅籠がボロボロの巾着袋を持っていたことを思い出したのだ。

 あの時は……涙ながらに助けてくれた人のことを教えてくれた。


 思考が一気に加速する。

 異形の地に落ちて助けてくれる存在は、異形しかいない。

 旅籠は彼らと一度別れており、それが今生の別れとなっていたからこそ涙を流して彼らとの別れを惜しんでいた。

 涙するほどに感謝したのだ。

 異形たちは……旅籠にとって特別な存在になっている。

 異形たちも旅籠をここまで連れてくるために尽力したに違いない。

 そしてあの巾着袋を作ったのが異形たちであるならば……!


「名付け……してる……」

「……なに?」

「旅籠さん、ボロボロの巾着袋を大切そうに持っていました。それは、旅籠さんを助けてくれた人にもらったものだそうです。その人は……一緒には行かない、と別れたそうですが……」

「その救ってくれた者が異形である可能性は十二分にあるな」


 異形は旅籠に従属し、旅籠は異形に名を授けた。

 その結果、異形たちはあそこまでの力を得たのだとするならば……。


「文献の通りか……」


 古緑は頭の中であの文字を復唱した。

『異形はあやし(奇妙)。従属すと(すると)身作り変ふ(身を作り変える)。名をまうけば(授かれば)生導きいだす(生を導き出す)


 継矢家が記した異形についての文献。

 今一度もっと深く知ろうとしておけばよかったと後悔の念が渦巻く。

 だが今更どうしようもないので、誤魔化すようにして茶を飲んだ。


「あの、萩間様……」


 御代が恐る恐るといった様子で声を出す。

 視線を向けて話を聞く姿勢を作れば、一拍置いて言葉を紡ぐ。


「私と雪野様は、異形たちが未だに攻めてこないことに疑問を抱いております……。萩間様であればその理由を知っているのではないかと思い、此度はここまで赴いたのです」

「驚異の排除だと私は考えている」

「驚異の排除……」


 二人は妙に納得した様子だ。

 今の異形が脅威としている存在など、妖怪くらいしかいないだろう。

 人間の領土を攻める前に、挟撃されないように先手を打っておく。

 道理だ、と雪野は思った。


 と、するならば。

 古緑の言葉が正しいのであれば、不落城近辺の山にいる異形の数は少ないはずだ。

 いくら強くなった異形とはいえ、妖怪相手に戦力を大きく分散することはしないだろう。


「こちらから挟撃はしないのですか?」

「本来であればするつもりでございましたが……。数が足りませぬでな」


 そう言いながら古緑は難しい表情をした。

 数日前、秋と冬の風の若い衆が勝手に一山に入っていったっきり戻ってきていないのだ。

 このことに他の風はもちろん、颪でさえも警戒をしておりまともに戦える人数が集まっていない。

 冬の風たちも集結しつつはあるのだが、未だ強気に前に出られるほどの戦力は集まっていなかった。


 入山禁止令を出しているのは戦力を集めるためだ。

 また勝手に入られて勝手に自滅されては、いつまで経っても強気に出られない。


 とはいうが、この不落城には多くの戦力がすでに集結している。

 長い間この不落城に住んでいる御代はそのことをしっかりと把握していた。

 一致団結すれば一山くらいは奪えるのではないだろうか。

 そう首を傾げて古緑に問うた。


「敵が分からぬのですよ。未知の敵を相手取るというのは骨が折れるのです」

「そ、そういうものですか……」

(……これは建前だがな……)


 古緑は異形と戦うのであれば“必ず籠城戦”と決めていた。

 以前無謀にも一山に入った若者たちも、決して弱かったわけではない。

 だが風が一人として帰ってきていないことが問題だった。

 生き証人がいないのであれば異形の脅威を伝えられない。


 未だに、異形を軽視している者たちは大勢いる。

 そんな状態で攻め手に回ることなどできるはずもない。

 であれば妖怪たちに異形を減らしてもらい、残った戦力で攻めてきたところを返り討ちにするのがいいと考えていた。

 異形に対する認識を変えるためには、まずこれが必要だろう。


 故に今は待ちの状態だ。

 あとはどれだけ味方を集められるか。


「む、すまぬな。実は来客の予定があってな……」

「あ、そうでしたか! 急に押しかけてしまって申し訳ございません」

「すいません、萩間さん」

「構わぬよ。御代様、雪野殿。巫女の立場上歩き回るのは難儀でしょう。今宵はここに泊まっていかれよ」

「ではお言葉に甘えて」

「ありがとうございます」


 古緑は立ち上がり、部屋を後にする。

 少し離れたところで足を止めると、背後には津留がいた。


「どうだった」

「赤巫女が分かりました」


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