1.10.どう頑張っても無理らしい
「やっぱ……無理なん……?」
「あっしが案内したのは七人。全部違う道を使ったんですが、そのすべてが上手く行かず……」
「詳しく教えてもらっていい?」
「分かりやした」
クロボソは細い指を折り込みながら、案内したことのある七名のことを教えてくれた。
だが『その前に』、前置きすると、彼は一度立ち上がって近くにある木に近づいて、木の皮をべりべりっと剥がす。
見事に剝がれたそれを持って、再び目の前に座った。
木の皮を広げ、指先でガリガリと地図を描いていく。
「あっしが旅をしたことがあるのは異形の地のみでやす。この辺りの地の利であれば、誰にも劣らない自信がありやす」
「地図書けるの? 凄いね?」
「へへ、そりゃどうも。で、こんな感じなんでやすが……」
地図が描かれた木の皮を手渡してもらう。
見てみると、意外にも正確そうな地図となっている。
というよりどうやって木の皮を剥いだのだ。
さらになぜ指で黒い文字が書けるんだ……?
様々な疑問を一度飲み込み、詳しく読み取ってみる。
中央の一番大きな黒い点がこの村の様だ。
そして木の皮の地図の下には、定規のメモリのような線が均等に引かれていた。
東は大陸続きだが、しばらく進むと柵があり、そこから先は地図の外だ。
南に降りていくとすぐに海が広がっており、丸い目玉が付いた怪物が海の中に描かれている。
西は暫く大陸続きだが、途中で大きく×印が描かれており、その先は地図に載っていない。
北へ向かえばいくつかの湖と川があるらしいく、その水はこの異端村にも流れてきていた。
簡素ではあるが、要所要所がしっかりと描かれており、どこに何があるのかよく分かる。
「いや、うまっ」
「あや、そう言っていただけると嬉しいでさねぇ!」
「この定規のメモリは何?」
「じょうぎ?」
「あ、そうか。通じないのか……。あ、物差しにあるような……」
「ああ、それでやすか。一日の移動距離でやすね。大雑把ですが」
……この一メモリが一日の移動距離!?
じゃあこの異形の土地結構広いぞ!?
よく見てみると、確かにメモリの間と間に湖や池、採取の穴場などが収まっている。
しかし分かりやすい。
ここを発って二日北に歩いていけば、大きな湖がある。
北西には山々の間に大きな川があり、こちらに流れてきている川の水はそこが水源となっている様だ。
他にも大きな山だったり、他の湖だったりといろいろ書いてある。
到着の時間は前後するだろうが、これだけ分かっていればいろいろ役に立ちそうだ。
「で、人間のいる領地はどっち?」
「ここから東でさ。東にある『源山』の麓を通ると、妖、“二口”の領地があるんでさ……。そこを横断して、九つの山を越え、鬼の領地を越えてようやく人間のいる領地に入れるんでさよ」
「やっぱ遠いな!!」
「だから無理なんでやす……」
それからクロボソは、地図を指さしながらこれまで試してきたことをすべて教えてくれた。
真っすぐ行けば確実に二口の領地を通らなければならず、そこに入った瞬間、すぐに見つかって渡り者は連行される。
海を渡る方法も考えたがこの辺りの海には“海坊主”がおり、この辺の海域を支配していた。
大きな山を越えて大回りしようとしたこともあったが、違う妖に見つかって喰われてしまう。
クロボソが送ることができるのは、異形の地と妖の地の境界線まで。
そこから先は、異形は立ち入ってはならない場所となっている。
だがそこに辿り着いたのは、一度しかない。
もちろんその時も、妖の地に一歩踏み入れた瞬間、渡り者は二口に見つかって連行されていった。
どうしても、そこが越えられないらしい。
「……その前に、二口って何?」
「人間の姿をした妖怪で、後頭部にもう一つの口があるんでさ」
「二口女か!」
「? 老若男女問わず居りますぜ」
「……なるほど?」
少しだけ、私の知っている知識にある妖怪とは異なる姿をしているらしい。
今後もこういうのはあるかもしれないな。
話を戻そう。
「……で、本当に……無理なの?」
「あっしらの力では、無理でやす……。もう、もうあっしは人間様が妖に食われる所を見とうございやせん! 今までは人間様のご要望に応えようと努力してきやした……。しかしこれでは、逆に死に急がせているようなもの! ……それに気付いちまってから、今度はここで暮らしてもらおうと、思ってたんで、やすが……」
次第に声が小さくなっていくクロボソ。
計七回、やって来た渡り者のために努力して道案内をしてきたが、そのすべてが最悪の結末を迎えた。
旅籠はクロボソが出会う八人目の渡り者だ。
クロボソの心には、今度こそは人間様を……! と意気込む気力は、既に残っていなかった。
どうやら、道案内はしてくれそうもない。
こうなるとは思っていなかった旅籠は、顎に手を当てて喉を鳴らした。
彼の気持ちは分かる。
七回も失敗しているのだから、今回もそうなるだろうと思っているのだ。
それは仕方がない。
どう頑張っても無理だ、と気付いてしまったのだから。
「……そっかぁ……」
そんな言葉しか出てこなかった。
この考えは、他の異形も同じなのだろうか?
ふと、そんな疑問がよぎる。
だがそうだとしても、私は元の世界に帰りたい。
絶対に帰ってやりたい、という気持ちが今もなお強く残り続けている。
怒りをエネルギーに変えているからではあるが、こうして異形たちから帰ることを拒まれるとは思っていなかったので、少し驚いたが次第に冷静になって来た。
クロボソは努力して、努力した結果、七回も失敗してしまったのだ。
であれば、今まで一度もやった事がなく、更に確実に進むことができる方法を模索すればいい。
「分かった」
「!! 人間様……!」
「でも、帰らないって決めたわけじゃないよ。確実に変える方法を見つけたら、それを実行する。それまでは、ここで考えるよ」
「……! わかりやした……!」
「あと人間様って呼ぶのはやめてね? 私は旅籠歩。名前があるんだから名前で呼んでよ」
「いいんでやすか!?」
「普通だろ!?」
この異形たちは人間を神様扱いしてないか……?
まぁ妖に虐げられているらしいから、それを排除し得る力を持ち、更に妖と敵対している人間に期待を抱いているのは分かるけど……。
クロボソは少し興奮気味に笑い、早速名前を口にした。
「旅籠様!」
「はいはい?」
「おお! おおおお……! そいじゃ伝えてきやす!!」
「え? ああ、う、うん」
そう言ってふわりと浮くと、意外に速い速度で低空飛行しながら移動していった。
そんなクロボソの背中を見送った後、ワタマリを膝の上に三匹置く。
「……私、しばらく帰れないんだってさ」
「キュ?」
「まぁ死にたくはないからね。死んでやるつもりもないからな! 見てろよあのくそ神め……。絶対に生きて元の世界に戻ってやるからな!」
決意を新たに、ぐっと拳を握りしめるた。