8.3.己の流派
不落城の城下町は今現在多くの人手が動員されて片付けが遂行されていた。
多くの瓦礫を撤去してなんとか地面が見える場所も増えてきたように思う。
しかし時折見つかる痛いに胸を締め付けられながらも、彼らは瓦礫の撤去を続けていた。
早瀬もその内の一人だ。
こうなってしまったのは友人である旅籠がなにかをしたせいである。
あの巨大なムカデ……。
それが大地震を起こしたということを早瀬は知っていた。
身体能力の向上と思考体術のお陰で他の人たちよりも作業速度は早く、一人で一件の瓦礫を片付けてしまうことも何度かあった。
何度か声をかけられたが人と話す気分ではなかっため、軽く受け流して考え事をしないように作業の集中し続ける。
気づけば片付ける瓦礫はもう残っていなかった。
「……ふぅ」
汗を拭おうとしたが、一滴たりとも汗はかいていなかった。
これが四季の風の力なのかもしれない。
相当体力がついたようだが、あまり実感はないのが現状だ。
なんだか妙な感覚である。
パンパンと手を払ってから周囲を見渡した。
どうやらこの辺りに片付けるべき物はもう残っていないようだ。
「君、すごいねぇ」
「……はぁ」
急に声をかけられた。
白を基調とした和服を着ており、腰には少し長めの日本刀が携えられている。
黄色の布で襷掛けをしているので、彼もどこかで片付けをしていたのだろう。
手がいくらか汚れている。
ほっそりとした目で笑っている姿は非常に柔らかく、一目でよい性格をしていそうだということが分かる。
雰囲気も朗らかで優しい。
そんな彼は黒い髪の毛を後ろで結んでおり、いくらか小さい装飾品が取り付けられていた。
「どうも初めまして。君、冬の風?」
「いや……違います。あ、でもあってるのか……?」
「んん? どういうこと?」
「四季の風らしくて」
「へぇーーーー! めっずらしいねぇ!」
大袈裟なリアクションをしながら近づいてくると、物珍しそうに周囲を回りながら観察してくる。
なんなんだこの人は、と眉を潜めていると、その視線に気づいたようで詫びながら適切な距離をとった。
「あはは、ごめんごめん。ってことは君も戦いに参戦するんだよね。どんな流派を使うの?」
「あー……」
言われて思い出した。
早瀬はまだ自分の流派というものを見つけていない。
そもそも誰かから習うべきものなのではないか、とは思うのだがいつぞやに古録から否定された。
未だに納得はしていないが……やるしかなさそうだということは分かっている。
どう返事をしたものか悩んでいると、彼は首をかしげた。
「ないの?」
「まぁ、はい。あの……流派って自分で見つけなきゃいけないんですか……?」
「うーん、家系によって違うけどね。一族は同じ流派を使うよ。親と子で流派が違っちゃ変だし。てことは……。いや、なんでもない」
そう言って首を横に振る。
気になる言葉を残さないで欲しい。
早瀬は思わずため息をついた。
自分の流派……というとり戦闘スタイルが確立されなければ戦いに出してくれなさそうだったからだ。
これで何が変わるというのだろう。
「悩んでるねぇ」
「そりゃ……まぁ。いろいろあったんで」
「流派がないなら作れば良い。でもそれができないから困ってるんでしょう?」
「平たく言えば」
「じゃあ体で気づくしかないね」
片付けたばかりの瓦礫に手を突っ込むと、少し長めの廃材を取り出した。
丁度いい硬さで打ち合うのには十分だ。
それを早瀬に投げ渡す。
「っと……。え?」
「だから言ったでしょう? 体で気づくしかないって。それにこれから一緒に戦う仲になるんだからさ! 実力くらい知っておきたいじゃーん?」
もう一本長めの廃材を取り出した瞬間、ばっと構えて近づいてくる。
足音を消しなが接近され、一瞬呆気に取られてしまう。
というより……一瞬で移動してきたかのように感じられた。
「油断大敵。妖は待っちゃくれないよ」
「ぬぉ!?」
下段から振り抜かれた攻撃を何とか往なして距離を取る。
ブンブンと回して仕切り直した彼はにこりと笑う。
「冬の風、若衆筆頭鍵城天満。いざ参る!」
「ちょちょちょちょ……!」
ざっと踏み込むと地面を強く蹴って肉薄する。
攻撃の速度も速いが移動も速く、急な対処を求められた。
だが意識の中に入ってしまえば早瀬の思考体術が輝く。
どんな攻撃にも適切に対処して受け流し、再度距離を取ってこちらもそろそろ本気で掛かろうと息を細く吐いた。
やる気が伝わったのか鍵城の顔が緩んだ。
本当は誰でもいいから何かしら理由をつけて戦いたかっただけなのではないだろうか。
そんな幼稚な考えが見え透いている。
なぜなら……鍵城は満面の笑みで対峙していたからだ。
すると手に持っている棒を槍として使うことにしたらしい。
真ん中を持って軽く回したあと、ぱっを顔を上げて突っ込んでくる。
間合いに入った瞬間に棒を打ち出し、何度か突き技を繰り出してくるが早瀬はもちろんそれをいなす。
思ったより防御が硬いことに笑ったところで下段から渾身の一撃を繰り出した。
早瀬は叩きつけるようにしてそれを阻止する。
二本の材がぶつかり合った瞬間、へし折れる音と共に宙を舞う。
双方の武器がこの一瞬で破損した。
折れた材が地面におちると音がこの仕合が終わる合図だった。
「んーー。君、守りは堅いね。対人向きだけどそれでいいの?」
「え……?」
「あのね? 妖怪が武器使うなんてことはあんまりないんだよ。まぁ弱い妖怪は武器使うけどさ。んで本題。君、このままじゃ本当に強い奴には勝てないよ」
鍵城はぺっと手に持っていた材を放り投げた。
それは瓦礫や廃材をまとめていた場所に突き刺さる。
手に付着した汚れを払ったあと、もう一度早瀬を見た。
「小細工は妖怪に効かない。んま、君はまず鬼に勝てるようにならないとね! そんじゃ!」
吐き捨てるようにそう言い放った鍵城は背を向けてすたすたと歩いていく。
彼の背中を呆然としながら見送ったが、言われたことは正しいと感じていた。
「己の流派か……」
そろそろ本気でこの問題にぶつからなければならなさそうだった。