7.11.誰もいない渡村
月芽の作ってくれた継ぎ接ぎを使って全員が移動する。
ぞろぞろと出てきたところで周囲を確認したのだが……家屋はもちろんのこと、木々は折れて地面は抉れていることがわかった。
ここで大きな戦闘があったらしい。
その証拠に……多くの異形たちがその場で死んでいた。
大量の血痕が残されているようではあったが、随分古いものらしく色が鈍い。
そっと触れてみるとボロボロと崩れて灰のように風に乗って消えてしまった。
「……」
「この村は、二口が管理・把握していた村じゃ……。他の妖もここだけは把握しておったのやもしれませぬな……」
「酷いでさね……。一応……ここから異端村は近いでさ。向こうの様子も早いところ見ておきたいでやすね」
「黒細、どんな敵か分かる?」
冷たく言い放った言葉に、黒細が一瞬強張る。
だが怒気は含まれていないということに気付いたため、ほっと胸をなでおろしてから周囲の状況を今一度確認して渡村を襲った妖を特定した。
「女郎蜘蛛でさね。あっしも妖術に関しては知りゃんせんが、所々に残っている蜘蛛の糸は切れやせん」
「女郎蜘蛛ね。よしよし。場所は?」
「旅籠様????」
完全に殺りにいく目をしていたので、黒細は慌てて止めに入った。
「まだ駄目でさ! 今悪目立ちしたら仲間を集めるのに支障をきたしやすよ!」
「だからって黙ってられるかぁ! 私のせいでこうなってんだ! 落とし前を付けに行く!!!!」
「せめて拠点を置いてからでさぁ!!」
「ん゛ん゛ん゛ん゛!」
額に青筋を入れながら苛立ちを隠そうともせずダンダンッと足を鳴らした。
本当であれば今すぐにでも戦いに向かいたいところではあるが……黒細の言葉は間違っていない。
これには蛇髪も同意する。
「今は待ちですな。月芽、一度異端村へ。その次に崩落村へと向かうのじゃ」
「了解しました。皆さん! もう少し一緒に行動してくださいね!」
異形がいないのであれば、ここに居る意味はあまりない。
しかし必ず戻って来て女郎蜘蛛を仕留めてやるからな、と旅籠は決心した。
月芽が継ぎ接ぎを伸ばし、先ほどの布陣で調査を行う。
黒細と五昇が準備をしていたところで……大きな音が鳴り響いた。
その音に全員が顔を上げる。
ここから随分遠い場所で聞こえたが、相当な威力であるということが分かった。
何事かと周囲を見渡していると遠くの方で砂煙が上がっている。
その方角は……異端村がある場所だった。
「月芽!」
「分かりました!」
「作戦変更! 黒細、布房、ケムジャロはすぐに戦闘開始! 後続はワタマリ使って気配消しながら進軍!」
『『『『ロー!』』』』
地面に伸びた継ぎ接ぎがガバリと開く。
三体が一気に飛び込んで先行し、後続はワタマリを使って気配を消しながら入っていった。
旅籠も気配を消しながら継ぎ接ぎを通り、外の様子を確認する。
出て来た場所は以前二口を退けたあの小川だ。
三体が小川を飛び越えて異端村へと進んでいくのを確認したのだが、その奥にとんでもなくデカくなった木夢がいた。
「木夢ぅ!?」
「カロカロカロカラコロロロカカカコロココココ」
巨大な木材の毛を纏っている獣。
気が立っているのか、唸り声のように木材をガラガラと鳴らして低い姿勢を常に維持している。
木夢が軽く腕を振るうと、何か黒い物体が凄まじい勢いで吹き飛んで行ったということが分かった。
それは木々を粉砕しながら吹き飛び、崖にぶち当たってようやく止まる。
「五昇! 状況は!?」
「しばしお待ちを!」
パンッと手を叩いて周囲の状況を一瞬で探る。
「敵は一体! 異端村の異形たちは全員無事です!」
「よっしゃ分かった! んでその敵は何!?」
「良かったですね旅籠様。探していた女郎蜘蛛のようですよ」
そこでようやくやって来た蛇髪が周囲の状況と、五昇の言葉を聞いて指示を飛ばす。
異端村の異形たちはまだ弱い個体が多い。
それらを石の異形たちに守らせることにしたようだ。
確かにそれなら褒美も与えやすいので、彼らの動きは蛇髪に任せることにした。
しかーし!!
