8話
加賀美さんが教室へ戻るのを見送ってから、数秒呆然としたわたしだったが、気を取り直して購買部へと向かうのだった。
購買部につくと、そこには屈強な男達が何人も集まっていた。購買部を囲むように出来たその人集りは、むさ苦しすぎて最早見るに堪えないところまでいってしまっている。
「……まずい。これじゃあ焼きそばパンが買えない」
「どしたん、話聞こか?」
わたしが屈強な男達の集まりを1人で遠巻きにぼやいているのを聞かれたのか、通りがかりの金色に染まった髪の毛をマッシュにしているイケメンがこちらに近づいてネットでよく見る誘い文句を放ってきた。
「な、なんでもないです」
急に話しかけられたことで、当然わたしはびっくりして何もなかったと装ってしまう。そしてそのまま購買部から反対方向へ歩き出した。屈強な男達が
「ちょっと待って、流石に冗談だって」
「は、はぁ」
肩を軽く掴まれて、立ち止まる。
何だこの人、普通に怖い。
「焼きそばパンだったよね?お詫びに買ってくるよ」
「い、いいんですか?」
この男はどうやらわたしの代わりに、あの屈強な男達が守護している焼きそばパンを買ってきてくれるらしい。なんて良い人なんだ。
「それは勿論。なんか迷惑かけちゃったみたいだからね」
「あ、ありがとうございます」
わたしが頭を下げてお礼を言う。そして顔を上げた瞬間、購買部へと群がっていた屈強な男達が、わたし達の方に向かっていきなり一列に道を作りだした。
どうやらわたし達の話を聞いていたらしい。
「な、なんか大丈夫そうです」
「……そっか」
意気揚々と一歩目を踏み出した彼はすぐさま立ち止まり、流れるように方向転換し、反対方向に歩いて行く。その丸まった背中には哀愁が漂っていた。
色々あったものの、無事焼きそばパンを買えたわたしは鵜飼先輩のクラスである2年Aクラスの前に行く。が、ここでまたわたしの前に壁が立ちはだかる。
それはわたしが他のクラスの人に声をかけることができないということだ。それもただ他のクラスっていう分けじゃなく、他の学年の他のクラスである為、その難易度は100倍にまで跳ね上がるだろう。(当社比)
つまり、これはわたしに課された鵜飼先輩、もとい師匠からの試練。焼きそばパンすらも買って持ってこれないような人間にギターなんて早すぎるのだと言っているのだ。
壁を越えろと、師匠は言っている。
他の学年がなんだ。
他のクラスがなんだ。
こちとら自分のクラスですら満足に会話したことないんじゃい!!
心の中で啖呵を切りながら、わたしは教室の中へと一歩踏み出した。教室に入ると、騒がしかった教室の中が静まり返った。そして集まる視線と注目にビビり散らかしながら鵜飼先輩が座っている席へと直進して向かう。
「し、師匠、焼きそばパン買ってきました!!」
わたしは出来るだけ大きな声をだしながら、焼きそばパンを両手で丁寧に差し出した。
「お、おう」
鵜飼先輩は若干引いたような、なんとも言えない表情を浮かべながらわたしの焼きそばパンを受け取った。無言だった教室の中は、わたしの比較的大きな声を皮切りにして、ヒソヒソとした話し声が聞こえてくるようになる。
「一応聞くが、その師匠っていうのは?」
「し、師匠は師匠ですけど」
鵜飼先輩は一体何を言っているんだろうか。
「まぁそれは一旦置いておこう。本当に意味が分からないのはこっちだ。あたしはいつ焼きそばパン買ってこいなんて言った?」
「ぱ、パシリといえば焼きそばパンだと思ったので」
「馬鹿野郎、あたしは弁当派だ」
「な、なんでですか!?」
焼きそばパンを買い占めてそうな顔をしてるのに…
「なんでもクソもあるか」
鵜飼先輩は軽く頭をかきながら言う。
「ふ、ふふふ不良は焼きそばパンを食べるんじゃ…」
「あたしはこんな形だが、不良じゃねえ。それにあたしが命令するまでは、お前は何もしなくていい」
「わ、分かりました」
師匠って不良じゃなかったのか。
金髪といいパシリといい、不良を構成する要素があまりにも入っていたものだから、てっきり不良だと勘違いしてしまっていた。
「分かればいい。ほら、散った散った」
「し、失礼します」
しっしっと追い払うようなジェスチャーをしながら言う師匠に素直に従い、わたしは教室を出ようと廊下に向かって歩き出す。
「あ、そうだ。そういえばお前、名前はなんていうんだ?」
「は、はい。あ、彩奈です。小林彩奈」
わたしのパシリ生活は多種多様な指示が飛んできた。
時には掃除。
時には買い物。
時には言伝。
時には……
パシリ生活が始まって一週間程経ったが、ギターに関してはまだ教えてもらえていない。やはり、わたしみたいな人間にはまだ早いのだろう。早く師匠に認められなければ……
「彩奈さん、今少し時間ありますか?」
眠くなる呪文を唱えているで話題の数学の授業が終わり、休み時間へと入ると、前の席の加賀美さんが立ち上がり、わたしの方を振り返りながら聞いてきた。
「か、加賀美さん。時間はあるけど…」
加賀美さんが話しかけたことによって、周りの視線がわたしへと集まる。
「ここじゃあれだから人のいないところで話しましょう」
「へ、へい」
そう言って歩いていく加賀美さんの後ろを、わたしは秘書のようについて行くのだった。少し歩いて着いた場所は、校舎の端っこにあ、あまり使われていない階段の踊り場だ。
「彩奈さん、何か困ったことがあったりしないですか?」
「い、いや特にないですけど……ど、どどどうしてですか?」
「最近鵜飼先輩に色々されてるって話を聞いちゃいまして、私小学生の頃彩奈さんに酷いことしちゃったから、もし困ってるなら力になりたいなって」
「し、師匠がですか?」
「師匠?」
「わ、わたしは師匠にギターを教えてもらうんです。ま、まだわたしの力不足でギターは教えてもらってないんですけども」
加賀美さんはわたしの言葉に、考えるような仕草を見せる。
「……もし良かったらなんだけど、私もギターだったらある程度は弾けるから、彩奈さんに教えましょうか?勿論パシリとかはしなくて良いので」
加賀美さんってギターも弾けるんだ。凄いなぁ。
でもここで加賀美さんに教えてもらうってなったら、師匠への筋が通らないし、折角師匠がわたしを成長させてくれてるんだからこのままでいこう。
「え、えぇっと遠慮しておきます。い、一応師匠に教えてもらうとお願いしたので」
「そうですか。なら今後困ったことがあれば、私に言ってほしいです。字の汚さはあれですけど、何か力になれることがあるかもしれませんから」
ずっと分からないことがある。
加賀美さんは美少女で性格が良くて楽器も弾ける。
対してわたしは、顔は良くないし性格は悪いし楽器も弾けない。
加賀美さんのような完璧な人間が、わたしみたいな人間に何故こんなに構うのか。それがわたしには理解ができなかった。もしもわたしが加賀美さんのような立場なら、わたしみたいな人間に話しかけようとは思わないからだ。
「あ、ありがとうございます。か、加賀美さんも無理にわたしなんかに関わらなくても大丈夫ですから……」
だから、
わたしは加賀美さんのような人間が怖い。