7.12.女郎蜘蛛
頭と胴体が分離した女郎蜘蛛は、すぐさま立ち上がってケムジャロと距離を取る。
ケムジャロは手にしていた頭部を見てみると、そこには確かに女の頭部が握りつぶされていた。
それをべっと払い捨てて敵を見据える。
女郎蜘蛛。
美しい女の姿に化けて人間を喰らうとされている妖怪だ。
他にも火を吹く子蜘蛛を使役したり、足から出した糸を蛇のようにして武器にしたりと意外と多彩な面があるとされている。
それで対象を絡めて魂や妖力を吸収するとどこかの文献で読んだことがあるが……。
この世界では、どうなのだろうか。
女郎蜘蛛は背中から八本の蜘蛛の足を出してよろよろと動いていた。
頭部がないのでバランスが取れないのだろうか。
とはいえ相手は瀕死で気をつけなければならない状態。
対峙しているケムジャロも迂闊に飛び出さず、その場でじっと待っている。
「ケムジャロ!」
「──」
「行けるか?」
そう問うと、ケムジャロはぐっと握り拳を作って返事をした。
ここは彼に任せよう。
すると、女郎蜘蛛の首に異変が起こった。
ごぼごぼと奇妙な音が鳴ったと思ったら、そこに蜘蛛の口が生えたのだ。
血液をまき散らしながら生えてきたそれがグロテスクで気色が悪い。
それに不格好でありとてもではないが何かを口にできるような形をしていなかった。
「イギョウドもメガ! イヅヂガラボヅケダァ……!」
「うっわなんて言ってるか分からねぇ……!」
「ユズザンゾォ!」
地団太を踏んでいた途中で急速に走り出し、ケムジャロに突撃していく。
途中で口元の隣りに生えてきた真っ赤な眼球によって視力を取り戻したらしい。
その攻撃は的確だった。
六本の足で走り、残り二本の足で糸を作って手に持たせる。
人間の体の頭部こそなくなったがそれ以外はまだ残っていた。
手に蛇のような太い糸を握って構え、ブンッと振り抜いて鞭のように飛ばす。
「──」
ケムジャロはそれを片手でキャッチした。
その時の音は何かが破裂したのではないかという程の強い衝撃だったが、なんともない様に立っている。
ケムジャロの手は分厚く大きい。
重い為か平常時はだらんと脱力しているのだが……それが使われるとなると防御にも攻撃にも秀でている様だ。
だが、女郎蜘蛛は動じない。
掴まれても問題ないらしく、そのまま走って飛び掛かって来た。
背中に生えた八本の内四本の蜘蛛の足を鋭く伸ばし、ケムジャロに向かって突き出す。
ケムジャロはそれすらも握る。
「ギェ!?」
「──!」
グヂッという汚い音が握り拳の中から鳴った。
掴んだ蜘蛛の足を握力だけで握りつぶし、そのまま大きく振り上げて女郎蜘蛛を地面に叩きつける。
ズドンッ!!
鋭い衝撃音と共に、女郎蜘蛛の肺の中の空気がすべて吐き出された。
まともに叩きつけられたため動きが鈍くなる。
そこをケムジャロはもう一本の腕をしならせながら叩きつけた。
ズンッ!
衝撃によって周囲の水気が一瞬空中を舞う。
更に一撃を繰り出したのだが、その攻撃では水気が舞い上がらなかった。
女郎蜘蛛が足で糸を作って攻撃を防いだのだ。
ばっと跳ねる様に飛び退いた女郎蜘蛛は、距離を取らずそのままケムジャロに向けて攻撃を繰り出した。
糸を大量に撒いて覆いかぶせたのだ。
「ヒノゴグボ」
ボッと蜘蛛の糸が燃え出した。
それは一瞬で燃えてケムジャロは火に包まれてしまう。
「いあや!? は、旅籠様!」
「……ケムジャロって火は効かないんだね」
「え?」
よく見てみると、燃えている蜘蛛の糸をブチブチと引きちぎっているケムジャロの姿があった。
それを見て女郎蜘蛛が絶句する。
どうやら、今回は相性がぴったりだったらしい。
女郎蜘蛛の糸がどれほどの強度を持っているかは分からないが、何にせよケムジャロを拘束するだけの強度は持っていないのだ。
それにケムジャロは……よく分からん異形。
真っ黒なので影の異形かとも思ったりはしたが、実際はどうなのか分かっていない。
とはいえ、今は女郎蜘蛛相手に超善戦しているということが分かっていれば充分である。
「ナゼガデヌゥ! イギョウバイデニナゼガデヌノジャアアアア!」
半狂乱になった女郎蜘蛛は、四方八方に蜘蛛の糸を伸ばしていく。
近くの森にもそれは飛んでいき、真っ白になっていった。
これはマズい。
いくら湿気のある異形の地だとはいえ、女郎蜘蛛の糸はよく燃える性質を持っているらしく多少水で濡らしたところで火の勢いは衰えない。
早く決着をつけなければ、火消し作業が待っている。
それは面倒くさい。
「もういいよね」
「ええ、いいと思います」
「……? なにがでやすか?」
「おおーい! 無形! 早くそいつにとどめを刺してくれな!」
「──!」
己の名だ。
そう気づいたケムジャロは、一気に姿が変容していく。
ズォ……っと深い闇が体を覆ったのだが、すぐにそこから飛び出して女郎蜘蛛を仕留めにいった。
先ほどよりも何倍も速い速度。
ほぼ一瞬で目の前に出現した存在に、女郎蜘蛛の思考は停止する。
闇で作られた背の高い影法師。
赤くまんまるな目玉が不気味にこちらを凝視しており、体には四本の腕がある。
足元に広がっている闇からは常に靄が立ち込めていて、その中から腕が伸びてくるようだ。
一体なん本の腕があるのか不明ではあるが……足元から伸びている腕は周囲の蜘蛛の糸を回収して回っている。
彼は岩のようにゴツイ真っ黒な拳を既に振り上げていた。
走ってきた速度と、しなる腕を組み合わせて繰り出されるその一撃は……想像の何倍もの威力を有す。
拳が振り下ろされて肉体に直撃した。
メリメリとめり込んでいきながら地面に叩きつけられると、女郎蜘蛛は両断される。
それでも拳の勢いは収まることを知らず地面を強く叩きつけて轟音を轟かせた。
草に付着していた水滴は全て吹き飛び乾いてしまう。
衝撃波がこちらまで襲ってきて一歩後退してしまったが、すぐに立て直して結末を見届ける。
すべての蜘蛛の糸を回収した腕が無形の下へと集まり、一塊にした。
彼はそれを手に取ってからこちらに手を振る。
どうやら、終わったらしい。
「火力特化の無形だね」
「かっこいいです!」
「口を利くことは出来なさそうでやすが、無口三強もそろそろ出来そうでやすねぇ」
「木夢と無形と布房かな?」
「ありゃ、もうできてやした!」
いいねそれ。
採用。