タダで死ねると思うなよ女郎蜘蛛!!
「蛇髪! そっちは任せた!」
「ハッ」
「五昇は木夢を止めて来て! 暴れられたら村壊れるわ!」
「そう言うと思いました。ではお先に!」
「月芽とタマエキ! ついてきて!」
「はい!」
「ニ~(敬礼をする)」
各々が飛ばされた指示に従って役目を担いに行く。
私は女郎蜘蛛を倒すために黒細たち三体が向かった方向へと走り出した。
途中で後ろを見てみれば、木夢が小さくなっている。
どうやら五昇が説得したらしい。
これでこれ以上村が破壊されることはないだろう。
そしてようやく三体が向かった場所に合流できた。
どういう状況になっているか確認しようとしたときに飛び込んできたのは……空蜘蛛の角と楽が蜘蛛の糸を貪り食っている場面だった。
「はぇ?」
そしてケムジャロが女郎蜘蛛らしき何かの頭部を握りつぶしている。
ほとんど人間の姿をしているのでなかなかショッキングな光景だったが、そんなに感情は動かなかった。
例えるなら『わ、気持ち悪』くらいの感覚である。
「おっと?」
「あっしらの出番はありやせんでしたよー」
やれやれ、といった様子で戻ってきた黒細。
その背後にはしぶしぶ日本刀を納刀する布房の姿があった。
どうやら木夢と空蜘蛛兄弟で大体の事が終わってしまったらしい。
ていうか空蜘蛛兄弟の楽と角えっぐいな!?
自分の頭くらいある太い糸をなんでそんなバリバリ食べられるの……?
美味しいのかあれ……?
「って楽! お前怪我治ったのか!!」
「!? おわー! 旅籠さまぁー! おかげさまでぇ! 名を授かり元気になりましたよ~!」
「おおー! そりゃよかったぁ!」
近づいてみれば、楽は角と同じように多足蜘蛛になっていた。
見分けがつかないかもしれないと一瞬思ったのだが、二匹は大きさに違いがある。
角は随分大きくなっているが、楽は大きさが変わっていない。
顔はやはり厳つくなっているがそれくらいだ。
「へぇー、兄貴の方が小さいのか」
「体は小さくとも弟には負けませんよー! 今回だって女郎蜘蛛の襲撃の一撃目を耐えたのは僕なのですから!」
「あーずるいぞ兄さん! 僕だって皆を守ったんだからなぁー!」
「はいはいはいはい、喧嘩しないの。んで、もう大丈夫そう?」
そう言いながら女郎蜘蛛を潰しているケムジャロを見る。
相変わらず蚊を潰すかの如く顔面を握りつぶしているのだが……だらんと力なく脱力している女郎蜘蛛の体に変化があった。
旅籠はそこで思い出す。
あれは山姥と対峙した時……布房が善戦したが、一撃を与えたところで急激に強くなった。
そこで落水は言っていた。
『妖は深手を負った時、本性を表す。口で語らず身で語る。身で語った時、お前が少しでも恐怖したならお前の負けだ』
鳥肌が立った。
大きく息を吸ってケムジャロの警告する。
「ケムジャロ!! 気をつけろ!」
「ッ!!」
女郎蜘蛛の体がびくりと跳ね上がり、首を引きちぎって地面に落ちた。
そして……再び立ち上がったのだった。