1.11.仲の良い異形
私は自分用にあてがわれた家を外から見ながら、ため息をついた。
雨は凌げるが、風はそんなに防ぐことができない。
夜になるとツギメが言っていたように、ワタマリが集まってきてくれるので防寒的には問題がないが……家として守られるべき壁がないというのは許せなかった。
「空蜘蛛兄弟」
「「はいはい?」」
「これ少しでも直せないかな」
「ううーん、建築技術を持つ異形はいないんですよねぇ」
「そうなんですよねぇー」
足元でそう答えてくれたのは、やけに足の多い蜘蛛の異形の空蜘蛛兄弟だ。
彼らは異形の中でもそこまで気持ち悪い姿をしていないので、すぐに打ち解けることができた。
他にもクロボソ、ワタマリはもちろん、ツギメとも普通に接することができている。
さすがに粘液質系の異形にはまだ慣れないし、ああいうのに限って賑やかな性格ではない。
すべての異形と仲良くできるのは、まだまだ遠い未来かもしれなかった。
とはいえ話しやすい異形が居てくれるのは非常に助かる。
今日までいろんな異形と挨拶をしたが、やはりこの空蜘蛛とクロボソ、ツギメが最も話しかけやすい。
他の異形は話せない代わりに、沢山コンチュウを持って来てくれてはいるんだけどね。
マジで美味いんだよなぁ。
「あ、そういえばツギメみたいに人間の姿に結構近い異形がもう一人いるって聞いたけど……」
「ああ、落水様ですね」
「落水?」
聞き返すと、空蜘蛛兄弟がコクリと頷いた。
「異形の中でも人間の姿に近く、力も強い異形。そんな異形は“異形人”と呼ばれています」
「ツギメは違うの?」
「彼女は強い力を持っていないので、異形人ではありませんね」
「へぇ。じゃあ落水って人は用心棒みたいな感じなの?」
「い、いえ……。それが気難しい性格でして……」
強い人って、そうだよね。
どうやら落水という異形人は、北にある湖に滞在しているらしい。
ここから二日歩いた先だ。
強いとは言うが、実際どれ程のものか異形たちは知らないらしい。
しかし日本刀を一振り所持しているらしく、噂では大木を斬る程の技量を持っているのだとか。
それが確かなら、凄まじい剣の腕を持っているということになる。
会いに行こうとは今のところ思っていないので気を使う必要はないのだが、その異形人がこっちに来てくれたら、人間の領地に向かうことができるかもしれない。
とりあえず覚えておこう。
だがまずは……。
「生活水準を上げたい」
「「……?」」
風呂もなければ服もねぇ!
ましてや敷布団すらないんだから違和感が凄い!
まだここに来て二日目だけど、既に体が痛いんです!
しばらく滞在することが決まったので、可能な限り生活水準を上げて気持ちよく寝起きくらいしたい。
食料は奇跡的に何とかなってはいるが、寝床には難ありである。
「そういえば異形って何食べてるの?」
「苔です」
「苔」
「はい」
苔。
……私は考えることを止めた。
まずは家の補強、修繕。
寝具を作ったりもしたいし、風呂は確実に用意しておきたい。
それとまともな服が今着ているもの一着だけ、というのは心もとなすぎる。
せめてもう二着ほど、この世界に紛れ込めるだけのものが欲しいところだ。
「優先順位的には寝具、家の修繕!」
「……え、家を直すのですか!?」
「直す! 因みに知識はない!」
「そ、そんな堂々と言わずとも……」
まぁね?
できたとしても突貫工事……。
あるもので何とか知恵を働かせるくらいしかできないが、やってみることに意味がある。
だが修繕するためには、建材が必要だ。
それを調達できる異形がいないか、空蜘蛛兄弟に確認を取る。
木材、石材なんでもいい。
木材は家の修繕に充てて、石材は風呂なんかに充てることにする。
加工ができるのであれば万々歳だ。
しかし、二匹の反応は悪かった。
「いるっけ……? そんなことが得意な異形……」
「木材はまだしも、石材はなぁ……。加工となるともっと無理かも。木樹たちでも無理なんじゃない?」
「そもそも彼らは木々を守ってるから切り倒すの許可してくれる?」
「む、難しそう……」
「……え、調達すら難しい感じ?」
そう聞いてみると、二匹はコクリと頷いた。
どうやら木樹という異形が木々を守っているらしく、彼らがいる限り無許可での伐採は難しいとの事。
木樹という異形は木の根っこが絡み合った姿をしているらしく、不格好な姿で歩き回る。
木々の数だけ力が増えるので、木の一本一本を大切に扱っているらしい。
力の源を勝手に伐採されてしまえば、怒ってしまうのは目に見えていた。
因みに炎や斬撃に弱いらしい。
どうして今それを私に教えたんだ?
「まぁいいか。ううん、交渉とかできないかな?」
「できると思いますよ。許可してくれるかどうかは分かりませんが」
「どこにいるか分かる?」
「大木の近くによくいますよ。数は多いのですぐに見つけられるかと」
「お、じゃあ聞きに行ってみるか」
空蜘蛛兄弟の道案内の下、村からほんの少し離れた森に来た。
この辺りは、確か怪蟲が出るとツギメに教えてもらった場所の近くだ。
少し不安になりつつも、木樹という異形を探す。
すると、あっさり見つかった。
大木の根っこから体を出してこちらを見ている。
確かに木の根が絡み合った姿をしていた。
可能な限り人間に似せようとしていいるのか、二足歩行を披露しながらこちらに一体が近づいて来る。
木樹はミシミシッと音を立てながら、首らしき部分を曲げた。
首を傾げている様子を再現しているらしい。
「木樹さん、旅籠様の住まわれる家の修繕に木材が必要なんです。いくつか見繕ってくれると嬉しいんですが」
「──」
「あ、やっぱり喋れないんだ」
「まぁ木の根の異形ですから。でも意思表示はしてくれますよ」
空蜘蛛兄弟の言う通り、木樹はミシミシとまた音を立てながら腕を振った。
……横に。
「……ダメ?」
「──(頷く)」
「駄目らしい」
「木樹! 渡り者である旅籠様のお願いを断るとは一体どういうことだ!?」
「そうだぞ!?」
「いや、いいからいいから! また別の方法考えよう!」
「「しーかーしーぃー!!」」
わにゃわにゃと叫ぶ空蜘蛛兄弟の背を押しながら、とりあえず他の方法がないか考え直すために、一度家に戻ったのだった。
前途多難である。