7話
今わたしは、先日安立部長がバンドをした場所であり、前方にはステージがあり、バスケットボールのゴールなどが存在感を放っている体育館へと来ていた。
着ている服は体操服と専用のジャージ。
つまりは体育の授業である。
陰キャでありコミュ障の人間は、体育があまり得意ではないという印象があるが、わたしはそうではなく寧ろ体を動かすのが得意な為、体育は嫌いじゃない。
「じゃあ自由に2人組作ってストレッチしようか」
ジャージを着て笛を首にかけた如何にもな体育の先生が魔の呪文を唱えた。
前言撤回。体育は嫌いだ。
わたしが体育の中で嫌いじゃないものは、全部1人で始めて終わらせられるものだ。例えばマラソンとか、跳び箱とかのその辺り。
集団で何かをするなんてわたしには出来ないし、やりたくもない。だからこういう2人組を作るのもやりたくないのだ。それにしてもなんで急に2人組なんて言い出したんだろう。前の体育の授業はそんなんじゃなかった筈なのに……
体育の授業は男女で分かれている関係でか、2クラスの合同で行われている。一年の間はわたしがいるAクラスとCクラスで合同をするらしい。
当然AクラスとCクラス間で部活が一緒だとかで仲の良い人達もいるし、授業を通して仲が良くなる人もいるだろう。となるとどういうことが起きるか、分かる人には分かると思うが、Aクラスの余った人とCクラスの余った人が組むことになるだろう。
こんな悲しいことはない。
こんな虚しいことはない。
そしてわたしがそんなくだらないことを考えているうちに、どんどん2人組が作られていくのが分かる。
よし、こうなったら救世主加賀美さんに……
加賀美さんの方を見ると、沢山の人に囲まれていた。
くっ、しまった。
加賀美さんは美少女だ。当然友達は沢山いるし、これ系の要員としては引く手数多なんだった。
「彩奈ちゃん組む人いないの?」
「あ、あなたは……」
内心慌てていたわたしに声をかけたのは、部活見学の時に急にお尻を触ってきた派手派手バンドウーマンだった。Cクラスだったのか。
いざ対面してみてというか、改めて彼女を見てみると、かなり背が高く感じる。175くらいはあるんじゃないかという感じだ。
「そっか、そういえばまだ自己紹介してなかったね。私は早瀬咲希。彩奈ちゃん、組む人いないなら私と一緒に組まない?」
「え、えっと…だ、大丈夫というか遠慮したいっていうか、ま、間に合ってるっていうか……」
背が高いからか、威圧感のようなものが出ていて少し怖い。そしてこの前のことを考えると、組みたいとは思えない。早瀬さんと組むくらいなら、あまりもので良いとすら思いはじめてきた。
「見たところ組む人決まってないんでしょ?私と組もうよ」
「い、いや、組む人決まってないっていうか」
し、しつこいなぁ。
組みたくないですってきちんと言葉にしないと伝わらないのだろうか。
「良いじゃん組もうよ」
遠回しに断っていると、早瀬さんは急にわたしに近づいてきて、流れるようにお尻に手を添えながら耳元で囁いてきた。
「ひっ。わ、分かりました」
「ありがとう〜」
最悪なことに、ストレッチだけでなく授業の内容がマット運動で、この2人組が1時間継続してしまった。わたしは当たり前のように色々なところを1時間触られ続けたのだった。
体育が終わってからの昼休み。
制服へと着替え、教室へと戻って荷物を置いたわたしは、購買部に行く為に財布を握りしめて廊下へと出る。
普段は近所のスーパーで安い菓子パンを買ってお昼ご飯として食べていて、購買にはいったことが無いわたしだが、今日に限っては違う。
パシリとしての責務を果たす為、焼きそばパンを買ってこなければならないのだ。
「彩奈さん」
「ひゃ、ひゃい」
決意に満ちたわたしに、背後から話しかける声が聞こえ、驚いて肩が跳ねてしまった。
「今から時間って空いてますか?」
な、なんだと。
加賀美さんがわたしに時間の空きを確認?
一体何の為に……
「ど、どどどどうしたんですか?」
「ほら、私達席が近いのに一緒にお昼ご飯食べたことないなぁって思ったので、一緒にご飯食べようって誘ったんです」
言われてみれば加賀美さんは特定の人と食べるんじゃなくて、見る度に違う人と食べてるような気がする。なるほど、これが陽キャのテクニックか。
「……あ、ありがたいですけど、わわわたしにはやるべきことがあるので今日は無理っていうか、なんというか」
「そうなんだ。ちなみにそのやるべきことって何か聞いても良いですか?」
「い、いや。そ、それはトップシークレットと言いますか」
「そうですか。ならまた今度一緒に食べましょう」
嫌じゃ。
わたしみたいな陰キャが加賀美さんみたいな人気者の陽キャと食べたら注目されるし、絶対陰で何か言われる。
加賀美には悪いけど、ここはしっかり断ろう。
「だ、大丈夫です」
「じゃあまた空いてる日教えてくださいね」
「……………………へ?」
口をへの字に開いて呆然とするわたしを置いて、加賀美さんは教室の中へと入っていった。
どうやら私の返事が、逆の意味に勘違いされてしまったようだ。何故か一緒にご飯を食べることになっちゃったじゃん。
おのれ日本語許すまじ。