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和風異世界いかがですか  作者: 真打
第八章 不落城にて
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8.7.畑仕事……!


 山から降りてきた冷たい風が肌を撫でる。

 山は真っ白で既に雪が積もっており、降りてくる風は酷く冷やされていた。


 風は冷たいはずなのに……。

 それを心地よく感じている自分がいる。

 汗をだらだらと流しながら息をあらげて膝をつく。

 重い体をなんとか動かし……畑に水を撒いた。


「ぜぇーーーー、ぜぇーーーー……!」

「ふぅー。はは、やるじゃねぇか!」

「死ぬ……!」

「しにゃしねぇよ」


 水を汲みに行って、帰ってきて、畑に水を撒く。

 たったこれだけの作業ではあるのだが、早瀬は百回以上これを繰り返していた。

 同じように作業を繰り返しているはずの八角はピンピンしており、息すら切らしていない。

 今も平気な顔をして果樹園に水を撒いていた。


 どういう体の造りをしているのか甚だ疑問だ。

 こちらは思考体術があるはずなのだが……疲れるのは疲れる。

 というより……筋肉が悲鳴を上げていた。


 やろう、と思えば肉体ができる範囲内で様々なことを思うようにできるのが思考体術。

 肉体の限界を越えることはできないので、体を鍛える必要があった。

 これは……まさにそれだろう。


「きつい……!」

「そりゃそうさぁ。思考体術は"その時"動かせればそれでいいからな。鍛えるのは別よ。体を休める必要があるんだよね~」

「は、走ってるときは……全然……そんなこと……」


 長い距離を走ったが、あの時は意外と余裕があった。

 それを聞いて八角は首を横に振る。


「走る限界ってのは結構余裕があるもんだ。飛脚がいい例だな。んまこの話はいいとして。今は君に体を作ってもらっているところだ」

「そりゃ……分かって……ますけど……」

「なはは~! 若いのがへばってるのは見てて楽しいねぇ!」


 性格悪いなこいつ、と心の中で叫ぶ。

 上がらなくなってきた腕と腰を気合いで持ち上げ、空っぽになった桶に水を汲みにいく。


「あ、水はもういいぞ?」

「ほべっ!」


 その言葉で解放された早瀬は地面に倒れた。

 安堵した瞬間、体が鉛のように重くなる。


「な、なんだぁ……!?」

「おーおー、やっぱりこうなるか。よしよし、じゃあ君に思考体術についてもう一度しっかり教えておこう」


 軽い足取りで目の前まで来ると、そこにしゃがみこんで地面に絵を書き始はじめる。

 棒人間が描かれ、その周囲に武器や桑などが描かれる。


「萩間のおっさんから齧る程度に説明は受けていると思うけど、まず思考体術はやりたい、と思ったことができるようになる力だ」

「……はい」

「だがそのやりたいことは、自分の肉体でできる範囲に留められる。まぁつまり、丸太は持ち上げられても大岩は持ち上げられないってことだな」

「微妙に分かりにくいです」

「理解して?」


 んなむちゃな。

 だが理屈は理解しているつもりだ。

 実際体に叩き込まれて教えられたわけなのだから。


「自分の限界を越えることはできない、ですよね。俺はほとんどの攻撃を受けれるけど、多分本気の萩間さんの攻撃は防げない」

「お、いいね理解してる。ではどうするか。肉体を鍛え、目を鍛える」

「目?」

「見えなければ防げないからねぇ」


 道理だ、と頷く。

 すると八角は更に絵を描き、棒人間の回りを集中線で囲った。


「肉体を鍛える時、思考体術を使いながらだと限界が近いにも関わらず無理に使おうとする。疲労は警告。だが思考体術はそれを無視できる」

「……」

「無理が祟って、君はそうなった」

「限界は越えられないのでは……?」

「その時と持続は別。それこそさっきの丸太と大岩の例えだ」


 なるほど、と早瀬は唸る。

 鍛練の場合は思考体術を持続させ続けることができるのだろう。

 つまり永遠に筋トレを行えるということだ。

 その限界を越えて鍛えようとすれば、今のようになる。


 一方その時思考体術を使う場合、肉体の限界以上の力を発揮することはできない。

 これは前から分かっていたことなので、これ以上の説明は不要だろう。


 すると八角が棒人間にばってんをする。


「これは体を鍛える強みであり、弱点でもある。なんでかわかるか?」

「え? ま、まぁこうして動けなくなるわけですから……」

「半分正解。残りの半分を正解させるには状況の説明が必要だ。いいかい、早瀬」


 八角がこの上なく真剣な表情をする。

 棒人間を更に塗りつぶし、その危険性を増長させた。


「戦いの最中、思考体術は一度として切ってはならない」

「……はぁ」

「体を鍛えている時と、戦う時に使い続けるのは全くの別物だ。疲労の蓄積が激しく、気を抜けばそのようになる。これだけは覚えておけ」


 鋭い眼差しに、早瀬は有無を言わさず頷いた。

 反応したことに満足したのか、八角は立ち上がって水桶を片付ける。


「暫くしたら動けるようにはなる。それまではそこにいな~。お前少なくとも秋か冬の風だろ? じゃあ回復も早いから」

「あ、四季の風だそうです……」

「おお。珍しや」


 じゃあ問題なさそうだな、と口にして小屋の方へ歩いていってしまった。

 その後ろ姿を地べたに這いつくばったまま見送ったあと、頭をべしゃっと地面につける。


「首が……。うぐ、これ本当に動けるようになるのか……?」


 未だにピクリとも動かない体を案じながら、時間がすぎるのを待った。

 するとようやく体が動かせるようになり、立ち上がることはできたが……鋭い筋肉痛が早くも訪れ、歩くのに支障をきたしている……。


 動かせるようになってもこれじゃ意味ないな……と思いながら筋肉痛に耐えていると、八角が戻ってきて手招きをした。


「今日は休もうか~。ほれ、こっちおいで」

「ゆ、ゆっくり……行きます……!」

「じゃあ扉は開けておくぞ~」


 早瀬は重い体を引きずりつつ、なんとか八角の家へと入ることができたのだった。


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