7.14.魂の願い
「……私の体はしっかり睡眠をとっているんだよね?」
『案ずるな主殿。次に目を覚ます時は全快しておりましょうぞ』
「じゃあ安心」
色とりどりの蛍のように、光る魂が周囲を彩っていた。
綺麗な清流が流れ、見事に整えられた低木や木々たちが並んでいる。
ここはシュコンと出会った場所であり、自分の夢の中であるということにすぐに気づいた。
会えて嬉しそうなシュコンは、下半身の青白い炎を一際大きく燃やしていた。
あの時以来か……。
シュコンには本当に助けられたな。
さて、色々聞きたい事があるんだけどまずは……。
「どうしたらシュコンに会えるん?」
『我の気分』
「ふざけんな」
『というのは冗談だ。主殿が我と話がしたいと思えば無論可能。されど、しばし力を必要とするのでな……』
「そうなの?」
夢の中で話す理由は、意識が覚醒している時より使う力が少ない為なのだという。
そしてこれは連続して使うことが出来るようなものではないため、旅籠が危険に陥ってすぐに切り替わることができる様に、安全な場所以外では力を使わず温存していたらしい。
なるほど、そういうこともあるのか。
じゃあむやみやたらに話しかけていいというわけではないんだね。
なら他の事を聞こう。
「そんじゃさ。異術について少し教えてよ。月芽の事についても気になる」
『継ぎ接ぎの異術か。ではまず……そうだな。異術は際限がない、とだけ言っておこう』
「……つまり、妖力が無くなったから妖術が使えないとかそういうのは……」
『ない。異形が扱う異術は名を与えてくれた者……つまり主殿との信頼関係に起因する。異術は主殿が使わせていると考えられよ』
「私は皆の異術を止めることが出来るって事?」
『然り』
んー支配してる感じがして嫌だなぁ……。
まぁ皆の戦いを邪魔するつもりは今のところないし、できるってことだけ覚えておけばそれでいいか。
一応納得したので頷く。
それを確認してからシュコンは継ぎ接ぎの異術について教えてくれた。
『面目ないが、我も分からぬ』
「ワカラヌ」
『そも、異形人は珍しい。奴らが扱う異術は他の異形とは違うのでな』
腕を組んで唸りながらそう教えてくれた。
二千年前から生きているシュコンでも、異形人についての知識はそこまで多くないようだ。
確かに月芽と落水の使う異術は他の異形たちとどこか違う気がする。
威力とか特に。
「あ、そうだ。月芽はどうして記憶を失くしていたのか分かる?」
『名を忘れていたからだ。異形人に堕ちた時の衝撃。あれは想像に難くない……』
「蟲を食べるわけだもんね。十匹」
『然り。恐らく月芽は喰わせられた。己の意志で喰らったならば、名を覚えているだろう』
「……落水さんは覚えてたな」
落水は人間に復讐したいと言っていたが、その理由がなんとなく想像できる。
勝手な想像なので決めつけはできないが……もし私が思っている通りのことが起きたのであれば、彼の気持ちは分からんでもない。
「……月芽が人質に取られたのかな……?」
『ふむ、人間がやりそうなことだ。解放条件に魂蟲を喰らえと命じられたか』
「でも月芽も……」
『喰わせられた、やもな。辻褄は合うが月芽はこの事を思い出しておらぬ様子。主殿、口にする事は……』
「流石に分かってるよ」
そんなにデリカシーのない人間ではないつもりだ。
話をして記憶を思い出させたいわけでもない。
月芽はあのまま……元気な姿で居てくれた方が私も落水さんも安心できるだろう。
シュコンが暫く黙ってこちらを見ていた。
それに気付いて彼の顔を見ると、一つ炎を作り出す。
『主殿。一つ聞いてほしい』
「なに?」
『魂の願いと、主殿への影響を』
「影響……?」
なんだか不穏な話が飛んできた。
覚悟して聞いておかなければならないのだろうか、と不安になったと同時に彼は再び説明を始める。
どうやら待ってはくれないらしい。
『主殿が喰らった魂は皆『帰りたい』と願っている。その考えは宿主である主殿に直接届き『帰らせたい』と願うようになる』
「……? うん」
『主殿の今の考えは、他の魂の願いによって助長された小さな感情であるやもしれぬということだ。つまり……今の主殿の考えは、本来主殿が持たなかった感情であるというこ──』
「関係ないよ」
シュコンの言葉を遮って、そう言い切った。
これに暫く固まっていたシュコンだったが、一つ咳払いをして炎を一度広げる。
別に長ったらしい説明が嫌になったわけではない。
それにシュコンが言いたかったこともしっかり理解している。
私がこうして異形の前に立ち、人間と敵対する選択をしたが、それは私の本当の選択ではないとでも言いたいのだろう。
だがそれを今知ったところでどうなるというのだ。
もう起こってしまったことをやり直すなどできるはずがない。
これはシュコンにだって止められなかったことだ。
私のこの選択を予知できるとは思えない。
それに後悔はしていない。
月芽が言っていたように私が今進んでいる道は修羅の道であるかもしれないが、この理不尽な世界を大きく変えることができるのは私だけだ。
この世界を牛耳っている神に嫌がらせをすることができるのも、この私だけなのだ。
「私は神と喧嘩してんだ。これは私の考えで、私の選択だよ」
(……そこなのだ……)
シュコンは炎の勢いを若干落とした。
最も懸念しているのは、その神との喧嘩である。
この世に落ちてきた渡り者はすべてその神と接触しており、その恨みは落ちてきた渡り者の数だけ膨れ上がっている。
この恨みが、旅籠を無意識に突き動かしているのではないか。
シュコンはそう思えて仕方がなかったのだ。
しかしここまで言い切られてしまった。
これ以上説得しても意味がないと察し、シュコンは口を閉じて小さく一礼する。
『ご無礼。愚問でしたな』
「いいよいいよ。教えてくれてありがとうね」
『したらば一つ。良い話を』
「おっ」
『主殿。急ぎ人間の持つ城を一つ落とし、それを黒細に与えるのだ』
そこで目が覚めた。
ふわふわのワタマリベッドは最高であり、思わず二度寝してしまいそうになったがそこは根性で起き上がる。
疲れは取れた。
まだやらなければならないことは多い。
大きく息を吸って高らかに声を上げる。
「皆ぁー! 十山城に行くぞぉ!」
旅籠の声を聞いた一同が、一斉に動き始めた。