8.6.新たな師匠
修復されはじめている不落城を横目に見ながら、古緑は城下町の外へと早瀬を連れて行った。
これから紹介される予定の男は秋と冬の風であるらしく、寒い時期にここに戻ってきて畑仕事をするらしい。
農民上がりらしく、同じ風たちからはあまりいい印象を抱かれていないのだとか。
そういう差別はこの世界でもあるんだな、と思いながら早瀬は古緑の後ろをついていく。
外に行くほど被害の規模は少なくなっており、完全に城下町の外に出れば少し家屋が傾いているだけで城下町ほどの被害は確認できなかった。
そんな小さな被害も、もうすぐ完全に修復してしまうようだ。
大工たちが『終わった終わった』といいながら城下町へと戻っていする姿をちらほら見かける。
因みに雪野は孫六と共に屋敷へと戻った。
これから先は早瀬の努力次第で戦線に加われるかが決まるので、邪魔者は少ない方がいい。
修行に集中できるようにと雪野も配慮してくれた。
早く戻って一緒に旅籠を連れ戻そうと今一度胸の内で覚悟を決めていると、目的地にたどり着いたらしい。
畑が幾らか広がっており、田んぼもあるらしい。
そして果樹も数本生えており、柚や渋柿などがぽつぽつと実を付けていた。
そこを管理するように一軒の家がぽつんと建っている。
農民が過ごすには少々豪華な造りだ。
豪華というより小奇麗であると言った方がいいだろうか。
古緑はその家の扉を叩いた。
「八角、いるか。萩間だ」
「いませーーーーん!」
「いるではないか」
ガラァッと扉を開けると、つっかえ棒をしようとしていた八角の姿が目に入る。
心底嫌な顔をした様子の八角がこちらを見上げているが、古緑は心底あきれた様子で彼を見下ろしていた。
「貴様に仕事を持ってきた」
「間に合ってます」
「遠慮するな」
「あんたが持ってくる仕事は基本的に戦うやつばっかじゃないですかぁ! てかなんで戻ってきてんだジジイ! 大人しく隠居しとけぇ!」
「ほぉ?」
「アッスイマセン。口が滑りました……」
敬語だったり口調が崩れたり、大きな声を出したり委縮したり忙しい人だな……と思いながら早瀬は彼の姿をまじまじを見た。
年齢は三十代前半といったところだろうか。
髪の毛が長く邪魔になっていそうだが、彼はあまり気にしていないらしい。
体つきは細く、本当にしっかり食事を摂っているのか疑問だったが、腕についている筋肉だけはよく見えた。
着やせするタイプなのかもしれない。
顔は若干老けているが、おそらく髭のせいだろう。
剃ればもっと整った顔が出てくるはずだ。
面倒くさそうにバリバリと頭をかく八角は、ようやくこちらの姿を認識した。
「……なんですか、こいつ」
「お主がこやつに剣を教えてやれ」
「……は? ……はああああああ!? いやいやいやいや! 絶対に俺より適任いますって! 無理無理! 絶対無理!」
「衣食住」
「うっ……」
嫌な言葉が聞こえた。
八角はあからさまに顔をひきつらせる。
「私はお主の腕を買って配下に置いたのだ。好きな百姓仕事もできる、住む家もある、食事も衣服も工面した覚えがあるが……」
「ああああああはいはいはいはいわっかりました! わっかりましたよやりますよ! やりゃあいいんでしょやりゃあ!」
言葉遣いは悪いが了承してくれたことに満足した古緑は小さく笑う。
そしてもう一つ頼み事を投げつけた。
「一月で仕上げろ」
「それは無理だろおおおお!?」
早瀬もこれには苦い顔をする。
一ヶ月でスパルタ的に叩き込まれるのは勘弁願いたいところだ。
とはいえ状況は一刻を争うかもしれないので、早いに越したことはない。
そういう意味で見れば一ヶ月で戦力にしてもらえるだけありがたいのだが……。
八角は全力で拒否をしている。
彼自身、戦いをあまり好んでいないことは先程の会話から読み取れた。
それに普通に考えて一ヶ月で仕上げるのは不可能である。
「流石に無理! 何をどう積まれたって脅されたってそれだけは無理! 最低でも三月くれ!」
「なにも全てこなせるまで預けるわけなかろう。妖と戦える力を最低限培わせるだけでいい」
「え、それでいいの?」
(それならいいの!?)
なにを言っているんだと思ったが、彼は本気でできる自信があるらしかった。
とはいえ彼の考える最低限とは、いったいどのレベルなのだろうか?
気にしていると、古緑がしっかり釘を刺す。
「分かっているとは思うが、ろくろ首衆と打ち合えるくらいには仕上げろ」
「へぇへぇ……。なら半月ありゃ十分だ」
(半月!? 修行期間短くなった!)
「無理させるなよ」
「本人次第だけどな」
ようやく会話を終わらせたところで、八角がこちらを見る。
頭のてっぺんから足の指先までを一通り見たあと、目を見開く。
「おい、こいつ……」
「思考体術」
「は、はじめまして! 早瀬陸です!」
「渡り者かよ! じゃあ稽古なんて必要ねぇじゃねぇか! あれでいいんだな!?」
「ああ。あれでいい」
言質を得た、とニヤリと笑った八角はすぐに早瀬の肩を掴んで笑いかけた。
「ハハハハ、こりゃいいや! 早瀬よぉ、まずは仕事手伝え!」
「し、仕事?」
「畑に撒く水汲みにいくぞー!」
「水!?」
そのまま無理矢理引っ張られていき、八角と早瀬はどこかに消えてしまった。
やれやれ、と言った様子で息を吐いた古緑は目を伏せる。
実力は確かなのだが、やる気がなくて困る。
だがそれは彼のほんの一部。
もっと面倒くさいことがひとつあった。
「もう一人は上手くやってくれるだろうか?」
そう呟いてから、暫く暮らせるだけの金を置いて小屋を出ていったのだった。